第3章 第20話 バレーってなに?
結果的に言えば、レシーブを捨てた二枚ブロック作戦は大成功でした。
身長百八十越えの高い壁は、フェイントも数での錯乱もできないビーチバレーではインドアよりも驚異的。点差は十九対十五と、こちらが優勢です。
と言っても自分はたいしたことはしていません。ただジャンプしているだけ。でもそれだけで勝てるほど胡桃さんたちは弱くありません。ブロックにわざとスパイクを当ててあらぬ方向へと飛ばすブロックアウトや、そもそもブロックができないサーブなどで点を取られることもあります。
ただそれでもこちらが勝っているのは、ひとえに木葉さんの力でした。
「きららちゃーん、ストレート側締めといてねー」
向こうのコートで胡桃さんへとトスが上がる中、木葉さんが小声でそう指示を出してきます。
「せー……のっ」
そして木葉さんの指示に従い跳び上がると、
「えいっ」
「ぐぇっ」
クロス側にいた木葉さんがブロックしながら空中で自分を押してきました。
「っ」
それによって横にずれた自分の腕は、ブロックのいない方向へと打っていた胡桃さんのスパイクに当たり、相手コートへと落ちていきます。これで二十対十五。こちらのマッチポイントです。
「木葉さん……!」
「ごめんごめーん。しょうがなかったんだよー」
うぅ……確かに勝つためにはそれも仕方なかったかもしれませんが……やっぱりこの人性格悪いです!
「さてさてー。じゃあラスト一点、ちゃちゃっととっちゃいますかー」
木葉さんはヘラヘラと笑うと、サーブを放ちます。木葉さんのサーブも小内さんと同じジャンプフローター。ですが小内さんのそれとはまるでキレが違います。これが全国レベルのサーブ。
「ふぐっ」
胡桃さんがなんとか腕に当てるも、直前で角度が変わったせいであまり高く上がりません。
「このっ」
それを小内さんが飛びついて拾うと、ボールはネット際に飛んでいきます。上がる位置はいいのですが、ラストを打つ胡桃さんとボールまでの距離が遠すぎます。これではまともなスパイクは打てないはず。
「――覚えておきなさい、きららさん」
そう思ったのも束の間、既に胡桃さんは跳躍を開始していました。ボールへの反応が想像よりも早かったんです。
「っー!」
さっき胡桃さんに言われたことを踏まえ、すぐさま自分も跳び上がりましたが……。
「な……!」
どうして自分の方が、早く落ちる……!
「バレーボールは、高さが全てではないのよっ!」
抜かれた。まるでジェットコースターで落ちているかのようなひゅん、という恐怖が一瞬自分の身を覆います。
「――確かにそうだよね」
ですがそれ以上の恐怖が、自分の全身を覆い尽しました。
「高さは、バレーボールの大半だよ」
まるで暗く深い森のような根源的恐怖を背後で感じたと同時に、ボールが胡桃さんの後ろへと落ちていきました。
「わーい。勝てたねー、きららちゃん」
自分の後ろでブロックに跳び、この試合を終わらせた木葉さんが自分にハイタッチを求めてきます。
「なんで、後ろに……」
「んー? ジャンプする時きららちゃんの足があんまり曲がってなかったから抜かれるなーって思って。だめだよー、せっかくの高さを持ってるんだからちゃんと活かさないと。ちっちゃい子たちががんばってるのにかわいそうじゃん」
……かわいそう。かわいそうですか……。
「これで二敗だねー、えーと、真中、さん?」
整列となり小内さんがネット際にやってくるまでの間、木葉さんは下を向いて額の汗を拭う胡桃さんを見下ろします。
「……二敗だなんて思っていないわ。完敗よ。ずっと、ずっとね」
「知ってますよー。じゃなきゃここまでスタイルを変えませんもんねー」
スタイルが変わった? 胡桃さんってかなりの痩せ型ですが……はっ、もしかして以前は太っていたのでしょうか。
「でもだからこそ言えるわ。やっぱりバレーボールは高さだけじゃない。大半でもない。今度こそ、それを証明してみせるわ」
「どうぞご自由に。全部ふみつぶすだけなんでー」
自分には理解できない会話を一言二言交わすと、自分たちは別々にコートを出ます。敗者のお二人は反省のためかみんなから離れ、自分たちは環奈さんたちが待つ場所へ。
「……自分も、」
この人と一緒なんてなんだか嫌ですが。やっぱり自分もそう思ってしまいます。
「自分も、かわいそうだと思います」
バレーにおいて、スポーツにおいて、いえ、人生において。唯一努力ではどうにもならないもの。それこそが、身長です。
本当に。かわいそうでかわいそうで、仕方ない。




