第050話 『聖女スフィア』⑦
自分でやらかしておいてなんだが、新雪のような肌に自分の跡を残すことがここまで背徳的な興奮を促すとは思ってなかった。綺麗どころか明確に醜い俺がつけた印が、綺麗事を全部すっ飛ばして動物的な「俺のだ」という凶暴な所有欲を刺激してくる。
つけた瞬間にスフィアが息を漏らして体を強張らせたときは、うっかりそのまま押し倒しそうになったくらいだ。
「……これ、が……証拠ですか?」
スフィアの息も荒い。
涙目で振り返ってそう問うた声は震えていて、触れているところから伝わる体温も心音も、もうどっちのものだかわかりゃしない。
「髪で隠れる位置にしたから普段は見えないと思う。でも俺の能力で消えなくしているから、消したくなったら――」
「絶対消しません」
そう言って体ごと向き直り、おずおずと俺にしがみついてきた。
あー、いけません、ちょっとたんま。
俺ステイ。
「あと勘違いしているみたいだから言っとくけど、どっちかっていうと我慢しているのは俺の方なんだからな?」
なんかスフィアが恨めしそうな上目遣いでこっちを見てくるから、そこだけははっきりさせておく。人間も所詮は動物の一種。その本能だけに身を任せれば、この後みんなが起きだす時間になろうが、いずれ授業が始まろうが知った事かとばかりに押し倒すことしか考えられない。
だが俺は動物の一種ではあれども人間だからこそ、それをどうにか堪えているのだ。
我慢できてこそ人間。
実際問題スフィアが勇者パーティーに欠かすことのできない存在で、力を失ってしまう可能性を考慮しなくていいのであれば耐えられなかったと思う。
俺は頑張った。というか現在進行形で頑張っている。誰か褒めろ。
ただ俺ばっかり盛り上がってはいるが、スフィアとしてはこれで少しでも不安は拭われたのだろうか? そのためにもしたことで俺がいっぱいいっぱいになっていたのではお話にならないし、スフィアが納得いっていなければなおさらだ。
「あの……でしたら……私もつけて、かまいませんか?」
「……は?」
そんなことを考えていたら、破壊力抜群の表情を浮かべたままそう問われた。
相手に自分の印をつけること自体はお気に召したようである。
だからこそ、そうですね。
スフィアだけが所有印じみたものをつけられていながら、俺にはなんもなしってのは確かに公平ではないですね。
だけどこれ、される方も大概だったんだろうけど、する方も相当だぞ?
本当にスフィアが俺にそんなことできるの?
そんなことを思っていたら、まさかの左肩をかなり強く噛まれた。
この所有印も俺がつけたのとおなじく、しっかり奇跡の力で消えないようにしているらしい。
……これは人前で肩は出せんな。
自分がつけられて初めて、これはなかなかに効果のある束縛手段だと理解できた。
俺自身がみられることをどう思うかももちろんあるが、それ以上にこれを見た人が間違いなく噂にするであろうことが抑止力になるのだ。海や銭湯でみたと近しい人たちが言う分にはまだ無罪だが、夜街のお姉さま方の話題に上るようになったら即座に有罪である。
聖女としてのスフィアはこれ以上ないくらいの有名人であり、そのスフィアが王立学院で3年間俺にかまっていたことはもはや誰もが知っている。その俺に消えない後を付けたのは誰かなど、誰もがスフィアしか思い浮かべまい。
つまりあっという間に噂は広がる。
出所が友人たちであっても、夜街でもその情報は共有されるということだ。
そうなると出所がどこだったのかなどわからなくなり、限りなく黒に近い灰色と見做されるのは火を見るよりも明らかだ。結果、俺はよほど気心の知れた相手にしか肩を晒せなくなるという寸法である。
もっともスフィアはそんなところまで考えていないと思う。
自分がつけられた印を、お揃いのように俺にもつけたかっただけなのだろう。
それにスフィアがそこまで考えてしたことであっても嬉しく感じてしまっているのだから、もうとっくに俺も手遅れなのだ。
お互い気恥ずかしさを隠しながら、まだ熱の引かない笑顔で笑いあう。
俺たちにとっては大事ではあったけれども、世間の恋人同士にとってはおそらくは些細なこんな事で、スフィアも俺も不安が拭われるのなら安いものだとそう思う。
2人だけの秘密というのは、なかなか得難い特別感があるものだな。
そんな甘っちょろいことをこの時の俺は考えていたのだ。
間違いなくだらしない顔を、肚を決めてしまったスフィアに晒しながら。
◇◆◇◆◇
クナド様は怪物です。
100年もかかって世界どころか、人間社会ですら崩壊させられていない今代の『魔王』なんて比べ物にもなりません。
クナド様こそが『世界の敵筆頭(パブリックエネミー№1)』になり得ることは、今代の聖女である私だけではなく、勇者アドル様も、剣聖クリスティアナ王女殿下も、賢者カイン様も――魔王を討伐するための勇者パーティー全員が認めざるを得ないところでしょう。
なぜならクナド様は、世界と無理心中することすらできるのですから。
聖剣の勇者にも、不壊の剣聖にも、万魔の遣い手である賢者にも、もちろん奇跡の聖女と呼ばれている私にもそれを防ぐことなどできはしません。
なにしろクナド様はその気になれば聖女(私)をいつでも殺せるのです。それを気負いもなく言い放てるクナド様が、私にでもできることをできないわけがありません。
クナド様に出逢うまで、私は私がそれを望んでしまうことが一番怖かった。
自分の気分次第で壊せるものに世界が含まれているこの恐怖は、きっとクナド様にしかわかっていただけないと思います。
ですが今はクナド様がいてくださいます。
もしも私がそんなことを望んでしまったとしても、確実に止めてくれる方がクナド様なのです。この世界でたった1人、私の力が暴走しても力づくでそれを止めることができる、きっと止めてくださる方。
そんな方と同じ王立学院に通うのです、私が気になって気になって仕方がなかったのも当然のことではないでしょうか。
『聖女スフィア』⑧
12/20 20:00台に投稿予定です。
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