第48話 そんな彼女はとても優しい。
それは、俺にするような、ぶら下がるような抱きつき方ではなく、母親が子供にするような抱きしめ方だった。
そのまま10秒ほど、ぎゅっと力を入れた。
一歌のたわわな胸が、先生の顔に押し付けられている。胸の谷間に鼻が……。
(あんなの俺もしてもらったことない)
ちょっと嫉妬だ。
あぁ。なるほど。
それで一歌は謝ったのか。
一歌は少し身体を離すと言った。
「わたしも蒼くんも、先生のこと好きだよ。だから、辛いこと話して欲しいよ」
すると、先生の口がプルプル震え、話し始めた。
おいっ。男の意地はどうした?
……ホント、男ってやつは。
「あのな。先生な、ホントはこんな先生になりたくなかったんだよ……」
新川先生の話は、クラス内での生徒からの嫌がらせ、同僚からのイジメ、モンスターペアレントからの攻撃、ブラックな勤務時間など、およそ俺が知っている教師を取り囲む問題がコンプリートされていた。
「モンペからの攻撃って、どんなのがあったの?」
一歌は抱きしめたまま聞いた。
「ある女生徒が、親のクレジットカードで◯△オンラインというゲームで何十万も課金したらしくてな」
そんなの学校は無関係な問題ではないか。
それにしても、◯△オンライン?
おれもやっているゲームなのだが。
「それって、先生のせいなの?」
一歌も同じ感想だったらしく、先生にそう問いかけた。
「あぁ、僕もそう思うし、学校側の問題ではない、家庭で対応してくださいって言ったんだよ」
先生は正論だ。
しかし、先生は言葉を詰まらせた。
「……そしたら、保護者が激昂してな。こうなったのは社会問題にもなってるのに注意喚起しなかった学校の責任だ。課金分を学校が賠償しろと……。そのうち、僕がゲーム好きなのを持ち出して。僕の悪影響だって。……ううっ」
先生は嗚咽した。
酷い話だ。
ニュースでも似たような事案が報道されている。だから、事実なのだろう。
だが、それならモンペに詰められた時に錯乱しそうなものだが。なんで今日になって?
「それとな。ある生徒が藍良の隣の席になりたいって言ってきてな。当然、贔屓はできないと断ったんだ。そうしたら、また母親が殴り込んできてな。その母親が著名人で圧力を……ひっ」
先生はそう言うと、急に肩をすくめて言葉を止めた。
どうしたのだろう。
すると、俺の背後でゆらりと何かが揺れた気がした。振り向くと、俺の顔のすぐ横から、北村さんが顔を出していた。
全く気づかなかった。
本気で驚いた。
少しでも動けば、唇がふれてしまいそうだ。
北村さんは、俺の方を向くとクスッと笑った。
直後、俺はググっと反対側に引っ張られた。
「顔が近いし!!」
一歌だった。
すると、あたりが急に騒がしくなり、何人かの職員と救急隊員が駆けてきた。
先生は止血の処置をうけるとタンカにのせられて、運ばれていく。
先生は一歌に手を伸ばして言った。
「僕、片瀬(一歌)の悪い噂がデマって知ってたんだ。でどころも見当がついていた。それなのに、生徒が怖くて……、ごめん」
でどころ?
一歌の悪評は、誰かか意図したものなのか?
俺が聞き返そうとすると、隊員に遮られた。
先生は出血量が多く状態が良くないらしい。そのまま運ばれて行ってしまった。
「な、一歌。今の先生の話って……」
すると、一歌が振り向いた。
ニマーっとしてる。
「蒼くん? そんなことよりも、◯△オンラインって、蒼くんもやってるゲームだよね。いつも聞くとはぐらかすの、なんで? 先生、女生徒って言ってたよね? クラスの女の子に同じゲームしてる人がいるってことだよね?」
一歌の顔が怖い。
俺は首をぶんぶんと横に振った。
そんなヤツしらないし。
きっと、他のサーバーでやっているのだ。
俺のゲーム内のフレは男キャラだけだ。
だから、そんな訳はない!!




