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若くして大秘術士と謳われる男の探遊記  作者: PENJAMIN名島
第五幕   若くして新たな伝説を残す男の探遊記
173/192

20 “こーひーぶれいく”と言う言葉が王国にある噺

 目の前にはティーセットの置かれたテーブル。


 円卓に付くのはウッくんと、幽霊少女に第二王女。


「あらあら、とても美味しそうなケーキですね」


 誰も給仕がいないのに突然ケーキが出てきて、熱々の紅茶だ注がれる。


 スイーツが大好きな王女様は興奮気味。


「あっ、スミマセン。お茶の準備ならワタシが……」


 立ち上がろう、あっ、いや浮かび上がろうとするシズだったが、テーブルセッティングは瞬く間に完了する。


 絶景の中、さわやかな風がそよぎ、鼻孔くすぐるお茶の香りが癒される。


「ちょっ、ちょっと待ってよ。何が起こってるの? なんで二人とも平気なの?」


 これまでは戦闘だったり罠だったりと、緊張感いっぱいだったのが、急展開にも程がある。


 さっきなんて泳げないのに潜水帽を被せられて、深呼吸をする間もなく水の中に落とされて、あたふたしているうちに水中へ引き込まれて、藻掻き続けていたら、突然ここに座らされて、この優雅な状況になっている。


 もう頭が追いついてこない。


「皆さんが、ウイックさんといると、色んな事があるのが当たり前だと仰ってました。今までなにがあったかも聞かせて頂きました。それに私自身も多少は実感ありますし」


 ウイック達と出会って、そんなに時間は経っていないが、シズにとっては充実した日々を送っているのは間違いない。


「ワタクシはまぁ、こんな物なのかなと……、まさかこの状況が異常状態だとは思っていませんでした」


 数ある冒険譚を読み漁っているアイナは、これが普通の冒険なのだと納得していた。


 そもそもこの二人に聞いた事が、間違いなのだと思い知らされる。


「これって、私の分もあるということですよね」


 シズは実体化をしようと、食欲が湧くわけではない。


 食事を取る必要がないので気にした事もなかったが、果たして食べるという行為が可能なのか?


「あっ、これ美味しいです」


 幽霊になって初めての挑戦。


 今までどんなにいい匂いがする料理を目の前にしても、気にもならなかったものを、烙印の乙女となってからは、確かに興味を持つようになっていた。


 これもメダリオンの効果なのだが、シズは間違いなく精神生命体でありながら、限りなく命ある人に近い存在である、エルラムやノアールからはそう言われている。


「私、ウッくんさんが今の状況に振り回されている感じって、凄く分かります。けどこのケーキみたいに食べないと分からない物もあるって、やっぱりそういうのは大事ではないかって思うんです」


 脳の回転が追いついていないウッくんの心からの叫びには共感できるが、この刺激が欲しいから冒険すると言う気持ちの方が、二人の少女には理解しやすいのだ。


「ワタクシは回復系の術と祈りを捧げる事しかできません」


「私もです。同じ補助系でも、皆さんが闘っている、直ぐ後ろまで行けるセイラさんのようになりたかったですけど、後衛には後衛の役割があるからと、ウイックさんに期待してると言って頂ける事が嬉しいんです」


「分かりますよシズ様。ワタクシも同じです。戦場には立てずとも、最後衛で深手を負った方の治療ができるように備える事が、私たちの役割だと考えています」


 ウッくんが求めていた答えと、微妙に違う気もするが、彼女達が何を思っているのかは伝わった。


「冒険者ってのは肝が据わったモンなんだね。俺はやっぱり工房で、そんな冒険者の助けができる道具を作っている方が、性に合っているよ」


 いつまでも狼狽えてもいられないと、ウッくんもお茶を口にすると、そのあまりのおいしさに心が一気に穏やかになる。


「これ、本当に美味しいな。でもなんでダンジョンの中で、こんな物が食べられるんだ? つまりこれはこの時、ここでしか食べられないって事か?」


 その事実は、この冒険ダンジョンでの様々な刺激以上のショックだった。


「あの、大丈夫ですよ。私、この味でしたら再現できると思いますから」


 料理が得意なシズ。


 幽霊少女は見た目とニオイだけで、どんな料理でも再現する特技を持っているが、今回はそれを食するまで体験しているので、自信の程は過去最高。


 暫く談話をしながらお茶を楽しんでいて、ここでウッくんが大変な事に思いつく。


「ところで、ここでは何をどうすれば、次の階段が見つかるんだ?」


 広大な山々の山頂から見下ろす風景からは、出口なんてどこにも見当たらない。


 ケーキを食べ終わると、今度はドーナツが出てきて、お茶も追加される。


 考えてみれば朝に食事をしたっきりで、今まで何も食べておらず、感覚としては昼食時間はとっくに過ぎているはず。


「ごめん、問題解決の糸口も見つかってないけど、先に食事を堪能してもいいかな?」


 流石にケーキ一つでは満足できなかった。


 ウッくんは三口ほどでドーナツを食べ尽くすと、今度はパンケーキが出てきて、その次に海鮮麺料理が出てきた。


「……そろそろもう満腹なんだけど、いったい誰に言えばいいんだ? この麺料理は食べられるけど、この分じゃあ」


 ミンチ肉料理が出てきた事で、いやな予感が働くウッくんが口にする。


「ああ、なるほどですね、もしかしたら有り得るのではありませんか? ワタクシはもう、ゆっくりお茶だけを楽しませて頂ければ満足ですけれど」


 アイナがゆっくりとドーナツを堪能する中、ウッくんは目の前のミンチ肉料理を何とか食べ尽くす。


「……今度は牛の肉か? こんがり焼いてくれてはあるけど、これ結構重いなぁ」


 なんだか嘘みたいな予感が、段々正解なのではないかと思えてきた。


「だとしたらどれだけの料理を完食すればいいんだろう?」


 しかし既に姫様は脱落を宣言している。


 片や今日初めて食物を口にしたという幽霊の少女。


 ここは男の自分が頑張るしかないと奮起するウッくんであったが……。


「も、もうダメだ……」


 とある世界のお店で聞けば、ワンポンドと教えてもらえるサイズの肉の塊に、流石のギブアップしてしまう。


 このままでは攻略失敗となってしまうが。


「失敗した場合、俺達はどうなるんだ」


 顔を上げるウッくんは、痛恨の表情で二人を見る。


「えっ? ええぇーーーっ!?」

「すごいですよね。シズ様」


 驚きの光景に気力を失い、ウッくんは呆然と幽霊少女の笑顔を、ただ眺めることしかできなかった。


「これも美味しいです。ぜひ再現させてもらって、ウイックさん達にも食べて欲しいです」


 肉はもちろん、その後も様々な料理を全部で20皿平らげて、次の料理を楽しみにしていると、出てきたのは次のフロアへの階段だった。


「もう終わりですか……? そうですか」


 残念そうにするシズは後ろ髪を引かれながら席を立ち、三人は通路を先に進んだ。

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