第3章 第28話 楽しいお祭
〇きらら
「ごめん、遅くなったー」
他の一年生の方々と屋台巡りをしていると、一人空気を読まず着替えを敢行した環奈さんがようやくやってきました。
「もう自分たちごはん食べ終わってるんですけどどうします?」
「ん、大丈夫。天音ちゃんと一緒に食べたから」
そう答える環奈さんの口元にはケチャップを拭いた後が。フランクフルトでも食べたのでしょうか。
「その天音さんはどこに?」
「あー、音羽ちゃんがいたから別のところ行っちゃった」
環奈さんの視線の先には銃を二丁持って射的屋さんを荒らしている音羽さんがいます。普通弾を当てて落ちなかった場合位置を戻されるのですが、両利きを活かしてその隙を与えない二丁撃ちでほとんどの景品を落としています。
「いやー、ちょっとしんどかったなあの空気。罵声とかが飛び交ってるわけじゃないのに怒られてるみたいでしんどかった」
おそらく環奈さんが言っているのは自分たちが向かった後、あのお店で天音さんといた時の話でしょう。普段こういった愚痴はあまり言わない環奈さんですが、なんの前触れもなく切り出した辺り相当空気が重かったことが窺えます。
「でも環奈さんは天音さんたちの関係を知ってたんですよね?」
「触りはね。でもあそこまでだとは思ってなかった。天音ちゃんがかわいそうだよ」
かわいそう。まぁかわいそうでした。だからといって自分たちになにかができるというわけではないのであまり話したくはないです。解決できない悩みをうだうだ言ってても辛くなっちゃうだけですから。
「ねぇこれやらない?」
どこかに行ってしまった天音さんに想いを馳せていると、前を歩いていた流火さんが一つの屋台を指差しました。缶が十個積まれており、それをお手玉で落とすというゲームらしいです。落とした個数によって景品が豪華になるらしいですが、一回お手玉十個三百円という金額が少し気になります。自分たちはバイトもしてない部活女子。こんなどこでもできそうな遊びに三百円も使えません。
「一番点数が低い人は全員分のおごり。自信ある人いない?」
なるほど、お金を出したくなければ高得点を取れということですか。
「おもしろそうですね」
自慢ですが自分は運動神経がいいんです。確かにみなさんも中々の運動能力の持ち主ですが、ずっとバレーをやっていた方々に比べればテニス以外もちょいちょい触った自分の方が有利のはず。ですが全員最下位にはならないと思ったのか、一緒にいる一年生全員が参加となりました。人数は七人。最下位は二千百円のお支払い。自分のお財布の中身から考えるとここで負けたらもうなにもできなくなっちゃいます。
「じゃあ開始っ」
お手玉をぎにぎにと握って触り心地を確認していた流火さんはそう宣言すると同時になんとトスを上げるかのように缶へとお手玉を放ります。
「ふふん、上々」
お手玉は見事に積まれた缶の中央に当たり、綺麗に全て倒れました。
「あんなのアリですか……」
「特にルールはないようですし問題ないでしょう。では私も」
そう言うと深沢さんはスパイクのようにお手玉を叩きます。缶の中央からは外れましたが、トスよりも威力の高いスパイクは緩く積まれた山を崩すには十分でした。
「やばいですやばいですっ」
負けじと自分も普通に投げますが、倒れたのは四つ。このままでは自分が負けてしまいます。
「……環奈さんはなにやってるんですか?」
「ん? 流火たちと同じように得意分野で挑もうと思って」
危機を覚え他の方を見てみると、環奈さんは腕をレシーブの形に組み手でぽんぽんとお手玉を上げていました。
「まさか……」
「そのまさか、だよっ」
なんと環奈さんはそのままお手玉を弾くと缶を全て倒してしまいました。
「やばいですよ珠緒さんっ」
「……わかってますわ」
「いやーあせるねー……」
右隣の珠緒さんが倒した缶は二個。左隣の木葉さんは四個。自分と似たようなものです。
「風美さんは……」
「えいっ」
轟音。風美さんのお手玉は中心から大きく外れたのですが、その凄まじいパワーで無理矢理缶を全て倒してしまいました。
「む、むずかしいね……」
「そ、そうですね……」
やばいです。かわいらしい声だったのにめちゃくちゃすごい音してました。さすがの超火力。こうなると最下位争いは自分、珠緒さん、木葉さんの三人になります。負ける気はありませんでしたが三分の一となるとちょっと不安になります……。
「珠緒ちゃん、ツーアタックのフォームでやってみたらー?」
お手玉を持つ手を震わせていると、木葉さんがそう言いました。
「そんなんでうまくいくわけないでしょう」
「いやー? 珠緒ちゃんのツーって結構上手いから案外みんなみたいにうまくいくかもよー?」
そう言う木葉さんは珠緒さんに話しているのに視線は自分に向いています。これは……なるほどです。
「そうですっ。珠緒さんはすごいので大丈夫ですっ」
「そ、そうですの……?」
木葉さんは自分に援護しろと言っているのです。珠緒さんを貶めるのを。
「よっ、珠緒ちゃんっ、すごいっ」
「『色持ち』っ、『黄昏天日』っ、特別っ」
「特別ではありませんが……そこまで言うならしょうがないですわねっ」
ふっ、ちょろいです。
「はっ。あ、できましたわっ」
「「えぇーーーーっ!?」」
まじですかっ!? お手玉をツーアタックの要領で弾き、完璧に缶を全部倒してしまいました!
「お二人のおかげですっ。感謝いたしますわっ」
「い、いえ……」
「それほどじゃないよ……」
まずいですまずいですまずいですっ!
「まぁ珠緒ちゃんってツーだけならたぶん高校最強だしね……」
「それよりどうしますか……木葉さんみたいにスパイクで……」
「いやあんなの雷菜ちゃんしかできないよ……」
二人で屋台に背中を向けてコソコソと話します。というかもうこれしかないですよね……!
「真っ向勝負っ、ですっ」
「恨みっこなしだよー!」
普通にお手玉をぶん投げる戦いになりました。




