9 人魚のもたらした情報が、一同の行動を決定する噺
紹介されたマーメイドはビキニを着て、Tシャツ姿をしている。
「ビキニ、履けるんだ」
マニエルは彼女の正面に立ち、上から下までを観察。
目の覚めるような美女、長いピンク色の髪が赤く見えるほどに色白で、胸も大きい。
腕も腰も細くて、足は……。
「もしかしてこれって鱗?」
細くて長い足は、物語のお姫様のように理想的な美脚、しかしそこに人の肌はなく、マニエルが竜人化した時のように、足の爪先から太股までを褐色の鱗が覆っていた。
「これが本物の人魚……」
物語の人魚姫はタダの作り物だったのか?
「ウイック、早く秘術秘術」
実はマニエル、人魚が出てくる物語の大ファンで、様々な作品を見つけては手に入れ、読み耽っている。
「落ち着けマーニー、お前には既に“耳振の秘術”は掛かってるだろ。今度はそっちのマーメイドに掛けるんだよ」
とは言え、この秘術はピンポイントに鼓膜に掛けないとならないため、現状、こちらの言葉を理解していない人魚に、こちらを信用して、ジッとするようにと伝える術がない。
ウイックが側によると、翻訳者だと勘違いして、矢継ぎ早に話し続け、実は何を言っているのかは分かっているのだから、マニエルなりミルなりが、彼女の言っている事をアーチカ姫に伝えればいいものの、術の成功を見守るのに意識を持っていかれていて、その事に気が付いていない。
「拉致があかねぇな」
ほんの少しの間、耳を覗かせてもらえれば、それでいいのだけれど、それがなかなかに難しい。
「!?」
ウイックの所行を口を開けて慌てふためく伯爵と、我が身に降りかかる災難に絶叫を上げる人魚。
裸に限りなく近い恰好をしているので、ファーストタッチから壺を射抜くと、あっと言う間に大人しくなり、暫くはウイックの好きにされるがまま、マーメイドが惚けた瞬間を狙って秘術を掛ける。
「いきなり何するのよ!?」
「いや、話を分かるようにしたかっただけなんだが、他に方法が思いつかなかったからな、悪いな」
我に返り、今さら胸を手で護る人魚は、ウイックの言葉が急に解るようになった事に驚く。
「それじゃあ、話を聞かせてもらおうか?」
ウイックの秘術を受けて、姫様達も伯爵も人魚の言葉を理解できるようになり、一同は椅子に腰を降ろした。
「助けてください。大変な事になってるんです」
聞けば、明日にウイック達が向かう予定の海底都市、ソフィーリアに魚人が襲ってきたと言うのだ。
彼女の名前はセイラ。この事を地上に報せようと、大慌てで上がってきた。
あまりに急速に上がってきてしまったので、水圧の変化に耐えられず、気を失って岸壁に打ち上げられた所を発見され、気を取り戻したのはついさっきだという。
「それで魚人っていうのは?」
「読んで地のごとく、人の形をした魚だ。人魚とは違う」
姫様がミルの質問に答えてくれて、魚人とは如何なる物かの説明が挟まれた。
魚人はとても好戦的な種族で、昔から人魚とは小競り合いを続けてきている。
大量の水の中では、足が正に物語の魚の尾のように変化する人魚は、海中戦では魚人に後れを取る事はなく、襲撃を受けたからと慌てる必要もないのだが、今回はいつもと様子が違った。
「大群が攻めてきたんです。私がこっちに向かう頃までは、まだ押される事もなかったんですが、あまりの数に、援軍が必要ではないかという話になって」
他の人魚の集落にも応援を求めに言っているそうだけど、念のためにと彼女は上がってきたのだ。
「援軍と言われましても、海底での戦いに我々人種が向かっても、何の役にもたてませんよ」
伯爵の言葉は最もだ。
「それは別にいいんです。あの亀甲船が姿を見せてくれるだけで、相手への牽制になります。そんなにご迷惑をかけるつもりではないんです」
敵は一対一では相手にもならない事を自覚しているから、そこに援軍があると解れば、行軍を止めるだろうと踏んでいる。
「なるほど解りました。それでは今から船を出発させましょう」
急な展開にウイックは大慌てっ振りを見せる。
「ちょーっと待て、まだ心の準備がな」
「そう言えばなんでウイックって、水に潜る秘術って使えないの?」
ミルは以前、“水泡の秘術”を使う秘術士に会った事がある。
カナヅチだというウイックが、そんな術を知らないのはおかしい。
「あれは泳げる奴が、深く潜る為の術だ。泳ぐどころか、自力で浮く事さえできない奴が、水に潜る術を使えるようになるものかよ」
だけど時間を置く事はできない。
伯爵は亀甲船を早急に動かす為に、必要な指示を各関係者に伝達させ、出発の時刻を今日の日没とした。
「行かないわけにはいかないわよウイック」
厳しいようだけど、こちらも考えている時間はない。
ウイック達はセイラを伴い、伯爵とは別れて、亀甲船に向かった。
港には多くの船員が建物内に出入りする為に、列を組んでいた。
やむなく非常階段を使って桟橋におり、外から回り込んで亀甲船の元にたどり着くと、アンテとイシュリーが待っていた。
「アンテ、どうだった、この船の問題点の見当は付いたの?」
ミルの問いにキョトンとしているアンテは、直ぐに笑みを浮かべて答える。
「ああ、問題点ならもう解消したよ」
「えっ、まさかこんな短時間で?」
アンテが優れた技術者である事は理解している。
しかしまさかこんな直ぐに、長年の問題を解決してしまうとは……。
「僕はほとんど何もしてないよ。元々この船には、自動修復機能が付いていて、その操作基盤を見つけて起動させただけだから」
説明を受けても何も解らないが、アンテが大丈夫と言うからには、上手くいったという事なのだろう。
「それとウイック、いい物を貰ったよ」
浮かない顔のままの秘術士は、錬金術師の少女にまた救われる。




