第2章 第15話 仮面舞踏会
〇環奈
「大変です環奈さんっ」
梨々花先輩との喫茶店デートの翌日。いつものように授業終わりに練習が行われる第三体育館へと向かっていると、真正面からきららが爆走してきた。ていうかすごいデジャヴ。
「どうしたの? きらら」
昨日と同様きららはあたしとぶつかる直前で急ブレーキをかけると、膝に手をついて激しく息をする。ていうかなんで二日連続でこんなことになってるんだか。
「大変です……! ぜぇ……大変なんです……! はぁ……」
「なに? また新入部員が入ってきた?」
それなら確かに大変だけどまぁありえないか。他の可能性といえば……昨日宿題忘れたせいで居残り補習になったとか? うーん、なにも思い当たらないな。まぁきららの言うことだしたいしたことないでしょ。
「体育館に不審者がいるんですっ!」
「ガチの大変じゃんっ!」
大変っていうか、大事件だった。
〇珠緒
「新世さーん……つれてきましたー……」
「……来ましたわね」
体育館の陰に隠れて中を窺っていると、環奈さんを呼びにいった翠川さんが帰ってきた。足音を立てないようそろりそろりと移動し、わたくしの後ろにつく。
「しーっですわよ。とっても不審な方ですから」
「そんな不審ならあたしじゃなくて先生呼んでくればいいのに……」
「そういう不審じゃないんですっ。とにかく見てくださいっ」
翠川さんに促され、環奈さんはあたしの腰に手を回し、顔だけ体育館の中に向ける。
「……確かに不審者だね」
一瞬不審者の姿を確認するとすぐに顔を戻し、緊張した面持ちでそうつぶやく環奈さん。
「でしょう? でもあの方を不審者として通報するわけにはいきませんわ」
「だね。上級生は集会があるから少し遅くなるし、あたしたちだけでなんとかしないと……」
そう言うとわたくしたちは再び不審者に目を向ける。……やはり何度見ても不審ですわ。
体育館の真ん中でスマホをいじくっているその人は、髪に赤いメッシュを入れ、白Tの上にカーキ色のアウターを羽織り、デニムのミニタイトスカートを履いた推定二十歳くらいの今時大学生のような装いの女性。入口にはブラウンのフリンジブーツが無造作に脱ぎ捨てられている。
「あんなチャラそうな人間がこんなクソ田舎にいるわけないもんね……」
「環奈さん? 地元じゃないからってさすがにクソ田舎は失礼ではなくって?」
一応ツッコんでみたけれどわたくしの感想もまったく同じ。そもそも若い女性がこんなクソ田舎にいる時点で不審以外の何物でもありませんわ。
「OGかもしれないから通報できないもんね。でもこの町美容院ないし髪を染めるなんて無理か……」
「わたくしたちみんな髪染めてますけどね」
「自分は地毛ですっ」
まぁ雑談はこれくらいにして。
「実際どうします? 声をかけるというわけにもいかないでしょう」
OGという可能性が一番高いでしょうが、不審者という可能性が残っている以上迂闊な対応もとれませんわ。
「まぁ誰か先輩がくるまで待機が……」
「あなたたち何をやっているの?」
環奈さんが喋っていると、遮るように長身の女子生徒が呆れた顔でやってきた。
「遊んでないで早く着替えなさい。隙間時間を上手く使うのが上達の道よ、きららさん」
「なんで名指しなんですか胡桃さんっ」
ああ、そういえばこの方試合で見た記憶がありますわ。名前は確か……真中胡桃さん。受験勉強で忙しいと聞いた割に結構上手かったので覚えてますわ。
「あら? あなたは……」
その真中さんがわたくしを不審者を見るような目つきで睨んでくる。まぁ彼女からしてみれば当然ですが。
「お初にお目にかかりますわ。わたくしはマオ……」
「胡桃さん、あの人ってOGとか知り合いですか?」
「まだ自己紹介の途中ですわよっ」
「嘘の自己紹介を止められて怒らないでよめんどくさい」
わたくしの言葉を遮り、環奈さんは体育館の中を指差す。
「……さぁ。少なくともボクたちの知っている世代の人じゃないわね。朝陽は知ってる?」
「いや、知らないな」
いつの間にかやってきていた一ノ瀬さんも首を傾げるばかり。やはり不審者ということでしょうか……。
「知らないなら直接訊いてみればいいじゃん」
「わっ」
集会が終わったのか一ノ瀬さんに続き、小野塚さんたち二年生組も合流する。ちなみに今喋ったのはバイトで忙しいという外川日向さん。なんかチャラそうな見た目に加えてチャラそうな口調ですわね。
「だな。ちょっと行ってくんわ」
外川さんの言葉に頷き、見た目性格共にヤンキーの一ノ瀬さんが指をポキポキと鳴らしながら体育館へと入っていく。
「暴力沙汰にならないようにね」
「わかってんよ。おいゴラァッ! てめぇどこ中だオラァァァァッ!」
真中さんに忠告されたのに一ノ瀬さんは既に喧嘩腰だ。怒られるのが嫌いな環奈さんが「ひっ」、と短く悲鳴を上げて小野塚さんに抱き付く。
「はぁ? あんたこそどこ中よ。てか誰? クソガキに用はないんだけど」
対する不審者もスマホをしまい、喧嘩腰で一ノ瀬さんに近づいていく。
「これマジでヤバいんじゃないですかほんとに暴力沙汰になっちゃうんじゃないですか」
その様子に環奈さんが珍しく本気で焦った顔で震えている。でも焦っているのはわたくしも同じ。学内で喧嘩なんてしたら停部どころか春高予選にだって参加できませんわよ!?
「朝陽だって馬鹿じゃないから大丈夫よ。……でも一応止める用意はしておいてね、きららさん日向さん」
大丈夫と言ったわりに真中さんの頬には冷や汗が伝っている。体格のいい二人に名指しで声をかけたあたり本当はとてもまずいのかもしれませんわ。
「……わたくしちょっと先生を呼んできますわね」
「ん? どうかしたか?」
リアルな恐怖を覚え最悪の事態を想定した行動に移ろうとすると、グッドタイミングで徳永先生がやってきた。
「せんせいっ、あれっ、どうにかしてくださいっ」
めちゃくちゃに焦りながら一ノ瀬さんたちを指差す環奈さん。その様子を見てただ事じゃないと判断したのか、徳永先生の表情が普段のほわっとしたものから生徒を守る教師の顔へと変わった。
「……ん? なんだ未来ちゃんでねぇか」
しかしすぐに元の顔に戻ると、聞き覚えのない人の名前を口にした。
「やばっ、チワーッスっ!」
その声を聞き、さっきまでメンチを切っていた不審者が態度を急変させ、ずばっと腰から頭を下げた。
「……もしかして先生の知り合いですか?」
「うん。そうだ」
真中さんが引きつった顔でそう訊ねると、何事もないようにニコニコと笑いながら徳永先生が不審者の隣に立った。
「紹介すんべ。小内未来ちゃん、桜庭大学二年生。おらの大学時代の後輩だ」
こうは……後輩……? なんだ、知り合いだったのですね。一安心ですわ……。
……でも何で先生の後輩がここに? まさか遊びにきたわけではないでしょうが……。
そんなわたくしたちが思った当然の疑問に答えるように徳永先生は小内さんの肩を叩いてこう言った。
「中高でバレー部だったらしいからコーチを頼んだんだ」
「……いや、まだやるって決めたわけじゃ……」
「あ? 何か言ったか?」
「いえっ、何でもないっす! サーセンッ!」
「ほら、おらの生徒たちが困ってんべ。ちゃんと謝れ」
「マジサーセンしたっ!」
その様子にわたくしたち傍観組はおろか、喧嘩を売りにいった一ノ瀬さんする何も言えない。
その理由はもちろんただ一つ。
――徳永先生、どんな大学生だったんですの……?
小内さんの先生に対する態度が常軌を逸していたからだ。




