5 海賊に喧嘩を売った男の末路を知る噺
サポート役の男爵の根回しが成果を上げ、キャプテン・ヴァンナ率いる惨禍の報せは、ゲッヘル侯爵の船団を焼き尽くし、最後の交易船に侯爵本人が乗船している事を確認の上で拿捕した。
海賊船の甲板で縛り上げられ、思いも寄らなかったアーチカ第三皇女の登場、読み上げられる脱税や禁止されている密輸、人身売買の証拠を挙げられ、観念して檻に入れられた。
作戦の成功を信じ、別行動中のウイック。
「あんたがノーバラック男爵か?」
ゲッヘル侯爵領の港町から、クバラム湖へ向かう街道、多くの護衛をつけた馬車の通り道を遮り、五人は立ちはだかった。
「なんだ貴様ら」
四台の馬車に囲まれる、中央の立派な一台から姿を見せたのは、見るからに貴族至上主義と体型でも訴えている小太りの中年。
「俺達はちょっと、キャプテン・ヴァンナにお使いを頼まれたんで、あんたの顔を見に来たんだけどな」
冒険者と思しき若い男女の一行から、海賊の名が出た事を受け、男爵は他の馬車からと、周囲警戒に走らせていた馬も角笛で呼び寄せ、私兵を前面に出してくる。
「やはりあの女海賊、俺の動きに勘付いていたのか、しかしこんなガキ共を使わすとは、俺の事を完全に格下扱いしているようだな」
鎧を着た兵士が30人ほど、正直、精霊界や魔門界で大暴れしてきたウイック達を相手にするには、これではあまりに物足りないのだが、キャプテンからは少し様子を探って欲しいと言われている。
既に尻尾を出している状態なのだが、先代まで築いてきた良好な関係を、できれば崩したくない。
本来なら自分が真意を確かめたいところだが、侯爵への制裁とを比べ、こちらを任せてくれたのだ。
「みんな、一人も殺さないように、速やかに無力化するわよ」
ショートソード二本を構えるミルが指示を出し、ウイックは後方に下がる。
向かってくるのは年若い少女達ばかり、そのいずれもが中々の粒ぞろい。
中年親父は舌なめずりをしながら、値踏みを始める。
「なんだ? 俺に夜伽の相手を用意してくれたのか? どぉれ、一通り楽しんでから高値で売ってやるから、そんな物騒な物、サッサとしまえ」
下卑た笑いが硬直するのに、さほどの時間は必要とせず、私兵の七割があっと言う間に蹴散らされたのを見て、慌てふためく。
「なっ、なんなんだこいつら、ただの冒険者ではないのか!?」
冷静さを欠き、狼狽えるノーバラック。自らが乗っていた馬車に走り、大きな音を立てて扉を開ける。
「なんだ、逃げ出すつもりか?」
ウイックは秘術で馬車の車輪を破壊しようとしたが、それより早くノーバラックが大声で叫ぶのを聞いて、術式の発動を止める。
「先生、お願いします。あのガキ共を蹴散らしてください」
キャプテン・ヴァンナが男爵を疑っていたように、この男も海賊を警戒していた。
「後悔するがいいぞガキ共、その男の首を海賊に送りつけ、女はみんな俺好みに調教してやるからな」
「黒、確定だな」
ノーバラックが馬車から呼び出したのは、一人のローブ姿の初老の男。いや初老のような風体の優男。
「もう後悔しても遅いからな。この世界最大の災厄、ウイック=ラックワンド先生が血の惨劇をもたらしてくれるぞ」
言葉を失う大秘術士とその仲間達。
「ウ、ウイック……、あんた何かいきなり老けちゃったわね」
「この状況で、よくそんなボケが浮かぶなミルよ」
呆れる秘術士、笑う剣士、本気で殺気を放つ、獣王と竜人と錬金術師。
「我はウイック=ラックワンド! 世紀の大秘術士であるぞ。命が惜しくないなら掛かってくるがいい。だが後悔したくなくば、さっさと降参するのだな」
ウイックの名を語るローブ姿の男は、なかなか渋い声で高らかに勝利宣言をする。
この芝居掛かったセリフ口調の脅し文句に、もうミルは大爆笑。ウイックも笑わずにいられない。他三名はもう爆発寸前だ。
「もしかして疑っているのか? いいだろう、俺のこの大秘術に恐れ戦くがいい」
そう言って男が術式の詠唱を開始。ちゃんと定型文をなぞっているのは、パフォーマンスか? それが実力なのか?
「……“雷鳴の秘術”!」
思っていたよりも高度な術を行使してきた事に驚いたが、威力をみるからに、術式詠唱が必要なレベルのようだ。
「どうだ、次は全力でお見舞いするぞ。無駄な抵抗をすれば、命を落とす事になるぞ」
ウイックの理力障壁で完全に、術を掻き消され焦る偽物。
今の秘術を見て、ローブ男を本物と確信したノーバラックも、勝利を疑わなず、調子付いてニヤついている。
「……つき合いきれんな」
ウイックは出力を可能な限り絞った“雷鳴の秘術”を、容赦なくローブの男に落とす。
黒こげになり、二度と起き上がる事のない偽物と、我慢の限界を超えた三人の少女の活躍により、一瞬で壊滅した私兵団を目の当たりにして、ノーバラックは戦意を喪失。
アンテに縛り上げられ、男爵はキャプテンの下へ連行された。




