7 光の園は意外と近い世界かもしれない噺
「ミルさん、ここってオーガイルなんですよね」
大海洋界で詩人が、まるでユートビアと謳う神秘の世界。
それを聞いた時、ミルは人目も憚らずに大笑いをしたそうだ。
人種の中には多くの信者が、三大天使が統べる世界を拝み、崇めている。
「私は時には、過激な天使教徒と事を構えもします」
獣王が崇めるのは大精霊、故の確執は今もあるのだとか。
「私は天使として育ったから、天空伝のある天界にはなかった習慣なんだけど、聖皇都の聖人は、他世界の人種を連れてきて、使用人にしているんだって」
天使も聖人を使用人にしているのだから、ただミルが知らないだけのこと。
そんな人々が暮らす聖皇都の南側は、大海洋界の下町のような街になっているのだとか。「確かに、獣王の神殿近くの村で行った事のある、大衆向けの食堂に似てますね」
二人は酒場の入り口近くの、柱の角に置かれたテーブルに着き、部屋の中を見回した。
まだ店内に客はまばらで、徐々に客足も伸びているものの、二人が会う予定の女性はまだいない様子。
ここに女性客は二人しかいない。
「本当にビックリです。他世界と交流がないとされる天上界に、こんなに大海洋界人がいるなんて、思ってもなかったです」
使用人達はそれぞれに家族を持ち、故郷に帰ることなく街を賑やかにしていった。
「聖人は所謂、帝国で言うところの貴族と同じ慣習を持っているからね。平たく言えば使用人って言うのは奴隷みたいなモンなの」
労働力としている人種も多く、そう言った連中が酒場なんかを欲して、こうして経営しているのだそうな。
「よう、姉ちゃん達見掛けねぇ顔だな」
ミル達を見つけて三人組の男達が近付いてきた。
まだ日も高いのに、かなり出来上がっている。
「センリヴァーリスから出てきたばっかりなの。聖皇都での生活に憧れていて、親戚の紹介で働き口を見つけてもらって、ようやくね」
いま思いついた事を、口から出任せに返事をするミル。
情報収集で酒場に行った時に使う常套句である。
「はははっ、もしかしてクレバス=ハラートの屋敷で、使用人募集が出ていたあれか?」「あら、お兄さん知ってるの?」
「知ってるも何も、俺はあそこで庭師をしてんだからよ」
図々しくも勝手に相席をしてきた男は、椅子をくっつけ、ミルの肩に手を回してくる。
「そうだ。ここは俺達が奢ってやっから、一緒に飲もうや」
かなりの深酒に気になる口臭。
男の連れ二人はイシュリーに目を付けて、挟み込むように腰を降ろした。
「ちょっと、相席を許した覚えはないわよ」
「かてぇ事いうなよ。これから同僚になるんだぜ」
見ると男の手はゴツゴツでかなり節が太い。これは肉体労働者の手だ。
繊細な作業をする庭師の手をしてはいない。
「なんだ、この子まだ子供じゃないか? ダメだぜ、早いうちから酒なんか覚えたら、ろくな大人になんねぇぜ。おっと!?」
どうやら小さい頃からお酒を飲んできたのだろう。右側に座った頭の弱そうな男は、態とらしくイシュリーの胸を触った。
条件反射に近い動きで、獣王はこの中で一番大柄な男を軽々と組み伏せた。
「てめぇ、なにしやがんだ」
「それはこちらのセリフです。ここは遊郭でもなければ、私は娼婦でもありませんよ」
左側に座っていた男が動けないイシュリーの肩を掴むと、組み伏せていた男を踏みつけて、今度はひょろっと背の高い男の、肩に置かれた手を払いのけて羽交い締めにする。
「このガキなにを! えっ?」
ミルに色目を使っていた泥水男は、ダガーを彼女の肩に置かれた手に突き刺した。
「いっ!? な、なんてことすんだ、このアマ」
手に刺したダガーを抜き、今度は男の首筋にあてがう。
「黙って消えるならヨシ、どうするかは自分達で決めなさい」
殺気の込められた目で威圧を掛けられ、男達は退散した。
大いに目立った二人は、周囲から拍手喝采を受ける。
いつの間にか多くの男で混み合っう店内は、まだ年若い少女達に賞賛の声を上げている。
迷うことなく近付いてくる一人の女性が、声を掛けてきた。
「間違いであればご容赦頂きたいのですが、貴方様がマナエル様でありましょうか?」
酒場に不釣り合いな若い女がいれば、それが待ち合わせの相手だとアタリを付けたのだろう。
「ミシェルフ様の命により参りました。フリーリン=ケバスと言います」
ミルを天使名で呼び、エンゲラを使ってちょっかいを掛け、不快感と不信感しか抱いていない名前を持ちだした。
「ミナエルという名前には覚えがないですね。ミシェルフという方も存じませんが、何か用があるのですか?」
この女が接触者であるのは間違いないだろう。
エンゲラが用意した道具を使ってここへ来た二人の事は、既にマークしているのだろう。
迷うことなく近付いてきて、いきなり本題に入る辺り、誤魔化しようはないはず。
「あっ、申し訳ございません。人違いでしたか? 今のは忘れてください。失礼します」
フリーリンは頭を下げて、二人から離れたテーブルに腰を降ろした。
「ミルさん?」
「面白いでしょ? オーガイルは確かに特別な力に満ちた世界だけど、そこに住まう民のほとんどは、天使も聖人も、人を疑う事を知らず、人に従う事を尊ぶ種族なのよ」
苦虫を噛み潰したような顔のミルは、忌々しい子供時代を思い出した。




