第052話 『聖女スフィア』⑨
はしたないかな? と思いつつクナド様に磨き上げてきた「理想の聖女像」と「聖女としての期待に応えているだけの普通の女の子」の落差で攻めると、割と簡単に振り回されてくださるのがとても面白かったことを白状します。
クナド様がおっしゃるには落差萌というらしく、それは卑怯な手だそうです。
卑怯でも有効なのであれば、私は使うことを躊躇いませんでしたけれど。
綺麗だと、可愛いと言われる容姿で生まれたことに、初めて心から感謝もしました。
とにかく王立学院での日々は私にはとても楽しくて、クナド様を通してアドル様、クリスティアナ王女殿下、カイン様も私が常に供にいることを受け入れてくれたこともものすごく嬉しかった。
そんな風に鍛錬や研究と称して、放課後『勇者の館』にクナド様を中心に私ども勇者パーティーが集うことが日常となったのです。皆さんは基本的にまじめにしておられましたが、私だけはクナド様にじゃれついては邪険にあしらわれることを堪能していました。
ですがそんな穏やかな日々に油断して、クナド様と出逢う前の私が考えていたことをうっかり口にしてしまったときは絶望しそうになりました。せっかくいい距離感になってきていたのに、これでは私もクナド様にこの世界をろくでもないものだと感じさせる1人になってしまったと。
ですがクナド様はそんな私を「腹黒だなあ」と笑い飛ばしてくださいました。
面と向かって私を「腹黒」と呼ぶ方なんて、今でもクナド様以外にはおられません。
幼い頃から距離の近かったカイン様は、心の中では仰っているかもしれませんけれど。
恥ずかしながらカイン様と初めてお会いしたあの頃が、私が一番荒んでいた頃なのです。まだ淑女教育も受けていない頃だったので、少々はしたない態度をとってしまっていた記憶もあります。
賢者候補とされていたカイン様ならと勝手に期待して、勝手に落胆した私が一方的に悪いのですけれど。
カイン様は今ではクナド様とすっかり仲良くなってしまわれているので誤解を解く――ではありませんね、きちんと謝罪してお許しを頂きたいところなのですが、なかなかそういう機会に恵まれません。
あの頃の私はクナド様がからかうように呼んでくださる「腹黒」とは少し違うので、できることならば知られたくないなぁ、などと都合のいいことを思っているからでしょうか。
おかしなことに「腹黒」などと呼ばれたその時から、私は「クナド様のためにいい聖女でいよう」などという、今思えばおかしな上から目線から、「私のためにクナド様に好かれる女の子になる」ことを最優先するようになった自覚があります。
本気で好きになったのです。
いえずっとそうだったことを、やっときちんと自覚できたというべきでしょうか。
そうなると楔の一つでいられるだけでは満足できないようになり、私がクナド様を想うのと同じように想ってほしいという欲が出てきました。
今の私が世界なんてもうどうでもよくて、クナド様が笑ってくれることがすべてになっているように、たとえクナド様がこの世界に絶望する出来事があったとしても、私がいるならまあいいかと思ってほしい。
大それた望みなのだと自分でもわかっています。
それでも望んでしまったのです。
それに世界が終わってしまうことを望んでしまう自分より、クナド様だけに迷惑をかける方がまだ許される気がしたのです。クナド様に許されないのなら、それはそれでありだなって。
それからの私は、自分では少し大胆になったつもりでした。
とはいえ私はこんなですし、クナド様はクナド様で謎に大人な部分をお持ちですから、私のじゃれつきなどは軽くあしらわれてしまっていました。
そんな風にこの夢のような王立学院生活を卒業して、一日でも早く魔王を討伐した暁には、聖女としての力を喪っても許される立場になれるかもしれない。
それがそう簡単ではないことはわかっていますが、魔王を倒した1人である功績と、アドル王陛下、クリスティアナ王妃陛下、『魔導塔』を統べる立場になったカイン様の後ろ盾があればそれも不可能ではないはずです。
なによりもクナド様を伴侶とするのであれば、『聖教会』も聖女(私)を失う対価としては十分だと判断する可能性が高い。
なぜならば私などよりもずっとクナド様の方がアドル様、クリスティアナ王女殿下、カイン様に信頼されているからです。『聖教会』が組織として『王家』、『魔導塔』、加えて『汎人類連盟』と有利に交渉を進める上では、奇跡を起こすしか能がない聖女よりも、そのすべてに対して強い発言力、影響力を持つクナド様を味方につける方がずっといい。
魔王という脅威が排除された後であればなおのことでしょう。
となれば問題は私がクナド様に伴侶として求められるかどうかだけになるわけです。
だからこそ私はクナド様の好みを研究し、少しでもそこへ近づくために研鑽を重ねて参りました。幸いにしてクナド様は品行方正、純真可憐さのみを信奉する方ではなかったのでそこは大変助かりました。実際主義っていいですよね。
けれど今年の初夏。
クナド様が『黒白』を発動された瞬間、私は大奇跡を発動させた時を遥かに凌ぐ神降ろしを経験しました。半ば以上自動的にクナド様とカイン様のもとを訪れ、誰が『黒白』を起こしたのかを問うたのです。
起こしたのがクナド様でなければ、あの時私がなにをしたのか、どうなっていたかはわかりません。ただ対象がクナド様だとわかった瞬間、私は苦も無く身の内にある凶暴なナニカを抑え込むことができたのです。
その後も頻繁に起こるようになった神降ろしも苦もなく私が御せていたのは、そのすべてにクナド様が関わっていて傍にいてくださったからなのです。
ですが王立学院を卒業して魔王討伐の旅に出てしまってはそうはいきません。
クナド様のいないところで、降りた神を制御できなくなった私がアドル様、クリスティアナ王女殿下、カイン様に害をなしたらと思うと生きた心地がしませんでした。
だから私が聖女の器でなくなってしまえばいいと思ったのです。
だけどそうなってしまったら魔王討伐は叶わなくなる。
そもそもどうして私の身に降りてくる神様――とされているナニモノカは、アドル様やクリスティアナ王女殿下、カイン様を――なによりもクナド様を敵と見做すのか。それにもしも私が器を放棄してしまったら、別の器を選んでクナド様たちに危害を加えようとするのかもしれない。
そんなことまで考えて自縄自縛――どうしたらいいのかわからなくなってしまった私は、無意識のうちにクナド様に助けを求めていたのでしょう。
今クナド様からこれ以上ない『約束』もらって落ち着き、冷静になって振り返ってみれば、最後の夏季休暇以降の私の行動は完全に常軌を逸していました。いえそんなものはまだ可愛らしい範疇に収まっていて、ついさっきやらかしてしまったことに比べれば取るに足らないものでしょう。
いくらクナド様とはいえ、全裸で部屋に招き入れるなんて――
いえそのあと服を着たと偽って下着姿で接したころまで含めて、今後クナド様から「腹黒」ではなく「痴女」と呼ばれてもなにも反論できません。今も身に着けたままの夜艶衣を改めて確認しても、正気ですか私と問いたくなるくらいですから。
クナド様に器である私を壊して欲しかった。
『聖女スフィア』⑩
12/21 20:00台に投稿予定です。
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