1 魂巡る薄暗い森の新たな出会いの噺
薄暗い深海から飛んできた先は、同じくらい薄暗い森の中。
空を仰げば薄雲が、日光をほんの少しだけ遮っていて、木洩れ日もさほど差し込んでこない。
「ここが霊冥界か?」
「ええ、ワタクシの住む森、オバケ杉の森ですの」
無事に転送されてきた。各々に顔を合わせる。
マニエルとピューレ、エルラムにウイック。
森は険しいが、案内役もいるし、四人ならはぐれる心配もないだろう。
「ミルさんとイシュリー、ちゃんと向こうに着いたかな?」
マニエルは薄気味悪く、重い空気に黙っていられない。
「心配してもしょうがねぇだろ。俺達は二人を信じて、俺達がするべき事に集中するぞ」
出発前、ミルから別行動がしたいと言われた時は慌てたが、どちらも急を要する事柄である以上、了承する他なかった。
「マスクの男が運んできたメッセージか。罠かもしれねぇが、放ってもおけねぇよな」
案内役がしっかりしていて、真っ直ぐ歩いてくれるから、迷う心配もなく、自然と話題が膨らみ、ミル達の事を選んで会話が生まれる。
「亜天使を産んだとして、幽閉されてたお袋さんが、弾劾されると聞かされちゃあな」
本当なら一緒に行って、手助けをしてやりたいのだが、アンテのことも優先度は変わらない。
イシュリーが買って出てくれたから、少しは安心感も増したけど、こちらの用件を済ませて、早く合流を果たさないといけない。
「……二人とも、歩きにくいぞ」
右腕にマニエル、左腕にピューレがしがみついていて、足下が悪い中、一歩も前に進めなくなる。
「本当に、お二人とも時と場合をお考えくださいの。ワタクシだって、お側に寄り添いたいのに、抑えているのですよ」
森を奥に進めば、あちらこちらから視線が寄せられるのを感じる。
「けっこう住人がいるみてぇだな。この森は」
霊冥界の住人は、そのほとんどが妖怪と呼ばれる異形の者で、人種もいるにはいるが、大海洋界の人とは違う存在だった。
「ここでは、魂が定着できる器を手にいれたモノだけが、存在を許されますの」
ごく稀に強い意志を残した魂が、依り代なく浮遊する事があるが、大抵の魂魄はまた大海洋界へ戻り、新たな肉体を求めて、産まれてくる赤子と同化される。
「人種はお前以外にも住んでるのか?」
「純粋な人種なんて一人もいませんの。もちろんワタクシも妖怪との混血ですの」
霊冥界へ肉体を持ったまま渡ってきたのは、後にも先にもデヘン=イングラムただ一人。
「だったらここでいう人種っていうのは?」
「亜人ですの」
大きな生き物は渡れないものの、小型犬や猫くらいまでの小動物は時々落ちてくる事があり、それらに魂が取り付くと、人型に変化する。
大抵が異形の姿になるが、時折限りなく人種に近しい変化をするモノが生まれ、それを亜人と呼んでいる。
「じゃあ、お前も亜人なのか?」
「そうですの。ですが、未だにデヘンの、人種の遺伝子が強くて、他の亜人に比べても、それらしさはワタクシの体には見られませんの」
因みに竜人や人魚、獣人は種として進化した存在で、亜人は魂が突然変異して産まれるから、これらは全く違うモノとなる。
「着きました。この森を納める長老、烏天狗様のお屋敷ですの」
先ずは民長に挨拶をし、その後でエルラムの知り合いだという呪詛使いに会いに行く。
「お許しを頂き、ありがとうございます。もちろん問題毎なんて起こしませんの。ご安心ください」
人種と竜人と蜥蜴人、あまりに怪しい一団の来訪に、一瞬の緊張感が烏天狗の中に沸いたが、エルラムの連れてきた客人だと知り、森のあちこちから様子を窺っていた天狗達も直ぐに解散した。
「ではワタクシ達はこのまま、ワタクシの家に向かいます」
呪詛使いに会うと聞いていたのだが、まだ何か準備が必要なのだろうか?
「会わせたいのはワタクシの同居人ですの」
エルラムの言っていた心当たりというのは、エルラムの家に勝手に住み着いた亜人なのだという。
「いえいえ、少し語弊がありますの。住み着いた後に妖怪変化となり、同居人というか、ワタクシの使用人にして差し上げたんですの」
エルラムの家に着き、どんな相手かを尋ねていると、その声を聞いてか、扉は中から開けられた。
「誰が使用人やねん。調子乗っとったら呪うで」
勢いよく出てきたのは……。
「猫耳かわいい」
マニエルがいきなり飛びつこうとすると、ひらりと交わされて、ドラゴン少女はパンツ丸出しですっ転ぶ。
「なんや!? あんたの知り合いか? しばらく帰ってこん思ぉたら、一体誰を連れてきたんよ」
虎のような色の髪の毛は肩口までの長さで、赤いノースリーブのワンピース、短めのスカートの中、お尻当たりから伸びているのだろう二本の尻尾。
「彼女はネコマタですの。ノアールさん、みなさんに自己紹介を」
「今、全部言うたやん! ウチは使用人やないけど、見ての通りのネコマタ。ノアって呼んでくれたらいいわ」
独特の訛りのあるノアの自己紹介から始まり。
「わ、私はマニエル=ランドヴェルノ、みんなマーニーって呼ぶわ。ね、ねぇ、猫耳さわっていい? 手に肉球ある?」
「さっきの失礼なヤツやん、今もだいぶ失礼やけど、肉球なんかあらへんよ。……まぁ、よろしく! で?」
前のめりに近付いてくるマニエルに警戒しつつ、彼女の右隣にいる二人目に名を訪ねる。
「わたし、ピューレ」
「……」
「……」
「それだけ?」
「うん!」
なんか顔を見ているのと、何も考えてなさそうなので、それでヨシとする。
「そんで、そっちは?」
「俺か、俺の名は……」




