38 大変だったのに、思い返せば、一日しか経っていない噺
「はぁ……」
ミルとイシュリー、マニエルは全く同じ反応で、様子の変わったアンテの姿を眺めた。
「変かな?」
「変ではないけど、違和感しかないわね」
眼鏡を外し、ツナギを着ている事には変わりないが、ピンク色の生地、バックパックまでピンクに塗って、なにより胸を押さえつける事を止め、大きさはそこそこだけど形のいい膨らみを少し強調する下着で矯正し、女の子を前面に押し出していた。
「アンテロッテさん? でよろしいのですよね」
「うん、改めてよろしくイシュリー」
話はアンテが出てくる前にウイックから聞いていた。それでも驚きは隠せない。
「あんた、私に気があったんじゃなかったの? ああ、気にして存した」
「はははっ、そう言う勘違いをさせないように、気をつけていたつもりだったんだけどね」
マニエルはそんな事よりも、いきなりウイックに告白したという事の方が気になっているのだが、今はそれを言い出す空気ではない事は分かっている。
「そんじゃあ、まぁ、そろそろここからお暇するかな」
見送りは魔女セレーヌと四楽天、何故かガイザとレティシムも居て、ウイック達は各々が、それぞれに礼を告げる事ができた。
「本当に苦労させられたけど、世話になったな」
最後にセレーヌに礼を述べる。魔女も至極の笑みで応えてくれる。
「もっとゆっくりしていけばよいのに」
「そうもいかんよ。ミルの剣の修復が最優先だからな。ザクサのお陰で有力な情報も貰えたし、こうして手掛かり近くへ、空間を繋げてくれるって言うんだ。一刻も早く行かないとな」
大きな収穫のあった今回の魔門界訪問。良い知己と出会え、曲者揃いではあっても、場合によっては味方にもなってくれる、頼もしい強者共には、感謝してもしきれないが、まだまだ続けなくてはならない旅に、いい力を貰えた。
「またいつでも遊びに来るが良いぞ。妾の暇つぶしに、お主ら以上の玩具はおらんからな」
冗談でも言って欲しくない賛辞を貰い、ウイック達は開いた転移門に足を踏み入れる。
ウイックが旅に出て二年半、つい先日まで二枚しかなかったメダリオン。
一枚はあの法術士に持っていかれたが、手元には五枚のメダル、更にもう一枚は精霊界で大事に保管されている。
全てで計七枚。内六枚が既に刻印済み。
あまりの順調の良さに身震いも覚えるが、メダリオン集めはお預け。
ザクサとの修練で破損したグレートソードの修復、それが可能である鍛冶師の元へ。
ミルは新たにザクサより、銘刀と名高い“虎鉄”を譲り受け、マニエルはジャコウより、竜人化せずとも戦闘力を落とさないようアイアンネイルを貰った。
アンテもビシャナから魔道具の資料を、イシュリーは少し抵抗はあったが、折角なので吸血鬼の生き血を飲ませて貰った。
それそれの特性を生かせるアイテムを貰い受け、目指すは大海洋界、大海原へ!
「そう言えばウイック、君はもう泳げるようになったのかい?」
何を思ったのか、やたらと道の長い転移門を歩きながら、ふとアンテが思い出す。
「うそ!? ウイック、あんた泳げないの?」
「嬉しそうだなミル……」
何に対しても自信満々でやりこなす男が、まさかのカナヅチと聞かされて、自然と笑みがこぼれるミルに、ウイックはお尻タッチで抗議する。
「泳げないどころか、水に顔を浸ける事もできないもんね」
「そんな事まで教えなくていいから」
マニエルの補足も要らないと、鳩尾の痛みを抑えながら釘を刺す。
「そう言うのを平気にできる秘術とかって、ないんですか?」
今までなかった術だって、工夫して作り上げてきたウイックなら、泳ぎも水に濡れる事もなく、水中散歩くらいしてしまいそうに思える。
「イシュリー、秘術ってのは結構繊細なんだ。少しでも心に動揺があったら、上手く発動しない場合があるんだよ」
もちろん中にはどんな状態でも、術を行使できる鈍感な……基、心の強い者もいるのだが、ウイックはそんな大雑把な連中とは違うと主張する。
誰も納得してくれてないのだけれど。
「海に行くと言っても、泳ぐ必要はないかもよ」
「アンテ、そんな気休めは止めてくれ。向かうのは深海だって話だろ? しかも行く方法は分かってないんだぜ」
「分かってないからさ。どんな仕掛けで深海に都市があるのかは分からないけど、その鍛冶職人は人種なんでしょ? きっと画期的な行き方があるんだよ」
そんな慰めも効果はなく、憂鬱になるウイックを、背中から手を回してハグをするミルは、耳元で静かに謝った。
「悪い、ミルは気にする事ないんだよ。俺がお前の剣を直したいって言って、みんなが同意してくれたんだ。ちょっとナーバスになりすぎたな。俺の苦手克服に、みんな手を貸してくれ」
前向きに、ウイックが覚悟を決めてみんなにお願いし、要らぬ一言でミルに後ろからお腹を突き抜かれてしまう。
しかしこの時の感触をウイックが忘れる事はない。
「背中にオッパイを感じるってのも悪くないな」
恥ずかしさのあまりに刀を抜き、背中から腹を貫いてしまった事を、ミルは後から平に謝った。
「見て、明るくなってきた」
じゃれつく(?)二人をそっとしておいて、先頭を歩いていたマニエルが目を凝らした。
この先に新たな探遊記が待っている。




