36 対魔王戦、思わぬ決着を遂げる噺
ウイックから隔離されていた四人は、ようやく部屋を出て、魔女の城に戻った。
仲間達の行動を知らない秘術士は、魔王ガイザの猛攻に防戦一方となっていた。
「ふっ……、くっ……、はっ……」
息継ぎ一つせず、打ち続けてくる獣人のラッシュから根を上げたウイックは、“神速の秘術”を駆使して、大きく距離を取る。
「はぁ、はぁ、はぁ、……底なしの体力か? こんなのに付き合ってたら、理力はともかく、こっちの体力が底を尽きちまう」
まだ不安定なままの魔晶石でなければ、もしかしたらもっといい勝負ができるのかもしれないが……。
「違うな。獣の魔人は、獣化してからが本領だもんな」
人の姿のままでこれだけの強さの魔王が本気になれば、やはりウイック一人でどうにかできる相手ではないのだ。
結局こちらから有効な攻撃が当たったのは、あのミサイルによる爆炎のみ。
だがウイックが得意とする距離を置いての秘術攻撃は、素早いガイザの動きには掠らせる事もできない。死角からの攻撃も理力を関知して避けてしまう。
仲間が気を引きつけてくれれば、どうにかなる気がするが、今は一人。
「“身断”で分身を作っても、イシュリーみたいにやつを誘導はできないだろうな」
ガイザが魔女のように、こちらの術をわざと受けるなんて事はしてくれそうにないし、大技を仕掛ける間もない。
小技では当てる事すらできないのだから、完全にジリ貧で凌ぐのも難しいこの状況を、如何に切り抜けるか?
「魔女セレーヌ! こいつはお前のお気に入りのようだが、悪いな。俺もこいつの事が気に入っちまった。本気で潰させてもらうぜ」
「なっ!?」
今までは魔女に遠慮して、本気を出さなかった魔王が本性を現す。
獣化を見るのはこれが初めて、その禍々しいオーラがウイックの正気を損なわせる。
「しょうがないのぉ、だが殺すでないぞ。生きてさえいればどうとでもできるから、それだけは守るのだぞ」
「おいおいおいおいおいおい!」
魔晶石さえ無事なら消滅する事はないが、そんな物もお構いなしの攻撃を喰らえば、恐らくは一溜まりもないだろう。
魔女はああ言うが、もしウイックがやられる寸前でも、きっと助けてもくれないだろう。
「万事休す何じゃあねぇか?」
“身断の秘術”で変わり身を作り、“遠渡の秘術”で離脱する案も浮かんだが、逃亡すればクレバーネは手に入らないだろう。
それでも死ぬよりはいいのだが。
「お待ちくださいガイザ様」
その声は突然に割って入ってきた。ガイザの獣化が解ける。
「ウイックぅ、大丈夫ぅ?」
声のする方を向くと大きな岩の上には、先頭に獣人の少女が立ち、その後ろにミル達四人の姿。
「誰だあれ? なぁ、ガイザの旦那。あの子?」
「知らん」
頭の獣耳と尻尾が獣人の証、興奮状態なので手足にも毛が伸びているが、普段獣人の少女は人種と同様にツルツルの肌をしている。
「私ですよガイザ様、レティシムです」
「レティシム? ああ、ディティレイドの所の末娘か」
その名前には確かに覚えのあるガイザは記憶を辿る。
黄色い髪は所々に黒い模様が入っている。基盤となるのは虎。
均整の取れた体型は、幼顔には似つかわしくない艶やかさで、ふくよかな胸、くびれた腰、なだらかな美曲の臀部はなんとも艶めかしい。
艶めかしいと言えばその服装。セレーヌもそうだが、魔人の女子というのは軽装が普通なのだろうか?
足の付け根の切り込み鋭いレオタードは、鳩尾からおへその下拳分ほどまで肌を露出している。こちらからは見えないが背中も腰辺りまで生地がない。
「初めまして、魔女セレーヌ様。グレイドの娘、レティシム=ディティレイド・ガスタ・ブルングル・ザッサ・オインタル・バッハザクト・ノインゼクト・……ハイズ、じゃあなくってぇ、ファイズル・デタンド? ……そうそう、アダムス・エイズブ・コレダです」
「おいレティー、お前の親父に言っとけ。いい加減自分が潰した領土ある魔人の家名を加えるのは止めろって。俺の知らない間に三つも増やしやがって!」
魔人グレイドは八大魔王の中では四番目に古い魔王。
年齢はセレーヌ同様に、生まれた年となると、古い話になるので覚えていないとか。
長い間、領土を持たず暴れたい放題。
魔人が魔王に進化するのには、幾つかの条件を満たさなければならない。
長い魔界の歴史で今居る魔王は八人。
王の器にある者が野良生活をする。なんて奇特なと思われるが、実のところ魔人グレイドが領土を手に入れた事で、野良生活をする魔王は二人になった。
グレイドは領土を拡大するに辺り、討ち滅ぼした魔人の名を頂戴しているのだ。
どうにかこうにか自分のフルネームを、指折り数え、棒読みながら言えたレティシムは、岩から飛び降り、ガイザの元に歩み寄る。
「訪問した私を放っておきながら、他の客人と対面するのはともかく、いつまでもお声掛けもなく、待ちきれず赴いてみれば、このような喧嘩など……、いつまでセレーヌ様のお尻を追い続けるおつもりですか? 私という許嫁がありながら」
「許嫁!?」
レティシムの言葉に一番に驚いたのはウイック、ガイザの顔を見ると、なんとも間抜けな顔で首を横に傾げている。
「ちょっと待て、そいつはお前の親父が!?」
「勝手に決めた話ではありませんよね」
年頃になれば末娘を輿入れする事になったのは、ガイザと魔王グレイドが決闘し、結果は引き分けだったのだが、その際に盟友となった証に、そんな約束をしたのはどれほど昔の話だったか。
「よくそんなカビの生えた話を覚えていたもんだな」
「その約束後にようやく生まれた私は、物心ついた時から貴方様の内室になるための修行を続けてきたのです」
初めて二人が顔を合わせたのは五年前、レティシムが5歳の時。
獣人は幼児期を3歳で終え、幼少期を6、7歳で終える。
成人を過ぎる10歳くらいの今の年齢は少女期と呼ばれ、人種の少女だと17歳くらいの見た目をしている。
「最後に会った時は、まだちっこいガキんちょだったんだがな。こんな艶めかしく成長するとは……」
目前まで来た獣人の少女を、マジマジと目で犯し、もとい観察して、ガイザは一つの結論を出した。
「騒がしくして悪かったな魔女セレーヌ。秘術士にも楽しませてもらった。クレバーネの花はくれてやる。もうこっちからちょっかい出さねぇようにするから、今日の事は大目に見てくれ」
妖艶の魔女に求めていた者を兼ね備えた、自分に付き従う少女を引き連れて、魔王ガイザは帰って行ってしまった。
「何故、妾が振られたようになっておるのだ?」
「ご愁傷様だな」
「……まぁよい。これで片は着いた。ということだな」
目的の物を手に入れたウイック。
今回は思っていたのとは全く違う流れとなったが、魔女セレーヌのお陰でスムーズに事を成せたと言っていいだろう。
感謝の礼をと聞けば、これから宴会だから付き合えという言葉に従い、一同は魔門界の温泉宿を堪能させてもらう事にした。




