21 色と欲のヴァンパイアに鉄拳を打ち付ける噺
「なるほどです。それでは私は貴方を満足させれば、ウイックさんに会わせてくれると言う事ですね?」
「君、ちゃんと聞いていた? 君たち全員が、僕の仲間達を、僕も含めて楽しませろって言ったんだよ」
「ええ、ですから私が貴方に認められれば、ミッションコンプリートというやつです。他の皆さんなら心配の必要もないでしょうから」
四楽天が一人、吸血鬼である快楽のブランは呆れて嘆息を漏らした。
「まるで過大な信頼ってやつだね。呆れた話だけど、嫌いではないかな」
ブランはイシュリーを頭の天辺から足の先まで目回し、薄気味悪く舌鼓を打つ。
見た目はかなりの美人ながら目付きが悪く、女性受けはしない本性を普段は完全に消しているのだが、明らかに発展途上の体付きをしているイシュリーに、本音が隠せなかったようだ。
「くそザクサの奴、なんであの美人をさっさとご指名しちまうかね。なにが年寄り順だ。それは見た目だけの話だろうが」
今ひとつ何を言われているのか理解はできていないが、かなり失礼な事を言われている事は分かる。イシュリーはマスクを着け、かぎ爪も装着した。
「おいおい、顔だけは好みなのに隠すなよ。ったく、でもまぁ人間の若い女の子だし、良しとするか」
「なんですか? 私を犯そうというのですか?」
相手は快楽を一番とする魔人。
その言葉を考えれば、自分に望むモノが何なのかも、自ずと想像が付くというもの。
「最終的にはそうなんだが、俺は無理強いってのはあまり好きじゃあないからな。君みたいなタイプは強い男に惹かれるもんだろ? 現に君が心を奪われている、あの秘術士は恐らく君を圧倒した事で胸を鷲掴みしたってところだろ」
モノの例えで出た言葉なのだが、イシュリーは反射的に自分の胸を両手で覆い隠した。
「その想いを上書きするほどの力を俺が見せれば、少なくとも嫌々抱かれるってことにはならなくなる。そう言う闘いを俺は望んでいるのさ」
辺りに充満する魔力を、アイテムを通して精霊力に変換し、獣王は戦闘態勢を調える。
「結局最後は無理矢理に犯るって事でしょ? 私の心は例え貴方に敗れたとしても惹かれる事はありません」
知り合ってまだ日が浅いのは間違いないが、ウイックの為人から心惹かれているのも間違いない。ポットでの二枚目半に入り込む余地はないのだ。
「そうかい? それじゃあ君を完膚無きまで負かして、涙で歪む顔を拝みながら最後の楽しみを頂く事としよう」
吸血鬼に関する逸話は数多く目にしてきた。そのどれだけが真実なのか? はたまたそのどれもがただの絵空事なのかもしれないが、試してみる価値はある。
イシュリーは野宿の時に調理をする食材の中にニンニクも持ち歩いている。
ただそれをどうすれば効果があるのかが分からないので、この場で取り出すことはしなかった。
獣王拳には残光波なる、日光と同じ波形の眩耀を生み出す術ならあるにはあるが、これはただの目眩まし、一瞬の極光では悪鬼を討ち滅ぼす事はできないだろう。
銀製品は食器の中にはあるが、それは武器ではない。
「……なかなかうまくいかないモノですね」
「なんの話だい?」
「いいえ、慣れない事はやめです、いつも通り全身全霊を掛けた拳を叩き込むだけです」
イシュリーは手甲と脛当てに精霊力を流し込み、アンテのホバーシューズのように地面を滑って移動し、瞬時にトップスピードに乗った力を加算した正拳突きをお見舞いする。
「なに? この感触は理力障壁?」
獣王の神殿に来る挑戦者の使う理力障壁とは何かが違う。
違っていようとイシュリーの取る手段はただ一つ、精霊力を込めた正拳を打ち込む。
「へぇ、魔力障壁をそんな風に破るなんて、初めてだよ」
「本当に忌々しい。まだ他に特殊な防御法があるんですね」
二度目の渾身の一撃、魔力障壁に阻まれたそれとは違う、まるで空振りをした時のような手応えのなさ。
イシュリーはラッシュを続けるも、その尽くが空を切ってしまう。
「……なるほど、吸血鬼の伝承に目を通していたのが、ここで役に立ちましたね」
拳を打ち続けていた間中、辺りを飛んでいたコウモリが、イシュリーが手を止めた途端にどこへともなくいなくなってしまった。
「厄介な能力ですね」
「もう気付かれたか。獣王というのはそんなに賢明なモノなのかい? 本気で気に入ったよ。君くらいの年齢の人種はまだまだ体も成熟していくのだろう? 改めて俺は君を求めるのを望みとしたいくらいだ」
「それは認められませんよ。約束は約束です。追加はなしです」
イシュリーは貞操を守るため、更にスピードを上げ、攻撃を再開する。
獣王の拳が空を切れば、そこに出現するコウモリ。
「こういう攻撃はどうですか?」
獣王拳の奥義、神足をフル活用して、飛び回るコウモリの一匹一匹を、打ち漏らすことなく殴りつける。
コウモリにはしっかりとした手応えがあり、何十手に渡るラッシュを終えた時、そこには膝を付く吸血鬼の姿があった。
「いつ以来だろうな。俺に痛みを通す敵に会ったのは?」
表情は全く変わっていない。効いているのかいないのか、全く判断が付かないが、この手が届いた事だけは間違いない。
「待っていてくださいウイックさん、貴方のためのこの体、必ず純血を護ってみせます。そして貴方の元に」
肩で息をしているが、気力は十分。イシュリーは魔力を精霊力に変換し、拳に力を蓄えた。




