30 剣士の少女、正気を取り戻すかもしれない噺
ミルが意識を取り戻した時、彼女の体は男の手によって抱えられていた。
「なっ!?」
胸に感じる刺激、お尻からも頭に響くような感覚が。
「いや、お前とは本当に随分と久し振りだからな。なんか懐かしいわ」
衝撃の思い出と言われて、一番に思いついた事を実行中。
「や、やめ……、やめなさいよウイック、ちょっと……」
言葉とは裏腹に体は抵抗をしようとしない。
それより何より。
「ミル、お前いま俺の事を、いつもみたいに呼んだよな」
これは効果覿面のようだ。
しかも抗う事がないのなら、満足がいくまで行為を続けてやろう。そのつもりだった。
「ゆるせんな。花嫁にそのような不埒な行為、教義以前に男として許すわけにいかんな」
真上には天使の大群、先頭に立つ男はどことなくミルに似ている。
「お前がミシェルフ様か?」
「ほぉ、キサマは大海洋界の者のようだが、ワタシのことを知っているか」
他の天使より一際大きな翼をはためかせ、ミシェルフは地表に降り立つ。
「エンゲル=コーバンスを使って、俺の邪魔をさせていたのはお前のはずだが?」
「なるほど、キサマがウイック=ラックワンドか。なんともおなごが如き貧弱な輩が、我が花嫁に何をしているか、聞いてもいいかな?」
怒りの感情はない、興味本位の眼差しで秘術士の返事を待っている。
「なに、とんでもねぇ美女が迫ってくれたんでな。噂の聖天使様と知って、ちょっと寝取ってやろうかと思ってよ」
「流石は大一級危険分子だな。仲間としていた女にまでそのような行為を。捕獲だの排除だのと生ぬるい事ではなく、最初から抹殺を命令しておくべきだったか」
「おいおい、オーガイルで殺傷は御法度じゃあねぇのかよ」
このミシェルフと言う男からは、他の天使や聖人とは違う空気が漏れ出ている。
「おい、ミナエル」
「はっ、はい! 兄様……」
「何をいつまでも、そのような無様を晒しているつもりだ?」
「申し訳ありません。この怪しげな術にはまり、力が入らなくなって……」
もう少しで我に返るところだったのに、いよいよ怒りだした兄の一括に、精神支配が甦ってくる。
それだけ強い暗示を与えられているとなると、ノアールの心配が的中する前になんとかしないとならない。
「い、いい加減に、や、やめ……あっ」
ウイックは指先に理力を集め、与える刺激を強くする。
「そ、そんな強くぅぅぅぅう」
「いい加減にしないか!」
配偶者となる少女を好き放題にされては、それは黙ってはいられないだろう。
怒髪天の兄天使が出してきた手札は、これもまた教義違反に触れる行為。
「人質にしたって事か?」
一人が右腕、一人が左腕を抱えて、天使に引っ提げられて飛んできたのは、状況確認ができなくなっていたエレノアとマニエル。
「念話が通じないと思ったら、あの指輪か」
二人は宿屋の中で拘束されて、ここへ連れてこられた。
「ウイック=ラックワンド、すまん」
「エレン、マーニー、二人とも無事なんだな?」
「うん、別に怪我もしてないし、精神操作もされてないよ」
ただ拘束するために、身体機能を低下させる指輪を填められてしまった。
「子孫繁栄のために人体という物を研究しているからね。その副産物さ」
再び飛び立つミシェルフが、二人の前に立ち塞がる。
ここが魔門界なら、マニエルは竜人化できて逃げられただろう。
ここが精霊界なら、エレノアも精霊を召還できただろう。
「こりゃ、完敗だな。俺達の負けだ」
ここで負けを認めると、きっと失う物は大きい。
しかし勝利の確率がほとんどない状況で、二人の人質を助ける手段が思い浮かばない。
「ウイック……」
「えっ、な、なんだ?」
耳元で囁かれ、最初は空耳かとも思ったが。
「ミル、お前」
「しっ!」『黙って、悔しいけどあんたのおかげで、全部思い出せたから』
間一髪、光明が差してくる。
念話で返してきたと言う事は、間違いなく正気を取り戻したと言う事だ。
『じゃあ、どうにか二人を助ける事ができたなら』
『ああ、後は秘術で飛ぶだけだ……、いや、お前のお袋さんは?』
『さっき言った事は本当のことよ。フリーリンに会ったでしょ』
まさかそれが本当なら、彼女は四十を越えている事になるが。
『どう見ても俺達と同年代なんだがな』
『……本当のことよ。あんた、念のために言っておくけど、あの人にいたずらすんじゃあないわよ』
こっそりと太股を抓られるが、顔に出すわけにはいかない。
「おい、そのいかがわしい行為をさっさとやめろと言ったはずだぞ」
ミシェルフは苛立ちを隠すことなくヒステリックに喚き散らす。
「すまんすまん、あまりに気持ちよすぎて、ついな」
『どうする?』
『とにかく俺は、ここに立っているからミルはアイツの元へ』
ウイックはミルから離れ、諸手を挙げる。
「こい、ミナエル!」
兄に呼ばれ、翼を拡げ飛び上がろうとするミルは振り返り、大剣で男の腹を貫いた。




