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つなガール!  作者: 松竹梅竹松
第3章 春待つ夏
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第3章 第16話 開幕! ビーチバレー

〇きらら


 午後二時になり、最も熱が高まる時間帯。ついにビーチバレー大会が始まりました。


 参加者は約三十二チーム。つまり五回勝てれば優勝というわけです。


「さぁ、全部焼き尽くそうか」


 まず最初に試合に出るのは珠緒さん、流火さんのセッターペア。流火さんがカチューシャのリボンの位置を整えながらコートに入ります。


「……ええ」


 それに続いたのは少し顔が強張っている珠緒さん。

 ちなみに珠緒さんの水着も色こそ黄色ですが流火さんと同じタイプのビキニにパレオ。すらっと高く、出るところは出ているにも関わらず細身の流火さんと並ぶと珠緒さんが少し貧相に見えてしまいます。珠緒さんも結構スタイルいいんですけどね。


「いくよー」

 まずは二十代ほどの女性チームである相手側のサーブから。一応調べてみたのですが、ビーチバレーのルールは基本的にインドアバレーと変わりませんが、細かいところは結構異なります。


 まずインドアが二十五点なのに対し、ビーチは二十一点で決着。今回の大会では一セットマッチです。

 そしてローテーションシステムが存在しません。だからコート内なら誰がどこにいてもいいわけです。


「ふっ」

 元からサーブレシーブをする気でいたのか後ろの方にいた珠緒さんが飛びついてボールを拾います。本来セッターはサーブレシーブをしないポジションなので苦手なはずなのですが、さすがの総合力です。もちろんサーブがアンダーで威力が弱いからというのもあるでしょうが、ボールはネットの前にいる流火さんの元に綺麗に返ります。


「いくよ珠緒っ」

 しかしここで問題になるのは、流火さんが水着の女性がいっぱいいるせいで『熱中症(ねっちゅうしょう)』になっているということです。このモードだとスパイカーが誰であるかに関わらず最高最善のトスを上げてしまうらしいです。そうなると本来スパイカーではない珠緒さんでは打てるかどうかわかりません。


「っ」

 予想通り鋭い角度と速い速度のトスをオーバーハンドで上げます。ですが打ちづらそうにしながらもそれに追いつき、珠緒さんはスパイクを相手コートに叩きこみます。相手のレシーバーは動こうとしながらも届かないと察したのか途中であきらめました。


「ナイス珠緒っ!」

「もったいないお言葉ですわ」


 まず一点取って二人は身体の横でハイタッチを交わします。主審の方が得点を示す笛を鳴らしますが……なんかいつもと違います。変なハンドシグナルもしてますし……。


「ダブルコンタクト!?」

「? なんですかそれ」


 自分の隣でとても大きな声で新ワードを口にした環奈さんに訊ねます。


「二回連続で同じ人がボールに触っちゃった時にとられる反則だよ。今のはたぶんトスを上げる時に手がずれちゃって二回触ったってことだと思うけど……全然そうには見えなかった……ていうか流火がトスをミスるなんてありえないんだよね……」


 主審のジャッジにかなり不満げな環奈さん。でもそれは外野だけではありません。


「――誰のトスがミスだって……?」


 寒気。こんなに暑いのに、熱いのに。世界が突然氷河期になってしまったのではないかと思うほどに、突然空気が凍り付きました。


 その原因は探す必要もありません。流火さんです。


 流火さんの空気が、さっきまで水着に興奮していた人とは思えないくらいに冷え切っていました。


 流火さんは自身のトスに相当な自信を持っていたのでしょう。全中制覇を成し遂げた選手としてのプライドと一緒に。


 それなのに、このジャッジ。遠目からでも怒り狂っているのが伝わります。


「ビーチバレーはインドアよりダブルコンタクトの判断が厳しいのよ」


 周りが流火さんの変わりように怖じ気づく中、おそらく自分よりもルールを読み込んだ深沢さんが淡々とそう言いました。


「……ふーん、そうなんだ」


 それを聞いた流火さんは短くそう返すと、瞳孔を開けたままゆらりとネット前から離れ、はめていたカチューシャをコートの外にぶん投げます。


 あくまで遊びの延長だからと着けていたカチューシャを外し、いつもの試合の時と同じスタイルに。つまりここから本気を出すということです。


「――燃えてきた」


 その言葉を最後に何も言わなくなった流火さんを見て、ビビった顔をしている主審の方がプレー開始の笛を吹きます。


 流火さんがミスをしたということで向こうの得点。つまり相手のサーブから試合は再開しました。さっきと同じようにアンダーサーブを珠緒さんが拾い、流火さんはトスを上げる位置へ。


「またオーバーですか!?」


 その体勢は、さっきのことがあったのにも関わらずいつもと同じオーバーハンドの構え。今度は完璧なトスを上げると宣言しているかのようです。


「『熱中症(ねっちゅうしょう)』には続きがあってね」


 懲りずにまたオーバーを選択した流火さんに驚く自分に対し、元紗茎のみなさんはいたって冷静です。というより、どこか少し畏怖を感じているような表情。


「いつもは試合の終盤に出てくるからそのまま終わるんだけど、稀に試合が長引くことがある。もしくは今みたいに早く発現する場合ね。そんな時、流火は『冷却期間(れいきゃくきかん)』に入る」

「……つまり今がそれってことですか?」

「そう。その状態の流火は、『熱中症』の時と同じ感覚を持ちながら冷静な思考を持ち合わせる」


 流火さんの指がボールに触れる瞬間、普段は隅に隠れている風美さんが一歩前に出ました。


 ボールは十本の指による柔らかなタッチで軌道を変え、ゆっくりと天へと昇っていきます。まるで深い滝壺から飛び立つ龍を思わせるような、荘厳で神々しい一つの回転もかからないトス。


「こうなった流火ちゃんは――」


 そのボールは珠緒さんの振るう腕に吸い込まれるように入っていく。まだ全然バレーのことを知らない自分でもわかります。これは、完璧なトスだと。


「――世界にも通用する」


 ピー。


 あ、ダブルコンタクト取られました。


「はぁぁぁぁっ!? 何を見てますの審判っ! 飛龍流火の最高のトスですわよっ! 今のトスのどこが不完全だと言いますのっ!? 目が腐ってるのではなくてっ!?」


 完璧なトスに導かれてスパイクを決めた珠緒さんが主審のジャッジに文句をつけます。しかも過去一のブチ切れ。環奈さんがビビッて自分の腕に抱きついてきます。


「まぁしょうがないよね……正式な審判じゃないし」


 つまりこの主審の方はプレーに関わらずオーバーハンドは反則をとるってことですか。少し横暴に感じますが、しょせん田舎町の小さな大会なので仕方ないと言えば仕方ないです。


「ていうかこれ、詰んだよねー」


 いつも適当に笑っている木葉さんがちょっと同情的な笑みを見せます。


「詰んだ……って、どういう意味ですか?」

「んー、単純な話だけど」


 コートの中の流火さんがガクッと崩れ落ちました。


「流火ちゃんって、オーバーのトス以外なんもできない」


 結果試合は二十一対六で相手の勝ちで終わりました。しかもその得点は全部相手のミス。サーブやスパイクが全て流火さんに注がれ、なんとか上げられたとしてもスパイクはまったく打てず、なにもできずに完敗してしまいました。


「……死ぬほど悔しい」


 涙目になりながらコートを出てきた流火さん。まさかあの流火さんにこんな弱点があるだなんて。


「……流火さんは悪くありませんわ」


 試合後の講評を聞きに徳永先生と小内さんの前に立った珠緒さんは開口一番俯いてそう言いました。


「フォローできなかった自分のミスです。だから飛龍流火は負けていませんわ」


 珠緒さんは流火さんに憧れています。だからでしょうか、涙目の流火さんよりもよほど悔しそうに拳を握っています。流火さんが無様に泣きながらレシーブを失敗していたのが見るに堪えなかったのでしょう。


「おらはバレーのことはよぐわがんねぇ」


 そんな珠緒さんの手を徳永先生が両手で包み込みました。


「でもバレーが一人では絶対に勝てねぇのはわかる。だから新世さんだけが悪いってことはねぇ。自分のミスだって切り捨てるのは簡単だけんども、しっかり結果を受け入れるのも大事なんでねぇのか?」

「そうね。というか今の試合はどっちかというと飛龍さんの方が反省した方がいいわ」


 珠緒さんから一歩下がってへこんでいる流火さんに小内さんは目を向けます。


「実力で完全に劣っているあーしが言うのもなんだけど、今はコーチっていう立場だから言わせてもらうわよ。今までは水空さんがいたからレシーブは完全に任せられたかもしれないけど、今はそうじゃない。それに高校になってバレー自体のレベルが上がってるんだし、アンダーでトスを上げるシチュエーションも出てくるはずよ。そんな時できませんじゃ困るでしょ。もうトスは十分上手いんだし、他のことにも目を向けていいと思う」

「……はい」


 流火さんはトスが興奮するからバレーをやっているらしいです。そんな彼女にトス以外のことをやれというのは酷なことでしょう。きっとやりたくないはずです。


 それでも、不服そうな顔をしながらも、受け入れて前を向いた流火さんを見て、こういう方だからこそ今の実力があるのだと実感しました。

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