31 逃げ出すのがやっとで何もできなかった噺
「な、なんでだ?」
胴体を切り裂き、大剣とは思えないほどに素早い剣筋で、男の胸元を残して、全身を切り刻まれてしまう。
「ウイック!?」
マニエルが絶叫する。
ミルが手に掴んだのは魔晶石。
回復しようとする前に、強い聖光気で封じる。
「ちょっとミル! あんた!?」
「言っているだろう。ワタシは聖天使へと昇華するミナエルだ」
マニエルは高まった感情が発狂する寸前で指輪が壊れ、一気にマナが膨れ上がり竜人は完全な竜化を果たし、辺りの天使達を尻尾と羽で薙ぎ払った。
「まずいな。助かったと言うべきか、あれは完全に理性を失っているのではないのか?」
エレノアは混乱に乗じて天使の拘束を解いて草原に降り立つと、生い茂る藪の中に身を潜める。
完全に平常心を忘れた巨竜は、ドラゴンブレスもまき散らし、視界にミルが入ると咆吼をぶつける。
「無駄だ」
濃密な聖光気と、光翼の一振りで完全に相殺してみせる。
フランシュカの一凪で人の10倍以上になった竜は、血しぶきを上げて落下していく。
追撃をし、トドメをさそうとする天使達をミルは制した。
「そんなのはいいから力を貸せ、私の聖光気だけでは、これ以上は魔晶石を抑えられん」
人型に戻り落下するマニエルは、地面に到達する前に、高速で飛んできたエルラムがキャッチし、法術で空間を渡る。
「大丈夫ですか、マニエルさん?」
「……エルさん?」
エルラムは“ホーリーキュア”でマニエルの体を癒してやるが、意識は朦朧としたまま、だがしかし、しっかりと覚えている事もある。
「ウイックが、ウイックが!?」
「落ち着いてください。と言ってもワタクシも動揺が隠せませんが、とにかく今は合流して状況を整理します」
エルラムがジャンプしたのは、草原から見えていた森の中。
「どや、二人の救出はできたんか?」
マニエルを迎えに行く前に置いてきた呪術師と獣王とも合流、まだ一人で立っていられないマニエルをイシュリーが支える。
「エレノアさんは姿を確認できませんでした。あの場にはいなかったのは間違いありません」
聖皇都から出て直ぐに天使の群れを見つけ、隠れるためにこの森に飛んだエルラム達は、二人が捕まっている姿と、その一人が竜に変身したのを目撃した。
直ぐにそれがマニエルだと気付いたので、急いでエルラムが飛び込んでいったのだ。
「マニエルさん、もう平気ですか? 早速お伺いしたのですが、いったいあそこで何が?」
怪我は治っているが、惚けたままのマニエルは、それでも今自分が何をすべきかを見失うことなく、怒りを抑えて状況を報告する。
「そんな、ウイックさんが!?」
イシュリーのショックは大きい。
ミルに襲いかかられた時は一緒にいたが、ウイックの指示で姿を消したままだった。
その後、一人取り残されたのもしかたがない事だったが、後悔と自責の念は止められない。
「みなさん、それぞれにタラレバにはまってしまっていますの。過ぎた事より、これからどうするかが大事ですの」
多くの天使が集まっているのを見ていながら、待避を優先した事を悔やんでいるエルラムは、気持ちを切り替えるように訴える。
「そうだな。全員がベストな選択をすることはありえんが、ここまで皆がミスチョイスを感じる展開もそうはないだろう」
「いつの間に……、そもそもが貴方がワタクシ達と一緒に、宿屋を飛び出していれば、こうはならなかったのでは?」
どこから話に混じっていたのかは知らないが、自力で合流を果たしたエレノアに、エルラムは釘を刺し、話を元に戻す。
「ふふふっ、みんなそう悲観せんでもええで」
少しの間、押し黙っていたノアールが顔を上げた。
「ようやくリンクしたわ」
突然のピースサインに皆が憤りを覚える。
「ふざけてる時ではありませんよ。ノアールさん」
「ふざけてへん、ふざけてへん、これ見てみ」
そう言って取り出したのは水晶玉。
中を覗けば、そこにはミルの顔が映し出されている。
「なんなのですの? これがいったいどうしたと言うのです?」
「ここに映っとるんわ、ウイックはんの魔晶石に映っとる光景や」
ノアールが繋がったと言っているのは、今ウイックの本体となっている魔晶石の思念。
「つまりは、どういう事なんですか?」
何となく凄く良い展開であると感じさせるノアールの表情に、イシュリーは説明を急かす。
「ウチの呼びかけに応えとるいうことは、ウイックはんの自意識はちゃんと働いとる言うこっちゃ」
「こんな物があるなら、なぜ直ぐに仰って頂かなかったのですか?」
「みんなが落ち着くのに、時間が必要やと思ったからや」
慌て荒れ果てた心理状態で突っ込まれる事を恐れ、タイミングを計っていたノアールは、リンクが繋がり、皆がいくらか冷静さを取り戻しすのを待っていた。
「ウイックはんの周りには、ミルはんと他の天使が四人、先ずは再生能力を封じられとる魔晶石やな。聖光気をどうにかして、奪還や」




