第41話 そんな彼女の初ヤキモチ
時計をみると20時だった。
(まだいけるか)
風呂の熱気で身体が火照っている。俺はパーカーをはおると、家を飛び出した。
一歌の家はマンションだ。建物の場所は知っている。俺は、愛に部屋番を聞いて走った。
一歌に会ってどうする?
なんて言う?
分からない。
でも、土下座してでも許してもらうしかない。
……これじゃ、父さんと変わらないじゃん。
マンションのエントランスに着くとオートロックだった。入れないのでインターフォンをならす。
開けてくれなかったら、終わる。
ボタンを押して数秒の後、四葉さんの声が聞こえて、自動ドアを開けてくれた。
(第一関門突破だ。良かった……)
玄関ドアにつくと、すでに四葉さんが開けて待っていてくれた。
「ほんと、青春ねぇ。ま、がんばって!!」
一歌の部屋に通してもらう。
すると、一歌は暗い部屋で毛布をかぶって足を抱えていた。
先に一歌が口を開いた。
「わたしたちって、終わりなの?」
なんか拗れてるな……。
どうしよう。
もう父さんのアドバイスに縋るしかない。
俺は土下座した。
これは比喩表現じゃない。
カーペットに頭を擦り付けた。
(今の俺、世界一カッコ悪い……)
すると、一歌が顔を上げた。
「蒼くん。鼻水でてる。そんなにされたら困る……。顔を上げて。蒼くんが泣いたら、わたしも悲しくなる」
よかった。
話は聞いてくれそうだ。
「あのな、あの時は、たまたま園藤(沙也加)さんとあって、踏切に入っちゃったのを助けて、足を挫いちゃったから腕を貸してたんだよ」
これは事実だ。
事実なんだが、脚色がないと、すごく嘘っぽい。
一歌は頷かずに言った。
「さーちゃんから連絡きてね。事情は聞いたよ? もし、蒼くんがさーちゃんを見捨てたら、ガッカリしてたと思う」
さーちゃんって、沙也加のことか?
2人がそんなに絡んでる印象はないのだけれど、あだ名呼びなのか。
でも、連絡してくれて助かった。
たぶん、俺だけが言っても信じてもらえなかった。
一歌は続ける。
「でもね……、なんで、ウチまで追いかけてきてくれなかったの? わたしのこといらないの?」
どうやら、俺の間違いは。
変に遠慮して、家まで押しかけなかったことらしい。
「そんなことない。すごく大切だし」
「だって、蒼くん。わたしのこと放置したし。悲しかった。やっぱ、エッチしてないから、エッチのない、わたしなんて価値ないよね……」
「そんなことない。一歌は世界一の彼女だよ」
「そっか。信じて……もいいのかな……?」
俺は一歌を抱きしめた。
すると、一歌は泣き出してしまった。
俺は一歌にキスをした。
「ずるいよ。蒼くん。悲しいのに幸せな気持ちになっちゃう……ばか」
そういう一歌は、すごく可愛かった。
しばらくキスしてたら、俺は不謹慎にも興奮してしまった。その場に一歌を押し倒す。
「ダメ……、ママいるし」
そう言って抵抗する一歌の手には、全然力が入ってなかった。俺は一歌を抱きしめた。
「んっ……」
一歌が、聞きなれない可愛い声を出す。
すると、廊下から声がした。
「ママー、おねーちゃんとおにーちゃんが身体くっつけてるけど、なんで? トンボさんみたい」
妹の歌葉ちゃんの声だ。
「シッ……、歌葉ちゃん静かに」
四葉さんの声だ……。
俺は一歌から身体を離した。
さすがに初体験にギャラリー有りは嫌だぞ。
トントン
すると、今更ながらにドアがノックされた。
「こほん、ちょうどご飯できたから、蒼くんも一緒にどう? カレーなんだけど」
「ぜひ!! カレー大好物です」
そんな訳で、俺は本日2度目のカレーを食べることになった。
食事をしながら、一歌が事情を説明してくれた。一通り聞き終わると四葉さんは言った。
「ふうん。それで、その沙也加ちゃん? は可愛いの?」
……なんて答えればいいんだよ。
いくら本人が居ないからって、ブスとか言えないし。
「いや、どちらかと言うと可愛らしい方かと、……でも、一歌さんの方が断然好みです」
「ふぅん。可愛いじゃなくて『好み』ねぇ」
四葉さんは、机に肘を立ててジト目で言った。
やばい。
俺は答えを間違えたか?
「あ、はい。可愛いです……」
「ふーん。ま、一歌を泣かせたらダメだからね?」
字面上は優しいんだが、なんだか怖い。
「泣かせたら、どうなるんですか?」
「うーん。蒼くんのご両親と相談させてもらうかな」
四葉さんはニッコリした。
やめて。現妻と元カノのご対面とか、本気で藍良家崩壊しちゃうからぁ。しかも、もし、四葉さんが写真の人だったら……。
いや、でもそんな偶然ってあるのか?
でも、さっき、踏切で一歌に目撃されたくらいだしな、ありえるのかも。
あー、考えたくもない。
でも、何も把握してないのも、それはそれで怖い。
勇気を出して聞いてみることにした。
「あの……、うちの父さんと四葉さんってお知り合いなんですか?」
すると、四葉さんは口角を吊り上げた。でも、目は笑っていない。
「んー。知らない方が幸せなことってあるよね?」
「……ハイ。しらないままでいいデス」
「2人して何? ずるい」
一歌と歌葉ちゃんが口を尖らせると、四葉さんが、なだめるようにいった。
「そういえば、一歌ってヤキモチ焼きなのね」
「どうして?」
一歌は首を傾げた。
「だって、さっきすごかったじゃない。蒼くんが取られちゃうって大泣きで見てられなかったわ」
そんなになるほど想われてるのは、イヤな気はしなかった。
「わたし、ヤキモチやいてたの?」
一歌は不思議そうな顔をした。
「え」
不思議そうな一歌を見て、その他3人はフリーズした。そんな3人を気にすることもなく、一歌は続ける。
「頭がモヤモヤーってして、心臓がぎゅーってなって。手が震えて、悲しくなったけど……あれ、ヤキモチっていうんだ?」
……異性と恋愛したことがないって本当なのか。
俺と四葉さんは、深く何度も頷いた。
……俺の初めての彼女は「ヤキモチ」を学習したらしい。




