2 それぞれの立場と名前が明らかになる噺
「な、なんてこと……」
「ひ、姫様!?」
姫と呼ばれる鎧の少女が乗ってきた旗艦も沈没し、海面には多くの船員が必死に泳いでいる。
「騎士団はおそらく……」
甲冑では水に浮く事はできない。決戦の為に全身を護らせた事が仇となり、浮かんでいるのは船を動かす為の水兵ばかり。
「バカな!? こんな失態どう陛下に報告すればよいのだ」
沈み行く騎士船団の向こうには、黒煙を上げる海賊船団が見えてくる。
「完全勝利と言っていいかな?」
満足げな海賊船長と、絶望する騎士姫様。
「お前達、騎士共を拘束しな。姫さんには粗相をするんじゃないよ。腕だけ縛ればそれでいい。それと……」
ジッと成り行きを眺めていたウイック達は、海賊に誘導されて船長室へ。
通された部屋で暫く待っていると、海賊船長と腕を拘束された騎士姫様が入ってきた。
「先ずは自己紹介をしようじゃないか。では私から、私はこの辺りの海域を根城にしている海賊団、“惨禍の報せ”の団長で、このガレオン船“ヴァラッシュ”の船長をしている。クライア=ヴァンナだ。キャプテン・ヴァンナで通っている」
その名前にウイックとミルには覚えがある。
帝国近い内海洋を縄張りにしている、悪名轟くヴァンナ海賊団、惨禍の報せ。
「真っ当な商売船を襲った事はないさ。私らの名前を知っていながら、この海を航行する交易船は、無認可の物がばかりだよ。うちはそいつらから密輸品を頂いているだけさ」
「そんな勝手な理屈が通用するものか、この犯罪者め」
とはいうものの、ヴァンナ海賊団は海の魔物とも戦ってくれているので、被害報告さえ上がらなければ、放置するというのが帝国の体勢だった。
「ゲッヘル侯爵だったか? 取引が禁止されている密輸品を扱っていたのはあいつらだろ」
「それでもだ。公には処罰品は積まれていなかったとして討伐願いは受理された。お前達が不服申し立てがあるというのなら、公正な裁判の元、白日の下にさらすがいい」
「何が公正だい? 積み荷の書類を偽造して、そいつを受理する役人が開く裁判で何が明らかになるって言うんだ?」
確かこれは自己紹介の場のはず、事の流れを読む事はできるが、いつまでも傍観者でもしようがない。
「えっと、そっちの姫さんが名告らないのだとしたら、今度は俺達からか?」
「そら、どうすんだい姫さん。あんたは礼儀を持たない無作法者ってことでいいのかい?」
美人に恥を掻かせるつもりではなかったのだが、これ見よがしに海賊が挑発する。
「……私はウルアイザ帝国皇帝、ザッカート=フォン=ウルアイザークの三女にして、王位継承権八位のアーチカ=フォン=ウルアイザークだ」
姫様と呼ばれていたから、それ相応の大物だとは思っていたが、王位継承権を持つお姫様であったとは……。
今回の討伐隊派遣は、侯爵に恨みを持つ者達より、海賊に情報がリークされていた。
「この姫さんは中々の策士であり剣士であるからな。正直、私らに運が向いてなければ、立場は逆だったかもしれんな」
キャプテン・ヴァンナが補足をしてくれて、二人の美女の素性は判明した。
「そんじゃあ今度はこっちからだな」
ウイックは長いすに座る自分とは反対側から、自己紹介するように促す。
「あっ、はい。分かりました。私はタングアン諸島極東にある、獣王の神殿を預かるイシュリー=ビーストマスターと申します」
果たしてその名は、大海洋界で知らぬ者のいないほどの高名で、流石にこの場で出てくる名前とは思えず、海賊も姫様も疑いの眼差しを向けてくる。
「証となるかどうかは分かりませんが」
獣王の事を本当に知っていれば、これを見せれば分かってもらえるはず。
イシュリーはいつも使用しているマスクを取り出した。
公的な場ではこれを付けているから、位の高い者なら見た事があるはずだ。
「こ、これは……確かに間違いないようだ」
その答えはキャプテンがくれた。姫様の方も納得してくれたようだ。
「次は私ね。マニエル=ランドヴェルノよ。私には証明書は何もないけどね」
「僕はアンテロッテ=フローランです。僕はランドヴェルノの職人で、証明書代わりにはならないんですけど、これらはみんな僕の作品です」
ランドヴェルノの名前は、獣王以上に世界中に知れ渡っている。
マニエルはともかく、アンテの出したアイテムは、確かに普通の錬金術師では作り出せない逸品だと、目の肥えたキャプテンの鑑定眼が保証する。
「なんなんだお前達は、ただの冒険者ではないな」
あまりにこの場に不釣り合いな顔合わせに、本物だとすれば姫様でなくても、気にならないわけがないし、偽物だとしても、その名を連ねるのも可笑し過ぎて、やはり気になる。
「私はミレファール=フランセーレです。冒険者兼秘宝ハンターです」
今までの三人のような肩書きのないミルは、肩をすぼめて自己紹介をする。
「剣豪フランセーレ殿か?」
今度はアーチカ姫が激しく反応した。
彼女は片手剣と盾を使って戦場に立つ。
剣で名を馳せるクラクシュナ王国聖騎士が、その腕を認める者の名を聞いて興奮しているのだ。
「まさかこんな所で、剣豪殿にお会いする事ができようとは……」
獣王やランドヴェルノのように名前が売れているわけではない。
だがここで偽物が、少し名の知れた程度の剣士の名を語りはしないだろう。
こうして四人の素性は明らかとなり、アーチカ姫とキャプテン・ヴァンナの信用も得られた。
残るは……。
「俺はウイック=ラックワンドだ」
この名を聞いた二人は表情を硬くした。




