第2章 第20話 蟲の歌・革命舞曲
「紗茎学園は中高一貫校で同じ敷地で学んでいます。うちのバレー部も中高一緒に練習しているんですよ」
体育館へと向かう傍ら、天音ちゃんが広い学内を案内して回っていく。天音ちゃんの案内通りあたしも中学の三年間同じ道を歩いていた。ここが嫌で花美に入学したとはいえ、ひさしぶりの母校に少し胸が躍る。
「紗茎は部活動に力を入れていて、ジムでは専属のトレーナーさんが一人一人に合った練習メニューを組んでくれたり、栄養管理士さんが年齢に合わせて必要な食事を作ってくれたりしてくれるんです。それに学食も美味しいと評判ですので後で食べに行ってはどうでしょう」
「うちとは雲泥の差だな……」
一ノ瀬さんたちは最初は色々な設備に関心を示してたけど、数分もする内に花美との違いに辟易しているようだ。まぁあたしもその気持ちはよくわかる。花美に入った時食堂がなくてびっくりしたもん。普通の学校はあっても購買くらいなんだよね。
「でもいいことばかりじゃないんですよ。実力主義で同学年でも強い部活の人が学内カーストが高かったりするし、先生も露骨に贔屓したりしてますからね。練習場所も優秀な成績を収めた部が他の部から奪ったりしますし、結構殺伐としてるんです」
「まぁぼくはそっちの方がいいけどね。わかりやすくていいし」
紗茎を抜けた大きな理由は他にあるけど、そういった風潮もあたしがここを嫌いな理由の一つだ。所詮部活なんだしもっと適当でいいのに。
「ちなみにバレー部って扱い的にどうなんですか?」
「体育館を四つ持ってます。一つは普段使ってないんですけどね」
「うげ……」
自分で聞いておいて朝陽さんは露骨に嫌な顔をした。バレー部は紗茎の中でも相当な有望株。現状中学は三年連続全国にまで進んでるし、高校は去年インハイ春高共全国への切符を手にした強豪部活だ。
「でも環奈ちゃんがいた時とはちょっと状況が変わってるんだよ。今回インハイ予選はベスト八だったし」
「え? そうなんですか?」
「はい。今回の優勝校と当たりまして……ストレート負けでした。顧問からはかなり怒られちゃいましたよ」
朝陽さんたちはその結果に驚いているけど、あたしと新世は特に何も思わない。そりゃそうでしょうという感想だ。まぁしょうがない理由があるんだけど。
「それにしても綺麗な体育館ッスよね……冷暖房完備とか?」
校門から一番近い授業を受ける校舎ゾーンを抜け、あたしたちは体育館ゾーンへと足を踏み入れていた。辺り一面に大小様々な体育館があり、休日だというのに大きな掛け声がそこら中から聞こえてくる。
「メインの体育館にはありますね。でも普段は使っていませんよ。風の影響受けちゃうので。基本はおそらくそちらと同じだと思います」
またまたお世辞を……天音ちゃんは知らないと思うけど花美にはブロック板も防球スタンドもないんだからね。あんまりうちを舐めちゃいけないよ。
「あれ? ここじゃないの?」
バレー部がメインで使っている学内でも特に大きい体育館まで来たけど天音ちゃんは歩みを止めない。
「んー。ちょっと、ね……」
雑にはぐらかしながらどんどん小さな体育館があるゾーンへと向かっていく。
紗茎バレー部の練習場所は中高のベンチ入りメンバーが利用するメイン体育館、二軍メンバーが練習するサブ体育館、それ以下の初心者たちが遊ぶ小さな体育館、物置と化しているボロボロの体育館の四つがある。なるほど、今日は二軍との練習試合なのか……と思っていると、サブも通り抜け、初心者用の体育館も通り過ぎ、ついには学内の端にまでやってきた。
「到着です。色々言いたいこともあると思いますけどとりあえず中へ……」
天音ちゃんが案内したのは、四つの体育館の内の最もボロい体育館。つまり通称物置だった。
「これって……」
木製のまるで小屋のような体育館にあたしたちは絶句する。うちの体育館もボロいとはいえ、ここまでではない。隅には穴が空き何か虫が巣を作ってるのが見えるし、確か中はコート一面取れるのがやっとだったはず。なんでこんなボロ体育館に……。
「ははーん、そういうことですのね」
疑問に思っていると、新世がしたり顔で口を開いた。
「音羽さんがついてきた理由がようやくわかりましたわ。つまり中学の練習相手としてわたくしたちを呼んだんですのね。それも初心者相手に。でなければこんな体育館使いませんわ」
そんな性格の悪いこといくら紗茎でもしないって言いたいところだけど、あたしもそうとしか思えない。それにあたしに恨みを持っているあいつがいるんだからどれほど性格の悪いことをしたって不思議じゃない。
「ま、いいじゃねぇか。舐めてんなら痛い目遭わせるだけだ」
「緊張なんてどっかいっちまったな」とつぶやき、朝陽さんは体育館へと入っていく。
「実際他校から見たうちの評価はそんなものでしょうしね。結果を見せてメイン体育館を使わせてもらいましょう」
それに続いて胡桃さんも体育館の中に。まぁうだうだ考えてても仕方ないか。
「ちぁーす」
挨拶の声を出し、あたしも体育館の中に入る。すると一人の女子があたしの前に立ちはだかった。
「ククク……悠久ぶりね、『激流水刃』水空環奈っ!」
「ちょっ……その名前出さないでよ皇っ!」
「皇志穂……それは仮の名に過ぎない! さぁ呼ぶがいい、我が真名、『ライジング』をっ!」
うわー、一番会いたくない奴に会った! あのこと以前に一番関わりたくない奴!
「げきりゅ……なんですか?」
「聞かなくていい! 聞かなくていいからきらら!」
ほんと恥ずかしいんだからそれっ!
「ほう……『金断の伍』を知らないとは無知な奴め。さすれば教えてしんぜよう」
「言わなくていいからっ! 誰か皇止めてっ!」
「いい加減にしなよ、志穂」
身長百七十センチを超える皇を止めたのは、さらに大きな上級生。
「知朱ちゃんっ、ひさしぶりっ」
「ひさしぶり、環奈。それに珠緒も。元気そうで何より」
天音ちゃんに続きずっと会いたかった友だち、輪投知朱ちゃんに会えて思わず頬が緩んでしまう。
「うわー……ほんとに環奈だ……今更どの面下げて戻ってきたんだよ……」
知朱ちゃんとの再会を喜んでいると、奥の方で小さな声が聞こえた。
「液祭……そのボソボソした喋り方やめてくんない? 聞こえないんだけど」
「別に環奈に言ったわけじゃないし……独り言だし……なんでいきなり怒ってるんだよこわ……」
仕方ないとはいえ今日は会いたくない人と会いたい人交互に出てくる日だな……。まさか普段表に出てこない液祭昴とこんなに早く会うとは思わなかった。
「環奈、珠緒。それに花美のみなさんも。本日はお越しいただきありがとうございます」
液祭と遠くから睨み合っていると、相変わらずの胡散臭い笑顔で飛龍が近づいてきた。
「おはよう、飛龍。それに蝶野も」
「わっ、おっ、おはようございますっ」
そして相変わらずの飛龍の後ろに蝶野の姿が。……ていうかおかしい。なんで飛龍たちがここにいるんだ。
「どうなってんの? あたしたち今日は中学生と試合すると思ってるんだけど」
それなのに今ここにいる七人のチョイスが意味不明だ。高二の天音ちゃん、知朱ちゃん。高一の飛龍、蝶野、液祭。中三の双蜂、皇。中高含めて全員が現在ベンチ入りしているメンバーだ。一軍と戦えるかと思ったら中三もいるし……メンバーの選出基準がわからない。
「その点についてはわたしが」
奥で得点板の用意をしていた天音ちゃんが駆け寄ってきてあたしと飛龍の間に入った。
「えーと……まず改めて花美のみなさん、今日はありがとうございます」
「いえいえこちらこそ」
「そして……謝らなければならないことがあります」
「それはそうでしょうね。どういうことですの? こんな体育館だというのに中々豪華なメンバーではありませんの」
疑問を抱いているのはあたしだけではない。新世はもちろん朝陽さんたちも試合で見たメンバーがいることに不信感を持っている。
「その疑問に今日顧問を呼ばないでほしかったことが関わってきます」
そう言うと天音ちゃんは気まずそうに髪先を指で撫でた。言いづらいことがある時の天音ちゃんの癖だ。
「実は……今わたしたち、ボイコットしてるんです」
「ボイコット!?」
そうリアクションをしたのはあたしの横に並んで話を聞いている朝陽さん。後ろに控えてる梨々花先輩たちも驚いた顔で天音ちゃんを見ている。
でもあたしと新世はその言葉だけでこの状況が何となく理解できた。なるほど、そういう理由ならこの場所、このメンバーが集まるはずだ。
「理由は言えません。……信用していないわけではないのですが問題が外に出るのはちょっと困るので」
天音ちゃんが色々言い訳を重ねる中、あたしは今までの出来事を思い返してみる。まずおかしかったのが飛龍たちが偵察に来たこと。偵察なんて無駄だという考えの紗茎が主力選手を寄越したことに疑問を抱いてたけど、ボイコットしてるなら話は別だ。練習試合の相手としてそれなりに話がわかるあたしがいる花美を選んだのも理解できる。
「顧問の先生を呼んでほしくなかったのは、こちらの顧問に挨拶をされたら困るからです。わたしたちがここで練習しているのは一応顧問に内緒ということになっているので。まぁおそらくばれてはいるでしょうが」
天音ちゃんの口から顧問という言葉が出る度に心臓がきゅっとなる。たぶんあの人は今もあのままなのだろう。……いや、あんなことがあっても残った蝶野たちがボイコットしたということはそれ以上にひどくなっているはず。そんな奴とは絶対に死んでも会いたくない。
「今まで内緒にしていてすみません。でもこれだけは言わせてください。花美を試合相手に選んだのは環奈ちゃんたちがいるからではありません。先日のインハイ予選を経て、あなた方を確かな実力を持つ学校と認めたからです」
「そりゃどうも。お世辞でも嬉しいです」
「朝陽、顔に出てるわよ」
ナチュラルな上から目線に自然と朝陽さんの眉間に皺が寄る。それを見て天音ちゃんが慌ててフォローを入れた。
「失礼な言い方をしてしまいましたね、申し訳ありません。でも安心してください。中学生もいてベストなメンバーとは言えませんが、」
天音ちゃんの顔が変わる。現状の最上級生としての立ち振る舞いをしていた大人らしい顔から、一人の選手としての誇りを持つ大人らしい顔へ。
「ルールに縛られて仕方なく選ばれたベストメンバーより、この六人の方が強いですから」




