8 マナを食らう獣に為す術ない秘術士の噺
一眠りし、マナの回復はそこそこだが、体力は取り戻したミルとイシュリー。
第十階層まで登ってくるとそこは、今までとは全く違う空間だった。
「だだっ広いな」
「上に登る階段が見えますよ」
ウイックは広々とした平らな床に、却って不安になる。
遠くにはイシュリーの言うように階段も見えている。
「雑魚は一匹もおらず、あのアークデーモンみたいなデカブツ一匹だけか」
牛の頭をした筋骨隆々な巨人。
人種の大柄な男性の倍くらいの頭頂高は、見るからに厄介そうな相手だが、力自慢のバケモノは、近接戦闘を得意とする二人には与し易い相手に思える。
「何アイツ、後ろにも顔がある」
よく見れば確かに、牛の頭の裏側にはまるで馬のような顔が付いている。
しかもその頭はぐるぐる回す事ができるようで、顔が変わると体型も変わるようになっている。
「馬面はスピード重視ってことか?」
細マッチョの体で跳びはねる獣は高くジャンプして、一気にダイブしてくる。
「こいつの特性を活かすために、このフロアは他より天井高いのかよ」
落下エネルギーを利用した攻撃の破壊力は抜群。
三人は別々の方向へ跳んで避けて、ウイックは光束を敵の頭目掛けて撃ち放つも、敵は顔を牛に変え、大きな口を開けて術を飲み込んでしまう。
「こいつもまた秘術士泣かせなのかよ」
変態は自由自在、牛には剣も拳も簡単には通用せず、攻撃力の突破を許さない筋肉の鎧は同時に最大の攻撃力に使われ、地面を揺らすほどのド突きで、少女達は体が浮いて突っ込む事ができず、踏鞴を踏んだ。
「いきます!」
イシュリーは大きな攻撃後の硬直を利用して、先に行動可能になったこちらから仕掛けるために前へ。
「はぁあ!!」
第一階層の主が使っていた防護障壁を、一撃で粉砕した獣王拳だったが!
「これは!?」
腰椎に目掛けた一撃だったが、敵に与えたダメージがいったいどれだけの物だったのか? 平気な顔をして牛は馬に、今度は完全膠着状態のイシュリーを側面に捉えてまた牛になり、強烈な右正拳突きを繰り出した。
「きゃあああああ!!」
無防備のままに食らった一打で、イシュリーはかなりの距離を飛ばされる。
「イシュリーぃ!?」
打ち下ろされた拳で、どんな当たり方をしたのかは分からないが、危険な状態で飛ばされたように見えたイシュリーは、体を捻り足から着地する。
「平気なのか?」
「はい、直前に自ら飛んだので、私はほとんど無傷です。あと即座に飛び出したライアのおかげで」
イシュリーに追撃をさせないためにミルが斬りかかった牛の足下には、バラバラにされたゴーレムが転がっている。
「いったい何がどうなったんだ?」
「分かりません。でも打ち込んだ時、おかしなことがありました」
ミルのグレートソードと真っ向から打ち合いをしている牛は、また馬になって回り込もうとするが、それはさっきイシュリーとの攻守で見たので、ミルには行動が予測できた。
「あっちは任せておけるな。それで?」
「はい、牛さんの背中、さっきまでと違ってブヨブヨになって震えて、それで私の攻撃を受け流したんじゃあないでしょうか?」
鎧のように硬く刃も弾くほどだったのに、獣王拳に対しては、体が微振動を始めて、攻撃を受け付けなくしたようだ。
「厄介な野郎だな。俺の攻撃は食われちまうし、イシュリーの打撃も効かねぇとか、どんだけだよ」
ウイックは口にさえ向かわなければ、効力があると考えて炎矢や風刃を飛ばしたが、牛が吸い込めば術は軌道を変えて食われてしまい、離れた攻撃は無効であると実感させられた。
「いいえ、私にはまだ手があります。いきます!」
動きが速い馬に対応できるように、バスタードソードに持ち替えるミルに加勢するイシュリー、二人は息を合わせて間髪入れずに連打を続ける。
「おお、あれなら牛に戻る間もないんじゃあねぇか? とそうだ。俺もあれなら二人を手伝えんじゃあ……」
ウイックはプロテクターを装着、海底都市にいる間にアンテに追加してもらった機能を起動する。
『システムオールグリーン、全機能の最適化を完了しました。マスターご命令をどうぞ』
「ようアイコ、元気そうだな」
『はい、ワタシは正常に起動しております』
男がアイコと呼んだのは、いつまで経っても操作を覚えようとしないウイックの補助をしてくれるシステム、アンテは“AI”と言っていた。
「あの牛だか馬だかのやっつけ方、分かんねぇか?」
『あの獣の能力解析をご要望ですか?』
「カイセキ? よく分からんが頼む」
ウイックが自分にもできる事を模索中も戦闘は継続中。
イシュリーは思いつきを実行する隙を窺う。
「この馬、なんとなくだけど読めてきた」
ミルは破壊力を犠牲にスピード重視へ切り替える。
「あなたの刃、使わせてもらいます。剣鬼、道楽のザクサ」
大海洋界東洋のジャパニで日本刀と呼ばれる剣、ザクサに“虎鉄”と呼ばれていた一振りを取りだし、正眼に構えるミル。
イシュリーの打撃には注意しながらも、馬は変わらず飛び回り、ウイックでは目で追いかける事もできないほどのスピードで、ミルの後ろを取った。
馬は牛と違い、手を開いて槍のように尽きだして攻撃してくる。
そのスピードもまた常人には見えないほどの速度で、ウイックにはミルの体を馬の手刀が貫いたように見えた。
だが実際は紙一重で躱したミルが、逆に馬の右手首を切り落としていた。
その瞬間、大きな隙が生まれ、馬は懐に飛び込んできたイシュリーに対応が遅れる。
「はぁあ!」
獣王拳を飛び上がって敵の腹部に叩き込むイシュリー、だが飛び退く暇はなくとも、こちらは間に合う馬は牛に変わっていた。
「ぐぅおわぁは!?」
獣は初めて吼えた。
イシュリーの一撃を震える体は受け流す事ができず、ダメージが内蔵に届いたのだ。
真っ赤な血を口から吐き、獣は初めて膝を付いた。




