35 黒衣の悪魔と白羽の天使の噺
遠くからでも、ウイックに黒衣の少女が接触しているのは分かった。
ミルとイシュリーは懸命に走った。ドラゴンが姿を消し、精霊の力を肌で感じられるようになったが、まだ利用できるほどではない。
エルラムがウイックに近付き、覆い被さっていく。
「何する気よ、あいつ!?」
体を重ねたかと思えば、直ぐに離れて二人は立ち上がる。
「よかった。ウイックさん平気そうですね」
「イシュリー油断しないで、あの女、あいつは信用ならない相手よ」
ようやくウイック達の元までたどり着くと、少し距離を置いて足を止める。ミルはエルラムを睨み付けた。
「あんた、ウイックに何したの?」
「なにって、男女の語らいをしていただけですよ。愛を育むのにはいい日和ですもの」
ウイックの右腕に絡みつき、甘えた声で二人の少女を挑発する。
「ミルさん、ウイックさんの胸にあるのって、あれ何でしょう?」
ウイックの胸元と言えば、緑色に輝く魔晶石があるはず。
だがイシュリーが見つけたのは、全く別の物。
「あれって、メダリオンとか言う、ウイックの探し物じゃない」
秘宝ハンターをしているミルも、それがどれだけ価値ある物なのかは知らない。だがそれこそがウイックが唯一探し求めている、彼にとっての一番の宝物。
「メダリオンが魔晶石に取り付いている? これ、あんたの仕業なの? 返事次第では今度こそ……」
「おぉ怖い。そんな怖い顔で睨まないでくださいまし、全て貴方の考えていらっしゃる通りですよ。ウイックさんの心はワタクシの手の内」
憎たらしいくらいの自信を漲らせ、嘲笑うようにウイックに熱い抱擁をする。
「分かった。なら私たちがウイックを正気に戻したら、彼もそのメダリオンも私が貰う」
「随分一方的な条件ですね。けど、ダメなら彼の事は忘れてくれるって事ですね。いいですよ。ワタクシは手を出しませんから、できるものならやってご覧なさい」
エルラムはウイックから離れ、後方に下がって手頃な岩に腰を掛けて足を組む。
「ウイックさん、この際です。ワタクシへの愛を証明してくださいな。他の女など自らの手で切り捨ててくださいまし」
なんらかの術を使っているのは間違いない。そうして従わせているウイックを差し向けてくる。ミルには確信があるが、それをどうすればいいかまでは分からない。
「ミルさん……」
「イシュリーどうしようか? あいつにオッパイ差し出したら正気に戻ると思う?」
エルラムが胸を押し当てて絡みついても、手を出そうとしなかった様子から、ウイックの意識はかなり深く閉ざされていると見て間違いない。
「ミルさん避けてください!」
どうやって我に返らせるか、悩むミルにイシュリーは警告する。
後ろにジャンプ、今いた場所を風の刃が薙ぎ払った。
「今のってウイック?」
「はい、間違いありません。マナの活動が活発です。どこから供給されているか分かりませんが、トンでもない理力量です」
理性を失ったウイックは容赦なく、次から次へと攻撃を繰り出してくる。
炎の矢や、風の刃、土塊の杭に光の砲弾。正に技のオンパレードではあるが、なぜだろうか、どれもあまり威力が強くない。
「これならいくらウイックが相手でもやれる!」
手始めにウイックの手を切り落としてみる。あっと言う間に元に戻るのは想定通り。
「ミルさん、なにをするんですか? 突然右手を切り落とすなんて! あっ、あれ? もう治って……」
「どういった理屈か分からないけど、こういう体質なのよ。こいつは」
イシュリーはこれが初めてだった。ウイックの不死身体質を教えるのに、これ以上の方法はない。
「悩んでいてもしょうがない。やれるだけやってやる」
ミルは手数を第一に考え、ショートソードを抜き、連撃を繰り出すが、成果がない事は言うまでもない。
「全く、厄介ね」
攻撃が弱くて、回避もしようとしないウイックは敵ではない。
だがそれと同時に、桁外れの理力量を要する不死身の生物を、屈服させるだけの力がこちらにはなかった。
弱点なら知っている。ついさっき教わった。
だけど助けようとする相手を消滅させるなんて、本末転倒も甚だしい。
完全に手詰まりである。エルラムの口角が上がるのが見えた。ミルは無意識に歯を食いしばった。
(覚悟も決まらねぇようじゃ、勝てる相手じゃあない)
ウイックの言葉が甦る。
「覚悟……、違う。私に足りないのは相手を想う気持ち」
ミルは想った。ウイックを助けたい。ウイックを元に戻したい。ウイックの役に立ちたい。そして何より……。
「私は、ウイックを失いたくはない」
魔晶石を叩き壊すだけなら、グレートソードで渾身の力を込めて、一突きすれば粉々にできる自信はある。
最も怪しいメダリオンだけを狙い、真っ二つに切ってしまうのも難しくはないだろう。
しかしそれではダメだ。ウイックが目を覚ましたとき、一緒に笑っていられなければ意味がない。
ミルは穏やかな気持ちで天を仰いだ。
ミルの背中に純白の翼が現れた。




