第1章 第16話 あたしとあなたのはじめまして
〇環奈
一緒に遊びにきた先輩のテンションがうざい。
目に入る店一つ一つに目を輝かせて足を止めるから中々ショップに着けないし、一々大きな声で、しかも訛りで騒ぐもんだから一緒に歩いていてすごく恥ずかしい。たぶんこういうとこ初めて来たんだろうなぁ。
「小野塚さん、どういった服をお探しですか?」
こうやってブラブラ歩くのも楽しいけど、このままのペースだとそれだけで一日が終わってしまう。店員さんのような口調で訊くと、間髪入れず笑顔で答えが返ってきた。
「かっこいいやつっ!」
それだけじゃわからないよ。なにその子どもが髪を切ってもらう時に美容師さんにするオーダーみたいな返答は。
「じゃあブランド店とかですかね?」
「ブランド!? そんなにお金持ってないよ!」
「安いブランド店もありますけど……普段はどこで服を買ってるんですか?」
訊ねると、小野塚さんは少し顔を紅くして目線を逸らす。
「……近所の、ブティック……」
ブティックって。何歳なんだこの人。
「格言Tシャツがいっぱい売っててね、他にもスポーツ用品も売ってて結構便利なんだよ。店員のおばあちゃんも優しいしね。水空さんも今度来る?」
「いやー、それはちょっと……」
スポーツ用品も売っているショップをブティックとは呼ばないんじゃないかな。いやそもそも今時ブティックとは呼ばないんだけど。たぶんその店小野塚さんをメインターゲットに据えてるんだろうなぁ。
「とりあえずここで一番大きいレディース専門店に行ってみましょうか。そこそこ安いですし、色々な種類の服が揃ってますよ」
「うん、じゃあそこにする」
なんか小野塚さんの精神年齢が下がっているような気がする。さっき子どもの真似をしてたからかな。
とりあえず行き先をコントロールすることはできた。これでスムーズに買い物ができるはず。
と思っていたあたしが馬鹿だった。
「ねぇ水空さん、どれにすればいいかな……?」
目的のショップに入ったはいいけど、小野塚さんはあまりの服の多さに目を回していた。キョロキョロと顔ごと視線を動かしている姿は完全に不審者。どうしよう、本格的に一緒にいたくない……。
でもこんな状態の小野塚さんを一人にはできないしなぁ……。よし、ここはショップ巡りの先輩としてあたしがフォローしてあげよう。あたしの方が後輩なんだけどなぁ……。
「部長さんって私服はどんな感じなんですか?」
そう訊ねると、小野塚さんはきょとんとした顔であたしを見てくる。
「え? なんで絵里先輩?」
「部長さんのこと大好きなので服装も似たような感じにしたいかなって思ったんですけど……。違うんですか?」
「そ、そんな! わたしなんかが絵里先輩の真似だなんておこがましいべっ!」
顔を真っ赤にして手を前でぶんぶん振る小野塚さん。そういえば髪型とか練習着はまったく似てないっけ。
なんとなく誰かのことを想うってことはそういうことなのかなーって思ったんだけど、色々複雑らしい。やっぱりあたしにはわからないなぁ。
「ていうかそもそも絵里先輩の私服なんて見たことないもん」
「え? マジですか?」
今度はあたしがきょとんとしてしまう。てっきり部長さんの私服の種類とか全部言えるもんだと思ってたけど、そんなことないんだ。そりゃそうか、普通いくら好きでも服の種類まで全部把握してるはずないもんね。これで練習着の種類は全部わかるとか言われたらドン引きだもん。
「絵里先輩は忙しい人だからね。わたしがいくら誘っても他の用事が入ってて断られちゃうんだ」
小野塚さんのその発言には少し違和感を覚える。あたし部長さんに遊びに誘われたんだけどな……たまたま時間が空いたのかな?
「だから絵里先輩とか関係なく大人っぽいかっこいい服がいいんだけど……どうしたらいいかな?」
不安げに小野塚さんは訊いてくるけど、正直答えるまでもない。
「その服もボーイッシュでかっこいいと思うんですけどね」
若干田舎のヤンキー感はあるけど、幼げな容姿のおかげで印象は悪くない。ショートパンツから覗く脚は白くて綺麗だし、活発な印象のある小野塚さんに合っていて素直にかっこいいと思う。しかし小野塚さんはそういう答えを求めていないのか、腕を上げて反発する。
「わたしはもっと水空さんみたいな大人っぽい服装がいいんだよ!」
あたしみたいにか……。そうまっすぐ褒められると少し照れてしまう。ていうか普通にうれしい。そう言われちゃうとあたしも真剣に考えるしかないじゃないか。小野塚さんの全身をもう一度くまなく見てみる。
「……とりあえず変えるとしたらアウターですかね……」
「アウター……?」
嘘でしょこの人アウターもわからないの……? ほんとに現役女子高生……?
「えーと……アウターっていうのは上着のことです。小野塚さんの場合はそのスタジャンですね。とりあえず脱いでもらえますか?」
「え……? ここで……?」
「中にTシャツ着てるんだからいいじゃないですか」
「うぅ……恥ずかしいべ……」
羞恥に顔を染め、ゆっくりとファスナーを下ろす小野塚さん。どうしよう、なんかあたしまで恥ずかしくなってきた。この人隠すような大層なものなんて持ってないのに。
これで中に格言Tシャツでも着てたらどうしようかと思ったけど、インナーは黒色の生地に白い字で英語がプリントされている普通のシャツだった。多少中学生っぽさはあるけどこの身長ならそれもそれで味になる。これなら割となにを合わせても似合うかな。
「じゃあちょっとこれ着てみてください。それと髪も下ろしてもらえますか」
あたしが選んだのはカーキ色のジャケット。少し短めだが小野塚さんならロング丈で着こなせる。薄手で春ならぴったりだし、綺麗な脚をアピールできる。
「どうかな……?」
うん、思った通り似合っている。髪も下ろしたおかげで、ポニーテールが持つ活発っぽさがなくなって落ち着いた印象を受ける。でもこれだと背の低さからくる脚の短さが少し目立っちゃうか……。
「……ちょっとあざといかもしれませんがニーハイ履いてみますか」
「え? 別に履くのはいいけど試着できないよね?」
「買ってきます。サイズはあたしとそんなに変わりませんよね」
「た、たぶん……ていうか買ってくるってお金……」
「あたしが払っておきます。気が向いたら返してください」
「ちょ、ちょっと……」
小野塚さんがなにか言っているが無視し、黒のニーハイを購入。ついでに靴も選んで戻ってくる。
「これ履いてみてください。サイズはあたしと同じなんでそんなに違和感はないと思います」
あたしが選んだのは黒のショートブーツ。ニーハイブーツも考えたけど、小野塚さんの身長ならこっちの方が断然いいはず。
「どう……?」
「いいです。最高です」
ニーハイとショートブーツを履いた小野塚さんに親指を上げて見せる。これなら脚の短さもごまかせてるし、ブーツがいい感じに大人感を醸し出している。
「これにしましょう。大人っぽくてかっこいいです」
あたしは身長に対してアンバランスな胸のせいでこういったシンプルにかっこいい格好はできないけど、身長も低い、胸もない小野塚さんはこれくらい小さくまとまった方が逆に綺麗だ。
「じゃあこのまま夏服を選びましょう。夏なので髪型はポニーテールを少しアレンジして、インナーは……」
「ちょ、ちょっとストップ!」
せっかく乗ってきたところなのに、小野塚さんから静止がかかってしまった。夏こそ貧乳がより活かせるのに……!
「夏服の前に、一つだけ言わせて」
そう言うと、小野塚さんはニコッと、一切屈託のない笑顔を見せた。
その笑顔はあたしのこれまでの人生の中で一番に眩しくて。
なぜかあの時に見た泣き顔と被って見えた。
「ありがとね、水空さん」
その顔を見た瞬間、あたしはある意味で我に返った。
なんであたしはこんなにも全力で小野塚さんのために服を選んでいたのだろう。
その答えはわからないけど、一つだけ確かなことがある。
小野塚さんへの苦手意識は、とっくにどこかへと吹き飛んでいた。




