第八話 ご主人様、どうかリードをつけてください( by 首輪をはめた忠犬たち )
行政府の奥に作られた大広間。
更にその奥に据えられた王座。
いつか大陸を訪れてくれるであろう私のために。
緋色を基調に金銀で重厚な装飾をされた、豪奢な椅子が鎮座しておりました。
軍服を着た私はドアから王座に続く緋毛氈の絨毯の上を踏みしめ、王座に向かって歩いていきます。
私の左右にはケンネル王国を支える二人。
黄金の髪が輝く宰相のレオンハルト様と、透明な水色を湛える瞳を持つ中央騎士団長のダリウス様。
今回レオンハルト様は普段の宰相服ではなく、戦線に立つつもりで軍服に着替えております。優美な女性のようにも見えて実は鍛えられた体が、きっちりと軍服を引き立たせます。
赤い絨毯の両側にずらりと並ぶのは、中央騎士団と狼犬の兵士たち。
しっかりとされた体に冬仕様の黒い軍服が連なる光景は、実に壮観です。
そう。
全員に嵌めてある首輪さえなければ……。
ひたすら平常心と唱えつつ椅子に座ると、ダリウス様が低い美声で宣言いたしました。
「これより! ケンネルの敵・ヒグマーの一団を殲滅すべく! 我ら狂犬騎士団と狼部隊に女王陛下から下知を与える!」
広間に緊張が走ります。
しかし兵士たちは背筋を伸ばし、きりっと前を見据え、微動だにしません。
「皆の者、厳粛にこれを受け止め! 陛下からの命令を心から喜び! 陛下に褒められることを全力で期待し! 陛下に撫でられることを夢見て! その命を懸けて、陛下の敵を粉砕せよ!」
「「は!」」
少々言いたいことが、のど元にまでせりあがりましたが、止めました。
「それでは陛下。お願いいたします」
「……はい」
レオンハルト様に促され、私は立ち上がりました。
一身に集まる視線を変わらぬ表情で受け止めます。
「皆様。この戦いは攻めてくる敵を討ち、私たちの仲間を守るためのものです。国民に害を及ぼされないよう勝たねばなりません。聞けば、ヒグマーはかつてないほどの大きな群れを成しているとか。一頭でも狼犬が十人で向かうほどの強敵です。一筋縄ではいかないでしょう。ですが」
私は全員を見渡しました。
リーゼロッテ大陸で頑張って来たもの。リーゼロッテ大陸を良くするために、また新しい人生を送るために渡って来たもの。
私と共に参ったもの。無事に完成した地下道を子犬隊で走ってきたくださったもの。
全て、私の大切な犬たちです。
近衛の第一部隊。真剣な表情の和犬の皆様と、退院したてのマメタ様。
マメタ様は軍服を着れたことをなぜか涙を浮かべて喜んでおりました。どうしてでしょうか。
戦闘主体の第二部隊。グレイ・フォン・マスティフ隊長と、ジェントルマン・フォン・ピットブル副隊長。
義娘の懐妊に誇らしげなグレイ様。ジェントルマン様はまた兄と喧嘩をして顔を腫らしているようです。
海の第三部隊。アポロ・フォン・グレートデン隊長と、ダルメシアン副隊長。
涼しげに立つ二人には、海での荒っぽい海賊行為など全く想像させません。
第四部隊のラスカル・フォン・マラミュート隊長と、キース・フォン・ハスキー副隊長。
多くの兵を輸送してくださったお二人。無表情で何も考えていないように見えて、本当に何も考えていないと分かったのは最近です。
暗殺・拷問・密偵の第五部隊。リリック・フォン・コーギー隊長と、チャールズ・フォン・キャバリア副隊長。
リリック様は、雰囲気が少し落ち着かれたでしょうか。誇り高さが自慢のチャールズ様は、胸を張り過ぎて後ろに倒れそうです。
破壊工作の第六部隊。マゾ・フォン・ボルゾイ隊長と、エル・ホル・サルーキ副隊長。
……じっと見ています。私の王座の足マットを、じっと見ています。タタミで我慢なさい。エル様は上司の様子に対しては目をつむって無反応です。
情報操作の第七部隊。ヨーチ・フォン・グレイハウンド隊長お一人です。
ちら、ちら、と視線がしきりと動いています。あれは最近の雑誌用のネタを探していますね。
副隊長たちは、締め切りに追われているようです。
救護部隊にして、今回の立役者である第八部隊。
ジョゼ・フォン・セントバーナード様は髪が短くなり、少しやつれました。しかしそれ以上に達成感に溢れています。同じ女性としてとても誇らしいですね。
狼犬部隊とは、今回のために特別に編成された部隊です。
サルバイバル・イントラクチア・ウォルフ・ロボ隊長が改めて黒い軍服を着こみ、先日首都内で大きな話題をさらったベオウルフ副隊長。穏やかな好青年のように見えて、実は相当の実力者だそうです。
更にその後ろにお座りしているのは黄色いヒグマー・ビアンカ。
間違えました。
黄色犬・ビアンカ。
黒い集団で目に眩しい黄色がとても目立ちます。今回はあくまで自主的に参加くださいました。
通訳のアフガンハウンド卿はここにはいません。
彼は「どうも不測の事態のようだ。地下道を封鎖して来る」と、作ったばかりの地下道に向かって行ったからです。閉鎖とは? とレオンハルト様に確認しましたが、「今はヒグマーの件が優先です」と話をそらされました。
そして、ごく当然の顔をして腕を組んで立っている方。
バーバリアン・フォン・ピットブル様です。
灰色の短髪を立ち上げて、裂けんばかりの口をにやりと開いております。
レオンハルト様とはまた違う、白い軍服を着こんでおりました。「血に染まると良い色になる」とおっしゃっておりましたが……しっかり監視をせねばなりませんね。
うっかり戦線から外すと、たまに味方を攻撃するから油断も隙もあったものではありません。
―————更に。
犬人ではありませんが、「女王様のためなら犬になりたい」と志願してくださった兵士の代表も集まっています。ラドン・ダ・ガマ様を初め、多くの人種の方々が後ろに並んでおりました。
なんと素晴らしいことでしょう。
この国は今、人食いヒグマーという敵に対して一丸となっております。
ちらほら「自分も犬人じゃないけど首輪欲しいな」という方もいて、コメントに困りますが。
最近は行商人協会から『みんなで付けよう、リーゼロッテ様風☆首輪』が発売されて、バカ売れしているそうです……。
私は微笑み、息を吸い込みます。
「私の犬たちは、勝利をもたらしてくださるに違いありません。どうか蛮勇ではなく勇気で。私はワガママです。必ず五体満足で、私に勝利を報告しにきてください。私は常にあなた方と共におります!」
「「は!」」
「そして、これを皆に付けて差し上げましょう」
私が高々と上げた【それ】。
それを見た大広間の中の殆どの方たちが、息を飲みます。
「「そ、それは……」」
お散歩リードです。
神具・わんわんリードは全部で八本しかありません。
ですが、ひもで繋がった飼い主と犬の気持ちを繋げる不思議なリードを欲する犬人の数は、それこそ一万二万ではすみません。
それゆえ私はシュナウザー博士と第四部隊に依頼して、一万本ほど複製を作っていただいたのです。
複製でありますので、互いの気持ちを行き来させる力はごく弱いものです。
ですがぬくもりを、私が常にそばにいると感じられる機能さえあれば、問題ありません。
全員にこれを嵌めると約束をすると、犬人達は感涙極まり、泣き始める方もいらっしゃいました。
「「愛する我らの女王陛下! 一生飼ってください!」」
「ええ、もちろんですよ。皆様は私の大切なわんこです」
わんわんわんわんわん!!
広間は最高潮に盛り上がります。
耐え切れず、犬の姿で庭駆け回りそうになる方も現れます。
―—————ええ、もちろん。
今回の在庫である数千のリードを首輪に繋げるのは私です。
腕はボロボロになりそうです。
……ですが、やってみせますとも!
そしてダリウス様が編隊の指示を出している中、私はレオンハルト様とマルス様と共に外に向かいまっています。
外にはすでにリンドブルム王と、彼について来た竜人たちが竜に変化して待機しています。
今回王は「ここは貴女の国だ。私はあくまで親交のある国として、お手伝いをさせていただく」と引いたのです。
「女王陛下」
唐突に、玄関の間でバーバリアン様が私に声を掛けてきました。
私が許可をすると、いつもは自分のことにしか興味がない彼が、珍しく他の方の名を上げたのです。
「ゴルトンはどうされました」
「……大導師ですか?」
きょとんとする私に、レオンハルト様がそっと教えてくださいます。
どうやらヒグマー退治のおりに、何度か大陸をさまよう大導師に遭遇して、拳を躱して互いを理解したそうなのです。つまりは戦友。なんともお二人らしすぎます。
「彼は北部に隠れ住む純人教徒の生き残りを、ぎりぎりまで探すそうです」
脳裏に浮かぶ黒い後姿。『ダシバ様分を補給した。これで憂いなく出立できる』と再び風呂敷を抱えて旅立った彼。私は彼が保護し、見事駄犬教に生まれ変わった方々の受け入れを約束しました。
既に保護施設では、ダシバを銜えたエリザベスちゃんが彼らを癒しに行っております。
大導師の事情を確認したバーバリアン様は、そうですか淡々と歩き出します。いつものギラギラとした雰囲気はありません。どうしたのでしょうか。
「あいつ、少し気を付けた方が良いよ」
斜め後ろでマルス様が険しい顔をして、彼の後姿を睨んでおりました。
「闘犬が落ち着いて見える時は、絶対に無断で何かをやらかすから」
―————さて、私たちがいるのは大雪原。
更にその奥は淡い茶色の、山脈の尾根が見えます。
ここは首都の外。
さらに衛星都市を抜けた、その先です。
リーゼロッテ号の上に立ち、望遠鏡を覗くと、遥か彼方に見えるは若いヒグマーの茶色い大群。
先頭に白っぽいヒグマーが見えました。
あれが統率熊でしょうか。
物見の想定では、ヒグマーの総勢は二千頭。
今まで狼犬と戦う場合には、大抵数頭の群れしかいなかったそうです。
ロボ様以前、『だいたいヒグマー一頭あたり狼犬十人で仕留めます』と狩りについておっしゃっておりました。それだけ、敵は手ごわいということです。
「なぜ、彼らは押し寄せることにしたのでしょうか。暗黙の了解で作った餌場はちゃんと利用されているのですよね」
「ええ。ただ純人教徒を襲ったとなると、我々の想像以上に彼らの数が多かったことも考えられます」
ロボ様が悔しそうにおっしゃります。
餌場を設置するにあたって「餌に毒でも混ぜておけばいい」という意見もありました。
しかしできれば互いに殲滅戦をするよりも、住み分けたいのです。
ビアンカは通訳兼にこういったそうです。
『餌場は十分。ただ、あいつはプライドが高いから、犬にご飯を恵まれて怒ったのかもしれない。奪う方が、年上のヒグマーたちに恰好が付くから。もしくは裏切った私を始末に―――――』
どうやら統率熊とはお知り合いのよう。
じっと統率熊を思わしき白いヒグマーを望遠鏡越しに観察しまうす。
それはごく若く、ところどころに赤や黄色、緑の斑点が見えます。更には頭にワズキ豆餡のようなものが模様が乗っています。通称は「シロクマ」。彼も変異種です。
白い体毛も、まるで上からワン乳を掛けたようにクリーム色を帯びたような白のグラデーションになっていて……なんとなく美味しそうですね。
(いいえ! 彼らは集落の人を惨殺した犯人かもしれないのです)
うっかりいたしました。油断はできません。
腰に巻いた数千のリード(これでも細く、軽量化していただきました)の取っ手の重みで、全く動けない自分を叱責いたします。
衛星都市を後ろに配置された騎士団。
まずは子犬隊が一列に展開。更にその周囲を、ロボ様たち狼犬を中心に、特製の棍棒をもった軍人たちが待機します。
私は後方で、リーゼロッテ号のハッチの上に立ち、レオンハルト様、マルス様、リンドブルム王と控えていました。
子犬隊の砲台の中に待機しているものは、棘の付いた鉄球です。
爆発よりも今は打撃力。防御力がとても高いヒグマーに対しては、物理で叩く他倒しようがないのです。
じゃん、じゃん、じゃん。
じゃんじゃん。じゃん、じゃん、じゃん。
なぜか、勇ましい音楽が私の後ろで鳴り響いています。
「避難してくださいと命じたはずです!」
「とんでもない!」
後ろで燕尾服の下に服を何重にも着込んだ指揮者と、同様に着ぶくれた演奏者たちが反論しました。
彼らは大陸に着いてから、至る所で私に音楽を捧げてくださった方々です。
各地から集まった移民を中心に編成された楽団。指揮者はこの大陸の生き残りの方が務めておりました。
「我ら流浪の音楽団は、大戦を収めて大陸に平和をもたらせてくださったリーゼロッテ様、いえ女神に騎士団が勝つべく、音楽を捧げます! 意地でも捧げます! 命を救われた恩を返すため、どんなに排除されようが捧げます!」
なんて迷惑な!
更に、元わんわん一座の団長であるワイマラナー氏が頬を紅潮させておっしゃいます。
「あのモナの血を引き継いだ立派なそのお姿! 我々わんわん一座は解散した後も、貴方様の逸話をお聞きする度に、それを最高の物語と音楽で、ルマニア大陸中に伝え回っておりました!」
モナのように、いかに勇ましく。
モナのように、いかに猛々しく。
モナのように、いかに冷酷で。
モナのように、いかに残虐で。
モナのように、いかに白夜のような女王様であるかを!
「あなた達たちのせいだったのですか!」
私が人間からかけ離れた何かとして、国民にもてはやされてしまったのは!
恐るべし音楽の力!
「我々の宣伝は何か間違っていますか?」
「大いに違っております!」
私は懇切丁寧に一般的な、ごく普通の十歳である私の有り様を説明します。ですが理解してくださったのかはどうも怪しい。
この手の責任者である情報部隊のヨーチ様を呼び出して怒ります。
彼はとぼけて「折角ウケているんだからそのキャラでいきましょう! その方が雑誌の特集号が売れます」と、片棒を担いでいたことを白状しました。
犬にした状態で頬っぺたを引っ張ってやりました。
め!
ヨーチ様たちに第七部隊に命じて強制移動させます。
「ああ、その形相も恐ろしい! 素晴らしい! 新しい曲のインスピレーションがまた湧いて参りました!」
「せめてもっと可愛らしい曲にしてください!」
『リーゼロッテ殿。つくづく貴公といると飽きないな』
一緒にされたくないと、ずっと離れて眺めていたリンドブルム王。
同じく王なのですから、同情してください!
そうこうしている間にも、ヒグマーの大群はこちらに向かって進軍を始めました。
ダリウス様がラスカル様に指示を出します。
私たちの兵力は子犬隊五十台。歩兵が五千人。狼犬千人。竜人が三十人です。
ただし、兵士には通信兵や伝令兵など、直接戦闘には関係しないものも入っております。
人数的には無理があるでしょう
ですが、私たちにはこの大陸を平定したほどの軍事力があるのです。
子犬隊を初め、各部隊にはヒグマーをあくまで殴打するための火薬や武器を、配布してあります。
ラスカル様が子犬隊を進軍させ、ヒグマーとの前線でにらみ合います。
その後ろに棍棒組。更に背後には竜たち。
最後がビアンカです。
ビアンカは、四本足になって廊下の天井に背中が付きそうなほどの大きさでした。
ですがヒグマーたちはさらに二回りほど大きく、出立した行政府の、大広間の天井を壊してしまうであろうほど巨体です。
顔は基本茶色。
顔かたちは白黒犬チャーリーにとてもよく似ています。
彼らよりもさらに一回り大きいシロクマ。
若い統率熊は、妙に美味しそうな顔をしきりに動かし、視線の先にビアンカの姿を見つけました。
そして「カゴシマー」と鳴くと————— 一直線に私たちに向かって走り出しました!
後日白黒犬に保護者を通じて訊くと、シロクマは『見つけたぞ、裏切り者め』とおっしゃっていたそうです。
「滅せよ!」
子犬隊から放たれる鉄球!
相手の動きが止まった瞬間に、曲線を描く棍棒!
「クマっ!?」
「クマー!」
鉄球にヒグマーの数頭が吹っ飛ばされます。
同時にすかさず、慣れた狼部隊たちが滅多打ちにして気絶させていく。
基本はこの繰り返しです。
ヒグマーの足元が突然落とし穴に取られました。
足どころか、下半身がすっぽりと嵌まって出られない、壺ような構造です。
そこに、棍棒を持ったまま犬に姿を変え、襲い掛かる犬の群れ。
敵に近づいた瞬間に人に戻り、殴りかかります。
巨体と最強の防御力を生かして戦ってきたヒグマー。
大陸で数を減らし戦力が少なくなっていた狼犬を、若い彼らはずっとバカにしていたようでした。
ですが、彼らは勘違いをしております。
ここにいるのはケンネルの犬たち。
私の愛しいわんこたちなのです。
球切れを起こすことなく、次々と繰り出される鉄球。確実に体内にあるプーの脳震盪を狙って攻撃していきます。物量戦なら負けません。
雪の下に隠れた掘削部隊の落とし穴。
大きな群れだった彼らは、バラバラに分散していきます。
より容易に各個撃破が可能になりました!
ここからさらに、力の強い犬たちの見せ場になっていきます。
「義娘の祝いはプー鍋じゃあ!!」
グレイ様が喜々として棍棒でヒグマーを叩き伏せていきます!
『……担当分の仕事は完了』
あくびをしながら、積み重ねられたヒグマーの上であくびをされるリリック様。
その肉球の下には誰よりも多くのヒグマーが転がっておりました。
「…………!」
静かに。しかし迅速に。アポロ様たちは雪原を走りながら叩きのめしていきます!
「あの兵士は怪我を隠している! 回収しろ!」
「はい!」
無茶をして深追いする若い兵士を回収する第八部隊。ジョゼ様が的確に指示を出しながら、確実に「味方」を仕留めていきます!
「群れが……」
「ええ、確実に減ってきましたね」
「気絶したヒグマーは虱蟲の治療薬を振りかけて殺虫して。とりあえず捕獲だね」
レオンハルト様とマルス様が私の横で、状況を説明してくださります。
ヒグマーの群れは確実に減ってまいりました。倒されたものたちは、掘削部隊が作った堀のような穴に放り込まれていきます。
子犬隊の鉄球で頭を集中的に打たれて動かなくなったものや、たくさんの棍棒で殴り倒されたもの。
統率熊であるシロクマの周囲が手薄になっていきます。
そこに、破壊工作の第六部隊が動きました。
「私はどちらかというと、武器を持つのは苦手なのですが。重いじゃないですか」
マゾ様がブツブツといいながら、事務的にエル様から渡された棍棒を眺めています。
そして「面倒くさい」と、雪原に放り投げてしまいました。
ではどうするのか。
彼はそのまま犬になると、ヒグマーの群れに向かって走り出したのです。
まるで風のような速さで群れの隙間をすり抜けると、ひらりとシロクマの前に立ちます。
そしてシロクマの前でさんざん挑発をして、逃げ出しました!
シロクマは逆上してマゾ様を追いかけます!
そしてマゾ様が向かった先は—————黄色犬・ビアンカです!
ぬぼーっと、裏切り者に制裁を加えようと襲い掛かるヒグマーたちを、ひらひらと交わしていた黄色犬。
マゾ様を追いかけて来るシロクマに嫌な顔をします。
ひょいっと、ビアンカに掛け上げったマゾ様は、ビアンカの耳元で何かを囁かれます。
(いつの間にヒグマー語を獲得しているのですかマゾ様!?)
天才犬と同じく、いまいち生態が不明のお方です。
すると。
ビアンカがぴたりと立ち止まってしまいました。
そこに三周りは大きなシロクマが迫ります!
「ビアンカ危ない! 逃げてください!」
シロクマがギリギリまでビアンカに迫ったその瞬間。
プーな顔が、縦に割れました。
「〇×◇▽×□〇!?」
私の言語能力が限界を越えます。
そして何かが飛び出してシロクマの顔に噛み付き、ボキリと音を立て――――――。
一瞬にしていつものへにょりとしたプーな顔にもどった時。
シロクマはアカクマとなって、地に伏せておりました。雪はまるで、真っ赤なシロップが掛かったかのよう。
ビアンカはかつて白かったそれをじっと見下ろします。
ですがはっとして、周りをキョロキョロと見回し、ベオウルフ氏を探し始めました。
どうやら女性の機微には疎いベオウルフ氏は、他のヒグマーを殴り合うので精いっぱいで気が付いていません。
ホッとするビアンカ。どうやら乙女の秘密はばれなかった模様。
彼女はのそのそとその場を逃げ去ります。
それを見守っていたマゾ様は人の姿に戻り、こちらに向かって優雅にお辞儀をいたします。
昼から始まった戦いは、どうやら決したようでした。
我らケンネルの、勝利です!




