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つなガール!  作者: 松竹梅竹松
第1章 わたしのおわりとはじまり
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第1章 第21話 答辞

〇環奈



「おまたせー」

 5分ほどでTシャツを選び終えた梨々花先輩が、会計を済ませて戻ってきた。その表情はどこかさっきよりも明るく見える。



「じゃあ選んできますね」

「うん、いってらっしゃい」


 梨々花先輩に見送られ、練習着コーナーに向かう。うわ、こんなに種類あるんだ……。種類というより、格言Tシャツの需要がそこそこあるという事実にびっくりした。


 さて、どれにしようかな……。待ってる間色々考えたけど、いざ対面してみるとふさわしい言葉が見つからない。



 とりあえずぼーっと眺めていると、一つのTシャツが目に入った。シャツの中心にピンクのハートが描かれていて、さらにその中に白い文字で大好きと書かれているもの。



 いやこれはない。これだけはない!



 だってこれを渡したら完全に告白じゃん! ていうかなんでこれに注目したのあたしは!



 一度深呼吸をし、頭を切り替える。それでもあたしの目にはハートのTシャツしか映らなかった。



 考えてみれば、そもそも格言Tシャツを渡し合うという行為そのものが告白みたいなものだ。その人に自分の立場から贈りたい言葉を選ぶ。言ってしまえばラブレターのようなものだ。なんでこんなこと提案しちゃったかな……。



 そもそもあたしは梨々花先輩のことが好きなんだろうか。



 最初、というかついさっきまで、あたしは梨々花先輩のことが苦手だった。絶対仲良くなれないと思った。



 でも今では梨々花先輩のことを想うと胸がドキドキする。頭がクラクラする。視界がモヤモヤする。



 だからこれは恋なんじゃないかと思った。



 でも、たぶん、違う。



 だってこれは、スランプの時の感覚と似ているから。



 スランプに陥り、胸がドキドキして、頭がクラクラして、視界がモヤモヤした。



 スランプも今も、原因は梨々花先輩だ。梨々花先輩と扇さんの体育倉庫でのやり取りを見てから全ては始まった。



 自分のやりたいことよりも、部長さんのことを想って泣き崩れる姿。



 あたしにはそれが理解できなかった。誰かのことを想って自分が犠牲になるなんて考えられなかった。



 でも、今ならなんとなくわかる。



 絵里先輩のために夢を諦めた梨々花先輩の気持ちが。



 梨々花先輩のために泣きながら土下座をした扇さんの気持ちが。



「――そういうこと、だったんだ」



 今、ようやく、完全にわかった。



 これは恋なんて生易しい感情ではない。



 もっと残酷で、恐ろしくて、救いようのないものだ。



 でもしょうがない。だってあたしは、梨々花先輩から全てを奪ったのだから。



 梨々花先輩にあたしから贈る言葉。それはたった二文字でしかないが、あたしの想いが全部詰まっている。



 あたしはその言葉が書かれたTシャツを手に取ると、会計に向かった。



 その後スポーツショップを後にしたあたしたちは、Tシャツ交換をするためにメイン広場に向かった。


 メイン広場には休憩スペースとして木製のテーブルがいくつも置かれていて自由に使うことができる。休日なのでほとんどのテーブルは使われてしまっていたが、なんとか一つだけ空いているテーブルを見つけ、座ることができた。


「じゃあさっそくだけど交換しよっか」

 ショッピングモールに来てから既に六時間ほどが経過していて、日はだいぶ傾き始めていた。夕日に照らされた梨々花先輩の顔が輝く。その眩しさを直視できず、あたしはわずかに顔を逸らして答える。



「その前に、一つ謝らせてください」

「え? 環奈ちゃんわたしになにかした?」

 なにも思い当たる節がないのか、梨々花先輩は不思議そうに首を傾げる。



 これは自己満足でしかない。謝ったところでなにかが変わるわけでもないし、謝られても梨々花先輩には迷惑でしかないと思う。そもそもあたしが悪いかというと、決してそういうわけじゃない。



 それでもTシャツを渡す前に、これだけは伝えておきたい。



「あたしがリベロになってしまい、申し訳ありませんでした」



 あたしさえいなければ、梨々花先輩はリベロになることができた。そんな仮定に意味はないけれど、これを伝えなければ前には進めない。だからあたしは頭を深々と下げ、梨々花先輩に謝罪する。



 しばらく待ってみても梨々花先輩はなにも言ってこない。ただあたしが頭を下げ続ける時間だけが過ぎていく。



「……別にいいよ、とは言えないよね」


 あたしが頭を下げてから一分ほどが経った後、梨々花先輩はわずかに声を震わせ、この距離にいても聞き逃してしまいそうな小さな声で答える。



「気にしてない、とも言えないし、環奈ちゃんが謝る必要はない、とも、ごめん、わたし言えねぇ」


 梨々花先輩が言葉を紡いでいる間、あたしは頭を下げたままじっと言葉を聞き続ける。



「やっぱりわたしはリベロになりたかった。絵里先輩に最高のレシーブを繋ぎたかった。絵里先輩の最高のトスを近くで見たかった」



 「でも、それは無理だから」。梨々花先輩はそう言うと、再び口を閉ざす。梨々花先輩がなにも言わない間はあたしも言葉を発せない。ただひたすらに頭を下げたまま梨々花先輩の言葉を待つ。



 しかしいつまで待っても言葉は返ってこなかった。



 その代わりにあたしの目線の先に一枚のシャツが差し出された。



「わたしは、だめだったから」



 そして梨々花先輩は口を開く。Tシャツの文字を見たあたしは、それと同時に顔を上げた。



「環奈ちゃんに、繋いだよ」



 久しぶりに見ることができた梨々花先輩の顔が夕日がさっきより沈んだことで今ははっきりと見ることができる。梨々花先輩の目元から零れた涙が、夕日に照らされ輝いた。



 梨々花先輩が選んだ格言Tシャツ。そこには大きく、『繋ぐ』という文字が書かれていた。




「わたしの代わりに、絵里先輩に最高のレシーブを繋いであげて」



 バレーボールは繋ぐ競技だ。レシーブで繋いで、トスで繋いで、チーム全員でボールを、想いを繋ぐ。



 だから梨々花先輩は、あたしに想いを繋げた。部長さんにレシーブを上げるという夢をあたしに託したのだ。



 そしてその想いを、あたしは受け取った。だから。



「任せてください」



 あたしは紙袋からさっき買った格言Tシャツを取り出し、梨々花先輩に手渡す。



「あたしが梨々花先輩の代わりに、部長さんに最高のレシーブを繋いでみせます」



 梨々花先輩がTシャツに書かれた文字を見て、涙に濡れた顔でにっこりと微笑む。



 あたしが選んだ言葉。それは梨々花先輩の想いと同じだった。



 『繋ぐ』。あたしと梨々花先輩の手元には、二つの一つの言葉があった。



 あたしが感じた、ドキドキ、クラクラ、モヤモヤ。ずっとその正体がわからなかった。恋なのではないかと思ってしまうくらい、あたしには未知の感情だった。



 でも答えは単純だった。



 あたしがリベロに選ばれたということは、梨々花先輩はリベロになれない。そのことを表面上でしか理解していなかったんだ。その奥に存在する梨々花先輩の想いにまで気づくことはできなかった。



 だってあたしには初めてのことだったから。誰かの想いを繋ぐなんて、バレーをただ楽しんでいたあたしには無縁の感情だった。



 だからわからなくて、身体が、心がおかしくなっていた。心がドキドキして、頭がクラクラして、視界がモヤモヤした。



 でも、今は違う。部長さんのために夢を諦めた梨々花先輩。梨々花先輩のために土下座した扇さん。自分の想いを他人に繋いでいる二人の気持ちがわかったから。



 だからあたしは梨々花先輩のためにバレーをやる。



 梨々花先輩が叶えられなかった夢を、代わりにあたしが叶える。



 それが梨々花先輩から全てを奪った責任であり、梨々花先輩から想いを繋いだあたしのやるべきことだ。



「あとは頼んだよ」



 そう言って梨々花先輩がスイーツショップでもらったバレーボールのキーホルダーを掲げる。



「はい」


 あたしもそれだけ答えて、あたしの分のキーホルダーを梨々花先輩のものに重ねた。



 これ以上言葉は必要ない。



 だってあたしと梨々花先輩は、繋がっているから。

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