20 状況に慣れてきて、意外と楽しんでいる秘術士の噺
セイラは帝都で一部の高官が着ているようなスーツ姿。それはウイックも同じだった。
アンテと違うのは最初、二人で向き合って大声を上げた瞬間から、セイラはシナリオに飲まれていき、雑踏の中で抱き合うシーンが続いた。
「大丈夫か? 弱いくせに強い酒を飲み過ぎなんだよ」
本当のウイックは経験のない飲酒、それはセイラも同じなのだが、感じた事のないほろ酔い気分が心地よい。
「先輩、次行きますよ。今夜は帰しませんからね」
千鳥足で一人で立ってもいられないのに、セイラはウイックを先導しようと前に。
「ほら、アブナイだろ!? もう今日は帰った方がいいぞ。送っていってやるから大人しく帰りなさい」
またおかしな口調で何を言っているのか、自分でも分からない状態でシナリオを受け入れ、ウイックはセイラを肩で抱えた。
「送ってくれるんですか? 先輩は優しいなぁ~」
質の悪い酔っぱらいは、支えられた肩を基点に180度回転し、ウイックの頭を抱え込む。
「だぁ、もう鬱陶しい。大人しく真っ直ぐ歩け」
「はぁ~い、私の家は結構近くなんですよ」
そう言って指差した石の建物は、宮殿よりも高く、光の護符を存分に使用した明るさに包まれており、看板にはHOTELの文字、これも光を放っている。
「ここ? な訳ないだろ」
「ダメ、私もう歩けませ~ん」
確かに彼女の自宅がどこかは分からないが、このハイテンションガールを連れ歩くのは骨に思える。
「休憩していくか」
「おぅ!」
二人は風変わりなベッドルームに入り、ウイックはセイラをベッドに寝かせようとしたが、風呂に入らないと眠れないというので、冷たい水を飲ませてから、シャワールームに連れて行った。
「一緒に入りません?」
「少しは酔いも醒めたようじゃないか。さっさと入ってこい」
今回のシナリオはなかなかに凝っている。
ただ何故かいつまで経っても選択しにたどり着かない。
ここに来てセレーヌの声は聞いてない。
「先輩……」
シャワーを浴び、タオルで髪の雫を拭いながらベッドに来たセイラは、恐らくはその大きめのバスタオル一枚しか纏っていないのだろう。
透き通るような白い肌を少し朱に染めて、ウイックに並んで腰を掛ける。
ウイックに近付き、少し赤味を増しただろうか、顔も腕も、足の先まで蒸気を纏っているようだ。
これもこの空間の特性なのだろう。
人魚であるはずの彼女の足も、人種と同じ質感の肌になっている。
「こんな所に連れ込んで、何する気ですか?」
「ここに来たのはお前の意志だろう。しかしそんな恰好で減らず口が叩けるなら、もう酔いも冷めてきたな。さぁ、帰ろうか」
立ち上がろうとするウイックの手を掴むセイラ。
「お話、聞いてもらってもいいですか?」
ふざけた雰囲気は全くない、真剣な眼差し。
「分かったよ。その前に風邪引かないように服着ろ」
「ああ、ご心配してもらってありがとうございます。服は今、洗濯乾燥機の中で回ってます」
目のやり場に困る? ウイックは良くも悪くも女体に耐性があるから、そのままでも構わないと言えば言えなくもないが、理性という物が抑えられている内に、サクッと話を聞いてやる必要がある。
「先輩って上京してもう二年以上になるんですよね」
「そうだな。そんな物かな」
実家は町工場をしていて、地元で生活するのも悪くはなかったが、自分の能力を活かすには家を出る方がいいと、母親にも勧められて上京した。
「私も実家を出たいなって、思ってて、この出張終わっても、帰りたくないなって、勤務地の移動願い出したんですけど」
「なんだ、一人暮らしなら、地元でもできるだろうに」
「それじゃあダメなんです。親の手元から離れないとダメなんです」
何か込み入った事情がありそうだ。しかしそれを聞くのは今ではない。
「そうか、来週はもう長期出張も終わって帰るんだな。でももし移動願いが受理されれば、いやセイラは優秀だからな、もしかしたらすぐにでも、本社で一緒に仕事できるようになるかもな」
新しいプロジェクトのリーダーとなったウイックの、ご当地協力スタッフとして出向してきていたセイラ、プロジェクトスタートの目処が立ち、支社との作業はひとまず終了、出向社員のセイラも一度地元に戻る事となる。
しかし本社のある、この街での生活に憧れを抱いていた彼女は、この数ヶ月で気持ちを固めてしまった。自分も上京がしたいと。
「先輩の部屋、転がり込んでいいですか?」
来た、これがこのシナリオの選択肢だ。
この話を本当の彼女に照らし合わせる。
セイラはあの海底都市を出たがっている。しかも遠く離れた新世界、人魚にとっては地上での生活が、憧れであったのだろう。
そして冒険をするウイックの所に来る事を望む、つまりは色んな世界を見て回りたいのだろう。
ウイックはまた立ち上がり、手を差し伸べる。
「この件を俺達だけで決める事はできないけど、そうだな、協力はしてもいいぞ。今は個人的にって話だけどな」
セイラも笑顔で手を伸ばし、歪む空間、薄暗かった室内は、やたらと明るいプールサイドに、そして手を伸ばすのは……。




