26 剣士の少女と法術士の少女の本音の噺
「私の名前は大海洋海に来てから付けられたものよ。天上界で天使として育っていた頃の名はミナエルっていうの」
8歳になって、右の翼が大きくなるまで過ごした天上界。
7歳離れた兄、ミシェルフとは仲良くはなかった。
妹のクランヴェルとは6歳差、彼女が物心つく前に追放されたので、思い出もほどほどしかない。
「飲んだくれの父親に虐待されても、食事をほとんど与えられなくても生き延びた。私がいないとお金が貰えなくなるから、殺しはしなかったからね」
思い出したくもない。表情が訴えているが、誰も止めないし、本人も止めようとしない。
「あいつが私のために用意された物を売り飛ばそうと、フランシュカだけは私から取り上げる事はできなかった」
増長した父親は、天上界からの仕送りの増額を望み、罰を受けて死んだ。
「母様は亜天使を妊ったとして、懲罰を受けていたから、私の大海洋海での生活の事は知らない。私は9歳で天涯孤独を知り、王都の騎士団員に拾われるまで、小さな獣を狩り、時には泥水も啜って生き残った」
剣の腕を磨き、冒険者として独り立ちするミルを、騎士団員は快く送り出してくれた。
「ミルさんが逞しいのは、その生い立ちに依るところが大きいのですね」
イシュリーにとっては褒め言葉だったのだろうけど、あまり嬉しくない。
これでミルの正体について語るべきは語った。
「ほら、次はあんたの番よ。エルラム」
「そうですね。ウイックさんからも言われてますし、ここは冷静にお願いを……」
注目される点がミルから移ってきて、エルラムは単刀直入に述べた。
「これからはご一緒させてもらいます。どうぞよろしく」
端的すぎて、事態の飲み込めない一同は、黙ってエルラムの二の句を待った。
「……どうかされましたの?」
「いや、それだけじゃあ伝わらないでしょ」
「あら、思いの外、皆様は察しが悪いと?」
「喧嘩売ってんの? みんなの同意が欲しいんじゃなかったの?」
一人、事情を知るミルが間に入ってくれているからいいものの、ウイックは未だ口を開かないので、自分でどうにかするしかない。
「しようがありませんね。……ウイックさんからは合意をいただいております。ワタクシの目的を果たすため、全力でお手伝いする事を決意いたしましたの」
「利用しようって事?」
アンテの疑問に皆が緊張を覚える。
「その言い方で間違いはありませんの。ですが勘違いは訂正させていただきます。ワタクシの行動でウイックさんに迷惑をお掛けする事は、今後ございません。彼には是非とも目的を果たして頂かないと困りますので」
馴れ合いをする気はないと、エルラムは腕組みをし、背筋を伸ばして目を閉じると、直ぐに誰かに手を握られて開眼する。
「すごいや、君が仲間になってくれるんなら、本当に助かるよ。ねぇ、みんな」
アンテは両手でエルラムの右手を包み、手を離すことなく振り返る。
「あんたそれで本当にいいの? そいつ、私達がランドヴェルノの関係者って知っただけで、あんだけ悪態ついたのよ」
「それはショックだったけど、でもマーニーも別に、そんなに気にしてないでしょ?」
「まぁね。こういう普通じゃない旅の同伴者に必要なのは、強い力と信頼関係。好き嫌いハッキリしてるのに、目的を優先するって相手なら信じられるし」
彼女の言葉に嘘はないかどうかを疑う事はしない。
その主張を真っ直ぐに二人は受け止めた。
エルラムが次に目を向けたのはイシュリー。
「メルティアンの郷での洞窟で、あの男の人達にいたぶられていたら、一生恨み続けたでしょうけど、あれを不問にする事を大きな貸しと認めてくれるなら、いいですよ私も」
「……まさか貴方がそんなに強かだとは思いもしませんでした。でもそうですね、ワタクシもその方が貴方の事を信用できる。そういう事ですの。借りはいずれ必ずお返ししますの」
エルラムの事をよく知らないセイラが反対するわけもなく、ミルが心配したドロドロ状態にはならず、法術士は自然と輪の中に溶け込んだ。
「ねぇねぇ、君のアイテム。本当にすごいよね。潜水服もそうだし、転送服もそうだし、看護衣はヒーリング効果を高めたりしてるんだよね」
その奇抜な衣装が術を発動するための、イマジネーションを高める作用を持っているから、デザインを変えられないというのが難点なのだが、その技術力には確かに目を見張る物がある。
「そうですの。ご先祖様は確かな目を持っていましたの」
「そうだね。工房は商売のために物作りをしてるからね。使う人の使いやすいようにってのが大事だから、あれは参考資料にせざるを得なかった。けど色々研究には役立ってると聞いてるよ」
「……ま、まぁそうですね。あれらの道具を着こなすには、ワタクシのような恵まれたボディーと小顔が必要ですもの」
「うんうん、そうだよね」
アンテの機転でエルラムの蟠りも払いのけられ、法術士はパーティーの一員となった。
「ここからが本題なんだけど……」
ミルは自分の見解を表す。
「オーガイルは神のいなくなったこの五大世界を統べるのは、天使の勤めだと恥も外聞もなく公言して、戦力の補強をどんどんと進めている」
剣聖の力もその一つであったが、そう言った主権争いに巻き込まれたくはなくて、ミハイル=バファエラは天使昇華もせず、天上界を後にしている。
思惑から強い力を持つ魔門界と霊冥界に敵意を向けていて、その反感が二十年前の戦乱を招いたのだが、あの事件もあって、オーガイルは更なる力を求めているはずだ。
「その天使様がなんで、メダリオンの力を解放する手助けをしてくれるんだ?」
ここまで静観を決め込んでいたウイックが口を開く。
「恐らくはメダリオンの、魔晶石の力を最大限に引き出し、自分達の力として取り込むため、あの男ならそんな恥曝しな事でも、平気でやるでしょうね」
それ以上の何かも警戒しないといけないが、魔晶石の反応を感じ取ればウイックにとっても、ここで得た経験に大きな意味はあった。
「利用できる物は全部利用してやるさ」
空間が歪む。
いつの間にか、ミルの足下からいなくなっていたマスクの男、エンゲラ=コーバンスが素顔で立っている。
「まだ何かやさせようってのか? いいぜ、全部俺達の糧に変えてやる!」




