16 現れたのは、調べられた資料とは異なる現実の噺
少女達はそれぞれメダリオンを手に、円陣の外周に等間隔で並んで魔物門を囲んだ。
円陣の中心にはウイックが立ち、右手で己の胸にある魔晶石を掴んでいる。
術式の手順はすでに頭に刻まれている。
本当なら少し休憩を取って回復を図りたいが、獣の大群がまた何時出現するとも限らない。
あの大量発生の原因を突き止められていない今、目的達成が最優先なのだ。
祈りを捧げる少女達、しばらくすると円陣は光り始め、途轍もないマナが集まり、高まっていく。
「よし、いくぞ……、我、理を解き、真実の虚ろに映りし、魔に阻まれたる眠れる魂の器を、現へと甦る道を示せ」
力ある言葉が円陣に吸い込まれ、光の膨張はピークを迎え、少女達から男が見えなくなり、少しして光が収まると、そこには二人の人影が存在した。
「えっ? どういう事?」
アンテが首を傾げ、エルラムの表情も穏やかでない。
一人は皆がよく知るウイック=ラックワンドで間違いない。
その彼に真っ正面に対峙しているのは……。
「似てる……、けどなんか違うような」
顔立ちや体格は全く同じだが、雰囲気というか、物腰が違っていて、別人のようにも思える。
「……うお!? おお、俺?」
先に目を開けたのは、大秘術士の衣装に身を包んだ男の方。
「いったいどうなってんだ? 失敗したって事か?」
ウイックの混乱はもっともだが、高原の町バンセイアでよく見る装束のもう一人が目を開けて、皆の注意がそちらに向く。
「ここは……、なぜ俺がもう一人いるんだ? これは夢なのか?」
雰囲気は違えど、こちらもウイックに違いない。マニエルとアンテには郷愁が押し寄せる。
「ふむ、事態が読めんが、どうやらこの大きな魔物門も機能を失ったようだし、どうだ、一度後方に下がらんか?」
アーチカはセドリックの兵に現場を任せ、自分達は洋上の船まで戻る事に。
ドラゴンを見つけた時から苦戦は覚悟していたが、この疲労感は想像以上だった。
アロマを炊いた部屋で、リラックス効果のあるハーブティーを飲んで、甘いケーキに舌鼓を打ち、寛ぎながら状況分析を始めた。
「では君はウイック=ラックワンドの肉体と魂を持つ、言わば本当のウイックだというのだな」
先ずはウイックそっくりの青年の存在が、こちらが求めていた本人の肉体なのか、その人格は何を意味しているのかの確認。
「やっぱり間違いないよ。彼はウイック本人だ。けどその記憶の分岐点は、やっぱり魔晶石が埋め込まれたあの時だね」
アンテは次から次へ質問を繰り返し、平民服のウイックは律儀に全てにちゃんと答えてくれた。
彼の年齢は冒険者のウイックと同年齢。
職業は錬金術師。
故郷バンセイアの実家、ランドヴェルノ工房で、術式付与をメインとした職人をしている。
アンテはカガク部門の見習いという名目で、開発室を預かる身。
マニエルは家事全般を覚えて、母や兄を手伝う日々を送っているそうだ。
「こっちのウイックはどうやら同じ時間の流れで、彼なりの日常を過ごしてきたみたいだね。だからこうして魔晶石の中でも、ちゃんと成長できていたんだ」
あくまで推測でしかないが、精神生命体である冒険者のウイックが人として成長できているのも、肉体が時間の経過を果たしてくれていたからなのか。
「と言う事は、俺は作り物の今の体から、本物の肉体を手に入れる事は」
「できるよ。このウイックの魂を追い出して、君の魂を肉体に移植できればね」
アンテはしれっと言ってくれるが、つまりはそんな事は不可能だと言うことか。
人を殺して肉体を奪うなんて、気持ちはさらさらない。
それに魂の移植も、アンテが言ったようにできればという、仮定での話なのだ。
「ああ、そっちは心配せんでもウチとシズでやったげれるで」
……移植問題は解決したが、やはりウイックにそんな気はない。
「はぁ、俺はもうこのままの姿で生きていくしかないんだな」
「大丈夫ですよウイックさん、私はどんなウイックさんでも、一生付き従っていきますよ」
「なっ、イシュリーずるいわよ。わ、私だって一緒なんだからね」
右腕にイシュリーと左腕にマニエルが抱きついてくると、周りのみんなは、二人と同じ表情で微笑み返してくれる。
部屋一杯の幸せオーラに溜め息が一つ漏れる。
「大体の話は理解できた。君は残念そうにしているけど、こんなハーレム状態でなに贅沢な事言ってるんだい? 俺はどうやら本当に夢の中で生きてきたみたいだけど、そんな俺でも軽く三回は、君の事を頭の中で殺しちゃってるよ」
この状況を目の当たりにして羨まない男なんて、特殊な趣味の者でもなければ存在しないだろう。
「とにかく今後の事は、少し事態が落ち着いてから解決していこう。今日のところはここまでとし、ゆっくりしようではないか」
アーチカの提案で、また明朝になってから新島の戦場へ向かう事になる。
有益な情報を手にしたと言う皇女が不敵に笑う。




