36 最後の一悶着の噺
拘束している間中ずっと、「いま直ぐに解放してください」と言葉では抗い続けていたフリーリンは、ウイックの“復元の秘術”の応用によって、失った翼を取り戻した。
「直ぐに元通りと言う事はないだろうけど、これで徐々に天使の力は取り戻せるらしいの」
ミルの背中にはもう翼はない。意識して引っ込めている。
「これで目的は果たせたって訳か?」
フリーリンを解放後、聖皇都キシリアから抜け出した一同は、都市の西側にある大きな湖の、更に対岸の畔に来ていた。
「妹は放っておいていいのか?」
「大丈夫でしょ、あの子はあの子で目的は果たせたのだから」
クランヴェルはミルの知らない事を幾つか教えてくれた。
亜天使のミルは人種の父親の性質を色濃く受け継いでいる。
同じように兄妹も父である皇天使ミカナフの強い力を受け継いでいる。
「あの子は実の父に完全に心酔している。だからミカナフ様の思いに則さない兄が許せなかった。愛情を注がれたお母様も同じように疎んじていた」
フリーリンを天使に戻す事に抵抗はあるそうだが、今更一度切り捨てたエヴァマラーラに傾く事はないだろうと、ミルの邪魔はしないと誓ってくれた。
「その言葉を信じましょう。亜天使を生んだ者として、確かにミカナフ様はお母様を糾弾したんだし、復活したからと、クランヴェルの癇に障るような事にはならないでしょ」
目的の一つであった聖天使への昇華もでき、ミルにはもうここにいる理由はない。
「戻りましょう、大海洋界へ」
「待て、お前達!」
それは執念の成せる技か?
「随分と大群を引き連れてきたもんだな」
「しかしなんだな、連れてきたのがまた、見た事もないようなバケモノ揃いとは」
エレノアも見た事のない異形の軍隊。
「堕天したな、こやつ」
精霊の加護を受け、生きる物全ての気脈を感じ取れるエレノアは、元大天使を堕落者と呼んだ。
「俺はもう後戻りできん。教義に従わぬ者として粛正されるだろう。だがその前にお前等に報いを受けさせねばならん」
ミシェルフは自分が研究してきた成果の全てを持ち出し、復讐を果たそうと目論んでいる。
「あの天使みたいなやつら、魂魄を感じへん。人工天使ってとこかいな」
「後ろの大きいのも神竜とは似て非なるものですの。神々しさよりも禍々しさの方が際だっていますの」
ノアールとエルラムは、翼を持つ人型と大小様々な多数の竜に不快感を覚える。
「あの子達、苦しそうだ。命として完成していない抜け殻みたいな肉体に、無理矢理に感情が押し詰められているみたい」
「生物としても理に反した存在なんですね?」
マニエルはぶつけられる思念を感じ、同調するイシュリーが顔を歪める。
「どうするウイック=ラックワンド、このまま放置して退散する手もあるが?」
「そんな寝覚めの悪りぃ事できっかよ」
吐き気を覚える堕天使の高笑いに、エレノアはさっさと立ち去りたい思いを伝えるが、そんな訳にはいかない。
「ごめんね、みんな。……このままじゃあ終われないわ」
ウイック達はそれぞれ武器を取り出し、人工天使と亜神竜の攻撃に備える。
最も大きな亜神竜の上に乗るミシェルフは、最後方まで下がり、全軍に指示を出す。
「あいつらを一匹残らず蹴散らせ」
生命を持たないが本能のみの人工生命達は、創造主の言葉を耳にし、沸き上がる殺戮衝動に従う。
「ウイックはん、あの子らは一つずつ相手したってくれるか、みんなも」
実体ある魂のない感情ある存在は、肉体を失うと災いの元となる。
「シズみたいに強い魂が幽霊になる事もあるけど、そんなん稀な話なんよ。つまりこの子らは、霊は霊でも死霊ちゅうやつになるんよ」
これだけの数の死霊を一度に災いにすれば、寄り集まり大きな災厄となる。
「面倒でも一つ一つをキッチリ潰していけば、ここの聖光気が自然に蒸発してくれるはずや」
数は計り知れないが、これを放っておけば、見境ないミシェルフが何をしでかすか、分かったもんではない。
「待って、私がやってみる」
ミルは純白の右翼にも聖光気を纏わせ、両翼に光りを纏わせて拡げる。
上空へ飛翔し、死霊の群れを一望できる位置まで来ると、その場で手を組み祈りを捧げる。
「見てください。死霊が苦しんでいます」
イシュリーが言う通り、人工天使も亜神竜も一様に藻掻き始め、ミシェルフも地面に叩きつけられる。
「な、なんだお前達! お、俺の命令が聞こえないのか? 落ち着け、あいつ等は敵だ。お前達を消そうとしている敵なんだぞ。人工天使共、あの忌まわしい亜天使を殺せ!!」
喚き散らす元大天使。
自ら教義を否定する言葉を発して声を荒げるが、ミルの祈りは魂のない感情の乾きを潤し、浄化されてしまう。
「すげぇな。あれだけの数を一度に片付けちまいやがった」
「こんなん、見た事ないわ。聖天使ってのはえらいもんやな」
「アイツはあの力を手に入れるために、正気に戻った後も、演技を続けて昇華を果たしたんだからよ。それだけの価値があるってことよ」
ウイックとノアール。仲間達みんなが奇跡の力を目の当たりにし、虎の子の軍隊を一瞬で失ったミシェルフは一目散に逃げ出す。
「ミル、あのヤローどうする?」
「もう何ができる訳じゃないわ。私達はこのまま大海洋界に戻ってもいいんじゃない?」
本当は母エヴァマラーラの様子も気になるところだが、憂えてはいない。
「さぁ、帰りましょう」
ミルの言葉に従い、ウイックは写真を見て海底都市を思い浮かべて、“遠渡の秘術”を行使した。
「お姉様、できれば最後まで責任を持ってもらいたかったわ」
クランヴェルはミル達を影から見送り、捕まえた狂乱の兄に一つの奇跡を与えた。
「貴方を断罪はしませんよお兄様、これから私のペットとして可愛がってあげますからね。子豚の……ピーちゃん」




