第79話 そんな雅の鏡像。
北村 玲。
わたしは、あの人が嫌いだ。
なぜ、あの人の娘に生まれてしまったの?
普通の家に生まれて、普通に恋をして、普通にバイトして、普通に毎日を過ごしたかっただけなのに。
「わたくしに恥をかかせる気?」
それがあの人……母の口癖だった。
だから、お母様の言うとおりに、ずっとずっとずっと、したい事を我慢してきたのに。
それなのに。
ある日、わたしが1人で夕食をとっていると、母は帰ってくるなり、こんなことを言った。
「ねぇ。雅。この学区内にIQ160以上の女の子がいるそうよ。近々、イギリスのギフテッドスクールから、招待がある見込みだって」
わたしは、どう答えるべきか迷った。
でも、すごい人のことは、素直にすごいと認めるべきだ。
「それは……、それは素敵なことですね。羨ましいです」
すると母は、わたしを威嚇するように右手をあげた。
「羨ましいですって?! 『お母様に恥をかかせごめんなさい』の間違いでしょ? なんで。なんで、わたくしの娘が、こんな出来損ないのクズなのっ」
何度も殴られた。
そんな時、わたしは、両手を十字架のようにあわせて、母の自傷行為の身代わりになって、嵐が過ぎ去るのを、ただただ待つのだ。
高校に入ると、自然に取り巻きができた。
出来損ないの私を、みんな、勤勉で美しくて品行方正だと言った。わたしのお友達は、どの子も、母のお眼鏡にかなった子だ。
母の息がかかったお友達グループ。わたしはその中の井の中の蛙。
みんな、わたしの鏡像だけを見ていて、ハリボテで出来ている本当のわたしを見ようとしない。
わたしは、ただ本当の友達が欲しかった。
クラスに、キレイな子がいた。
その子は、誰にも染まってなくて。誰にも媚びない。
名を亜美と言った。
わたしの本当のお友達になってくれるかなと思って、亜美に話しかけた。
「あの。お友達になってくれませんか?」
「いや、わたし、そういうの求めてないんで」
わたしには貴女しかいないのに、真剣に話を聞いてくれない。そんな不誠実な彼女に、わたしは腹が立った。
力づくでも自分のものにしたくて、その子を孤立させようと思った。
ちょっとしたキッカケを与えただけだった。
わたしと亜美と美希の3人だった時に、美希のリボンを隠したのだ。すると、美希は亜美が盗んだと決めつけ、亜美を罵った。
美希はわたしの取り巻きだ。
だから、亜美を疑うと分かっていた。
でも、わたしの意地悪は、まるで山頂の小さな雪玉が雪崩を起こすように広がって。アッという間に、わたしにも制御不能になった。
止めようと思ったけれど、その度に、母に「出来損ないと」とまた叩かれるのかと思うと、体が萎縮してしまった。
これは言い訳だ。
わたしは結局、何もしなかった。
そのうち、事態はエスカレートして、学校で大問題になった。
大変なことになってしまったと思う反面、どこかで安心した。
「ようやく終わりにできる」
そう思った。
だけれど、わたしが校長先生と話していると、母が怒鳴り込んできた。すると、母は「わたしの娘を陥れるのか」と、校長先生をなじったのだ。
普段は目上を敬えと言っている母が、お爺さんの校長先生を糾弾している。その姿を、わたしは冷静に見ていた。
その後、わたしは、部屋から連れ出され「あなたは何も関与していない」と言い聞かされた。
わたしが相手に謝りたいと言うと「北村 玲の娘が、そんな程度が低いことに関わるなど、あってはならないことなのよ」と怒鳴られた。
家に帰ると、何度も叩かれ、倉庫に閉じ込められた。何度も「あなたは、つまらない自己満足で、わたくしの全てを台無しにするのか」と言われた。
わたしは許されないことをしてしまった。母に恥をかかせるいけない子供だと思った。
母はわたしの人生を支配していて、わたしには反省の自由すらない。
亜美はもう転校してしまった。
亜美を庇った、片瀬さんはまだいるけれど。
もうこの事は忘れようと思った。
すると、程なくして、以前に母が羨んでいたIQの高い子が、片瀬さんだと知った。
母は言った。
「定期テストで全教科、片瀬さんに勝ちなさい。圧勝しなさい。負けは許しません」
この子のせいで、中学生のわたしは。
何度も何度も母に殴られ続けたのだ。
だから、怖くて悔しくて必死に勉強した。
でも、数学で片瀬さんに負けた。
持って生まれた才能が違うと思い知らされた。
また母に叩かれる。
この先ずっと、母の奴隷のように生きていくのかと思うと、ゾッとして、生きていることに意味があるのかと思った。
つらくてつらくて。
わたしは、もともと好きだったゲームの世界に逃げた。
◯△オンライン。
そこでたまたま知り合った同い年の男の子。
お互いに素性をしらないお友達。
わたしは、その子と過ごす時間に夢中になった。




