19 盤楽遊嬉に魔人と戯れる噺
マニエルの前に現れたのは、自分の半分くらいの年格好の男の子。
「おいらは天ノ邪鬼のジャコウ、四楽天の一人、娯楽のジャコウってんだ」
ジャコウはザクサがミルにしたのと同様の説明をし、無邪気な笑顔で「僕が飽きたら死んでもらうよ」と付け加えた。
「本当にあんたを楽しませたら、ウイックに会わせてもらえるのね」
「もちろんさ。おいら達は魔人だけど、本気で遊ぶためには約束は守もんなきゃ。今は勝ち負けを競ってる訳じゃないからね」
信用はできないが説得力は感じる答えに、少し悩んだが、マニエルは首を縦に振った。
「それでどうするの? それも自分で考えなきゃダメなの?」
得体の知れない相手に、主導権を持たれ続けるのは危険だけど、飽きさせるなと言われては、不用意な提案をする事はできない。
「そうだな先ずは競争、お姉ちゃんも羽根持ってるんだから、飛べるんでしょ?」
魔人の年齢は見た目通りではない。そんなこと冒険とは全く関係のない生活をしてきたマニエルだって知っている。でもお姉ちゃんと呼ばれても違和感はない。
「競争かぁ」
小さい子と遊ぶ感覚でいいのだとすれば、マニエルは競争を快く受け入れた。
実はマニエル、竜人化すると母が心配するので、普段は変身しないようにしっかり注意し、万が一変身しても、ちゃんと報告して、直ぐに元に戻してもらってきた。
表向きは……。
「私、結構自身あるよ。みんなにこっそり黙って、飛び回ったりしてたからね」
人種として生きていれば、当然ながら空なんて飛べないのが普通。
禁じられた事でも、飛ぶなんて経験、きっと誰だって興奮してやりたがるに違いない。と言い訳を思い浮かべながら、理力変換装置を持ち出しては、遊びに使っていた。
「それじゃあ……」
両腕のアームバンドを外すと魔力を全身に浴び、マニエルは体の一部分を竜人化する。
先ほどまでと違い、眼球は人のまま、角も牙も生えていない。
マニエルが必要ないと感じたからか、四肢もかぎ爪にならず人のまま、背中には翼があり、お尻に尻尾も生えてた。
「ふーん、思った以上に竜人化を制御できてるんだね」
「この世界に来てから、なんかコツを掴んだみたい」
空の競争とあって、尻尾もある方が姿勢制御がしやすいと考えたら、この様な姿に。
「ますます楽しみになってきた。そうだね、それでもハンデはいるよね。そうだなぁ……」
ジャコウは自身も虫のような羽根を出し、空を見上げる。魔界の空は黒雲に覆われ、いつも雷鳴が轟いている状態。中空には浮遊する岩石がいくつもあり、一際大きな岩を見つけてそれを指さす。
「あれを折り返しにして、ここに戻ってくるコースにしよう。そんでハンデとして、おいらはお姉ちゃんがあの岩を折り返すまでここで待ってる。それくらいあれば十分でしょ?」
「もしかしてここって、空飛んだら直ぐに雷落ちてきたりするのかしら?」
四楽天なんてご大層な称号を持ってる魔人だ。それくらいのハンデで十分かどうかは分からないけど、何か裏があるのではと疑うのは当然の事だ。
「そりゃあ落ちてくるよ。けどそれが問題? だったらもっとハンデ上げようか?」
ズルを考えて罠を張っているのではなく、それが当たり前でしょと言わんばかり。
実のところ、マニエルが変身するタイプの竜は電撃耐性が高く、落雷の直撃もなんとも思わないのだが、その耐性を得る為には、皮膚を完全に竜の鱗に変えないといけない。
問題は衣服が雷に打たれては保たない点。
それ以前に羽根のために開いた背中、尻尾のための穴の様な作りになっていないので、鱗を出したら間違いなく引きちぎってしまう。
「落雷じゃあ全身防護しないといけないわよね。下着も脱がなきゃ……ダメか」
ジャコウの顔を見て少し途惑ったが、相手は見た目通りの子供だと思う事にして、マニエルは着ている物全てを脱ぎ去りストレージに入れ、すぐに全身を鱗で覆わせた。
「おお、そうしてると魔物そのものだね。恰好いいよ」
「……ありがとう。それじゃあ私のタイミングで競争始めていいのよね」
「そうだね。いつでもいいよ」
これは競争ではあるけど、勝負ではない。それでも勝ちに行く。本気でないと本当には楽しめない。
「正直に言って、雷は怖いけどやるしかないもんね」
スタートダッショを最高速で飛び出すために、たっぷり力を溜めて、一気に蹴り出すと、全身の魔力を翼に向けた。
更に羽ばたいて速度を上げ、後ろに魔力を飛ばすイメージを固める。
「いったぁ~い!?」
心配してもしょうがないと覚悟して飛び出したが、落雷の直撃は想像以上の衝撃だった。
「この鱗なら平気じゃあなかったの?」
心肺に異常がないのだから、竜人化は意味があった。しかしその痛みは想像もしていなかったとは言え、文句の一つも誰かに聞いてもらいたい。
「ああ、もう鬱陶しいわね」
何度も浴びているうちに、避けようと思えばできそうな気にもなってきたが、あの魔人の実力が分からないのだから、とにかく前半は体力を温存しておきたい。
回避行動と少しの我慢、どちらが体力を奪われるのかを天秤に掛け、痛みに耐える事にしたとは言え、とにかくこんな事は、さっさと終わらせるに限る。
目標だった浮遊岩まで来て分かった。かなりの距離を飛び、下を向けば山一つを飛び越えてきた事に気付く。
「私、マジで飛ぶの早くない? こんなにスピード出せるなんて知らなかった」
この距離とこのスピード。ジャコウの実力は知らないが、向こうもマニエルを嘗めてかかっていたという結果があるかもしれない。
「よしこれで折り返し、今あいつがいるところまで一気に!」
我が目を疑う光景、山向こうで点にしか見えなかった魔人が、あっと言う間に目の前に迫ってきた。
「すごいや! お姉ちゃん、すごい早いじゃん」
浮遊岩を回り込み、横付けすると余裕の表情。
「でもやっぱりおいらの敵じゃあなかったね」
嬉しそうな顔で自慢すると一足先にゴール。
マニエルは苦虫を噛み締めるような顔で遅れて到着した。




