第049話 『聖女スフィア』⑥
「どうすれば不安がなくなる? ……って、俺が聞くのはさすがに野暮が過ぎるか」
もう自惚れを恐れずに考えれば、俺と物理的な距離が開いてしまうことにスフィアは不安を覚えてくれているのだろう。しかもそれは一時的なものではなく、魔王を討伐できるまでの長期間――どれだけ短く見積もっても、年単位になることはまず間違いない。
そして奇跡の行使とは別でも発生しているという神降ろし。
神様とやらにとっての禁忌――『黒白』の発動などがあった場合、どうやらスフィアの身に神とやらが勝手に降りてきて主導権を奪おうとしてくる。
それは奇跡の行使とは明確に異なるなんらかの意思を伴っており、スフィアが抑えこめなくなった場合、どういう結果をもたらすかがわからないのだ。
だが間違いなくよろしくないことが起きるだろうな、ということくらい俺にだってわかる。
この3年間のスフィアが、俺と常にバカみたいなやり取りをしていたからこそ安定していた――苦もなく抑えこめていたのだというのであれば、明日からに不安を感じるというのは確かにそうだろう。
そうなると、スフィアの不安を取り除いてやれるのは俺だけだという話になる。
なるよな?
純潔を失えば奇跡の力も失うというのであれば、確かに神の器としても機能しなくなるのは道理だ。つまりスフィアは自分が行使できる奇跡のメリットよりも、万が一にでも神とされている何者かに完全に乗っ取られるデメリットの方が大きいと判断している。
だけどスフィアの中では、二律背反しているのかもしれない。
もしも俺と不安を取り除けるようなことをすれば、聖教会の口伝を信じるのであれば不安の原因そのものも失われる。そうなればスフィアは聖女としての力を失い、重要戦力が欠けた勇者パーティーでは魔王を討伐することは叶わなくなるだろう。
そうなればその穴を埋められるのは俺くらいしかいない。
そして俺がスフィアの代わりをするたびに、俺の寿命は削られていく。
俺が知る限りのスフィアの性格からすれば、自分の不安の為に誰かを犠牲にすることなど耐えがたいはずだ。それが自分の弱い部分を曝け出せるような相手であれば、スフィアならなおのこと平気なふりをして、己の不安など吞み込んでしまうような気がする。
そして手を抜くことなく自分にできること、すべきことをすべてやって、それでもだめだったらその時はどうしようもないと割り切ることができる。
いやできていたのだろう。
だけどこの3年間で、そんな風にきっぱり割り切ることもできなくなってしまった。俺だけではなくアドルも、クリスティアナ王女殿下も、幼い頃から知っているカインも、今のスフィアにとっては「しょうがない」で済ませられない相手になってしまったのだ。
そりゃ怖いよな、自分が抑えられなければ奇跡の力が仲いい奴らに向けられるかもしれないとなったら。そのくせその力は魔王を討伐するためには絶対に必要で、スフィアならばそれを完全に御せると周囲は信じ切っていて疑いもしない。
そりゃ弱音の一つも吐きたくなるわ。
だけど本気で無責任――自分の力を放り出すような真似もできないからこそ、俺への誘惑も中途半端というか、俺が踏み止まれる程度で抑えてくれていたのかもしれない。
冷静になってみれば、スフィアが完全に狩人モードになっていたら俺が逃れられるはずがない気もするし。
つまりスフィアは俺に助けを求めていたのだ。
不器用極まりないやり方ではあっても、少なくともこの夏以降はずっと。
それに全く気付かない俺に、とうとう今日はっきりと助けを求めた。
それに応えないのはどうなんだって話である。
俺がスフィアのことを本気でなんとも思っていないのであれば同情に過ぎないかもしれないが、こんな美少女に3年間も好意を寄せられ続けて好きにならないはずがない。
なめるなよ、美形と幼馴染で王立学院に入ってからはそこに超美形も加わったんだ。
スフィア以外に俺に好意を向けてくれる異性なんて、幼い頃から「クナドにーたん」と呼んでくれるアドルの妹くらいしかいなかったんだからな。
要らん格好つけ(ポーズ)を取り除けば、俺はすでにきっちりスフィアに惚れている。
だからこれが俺の勘違いであっても一向にかまわん。惚れた女が助けを求めているかもしれないのに、自分が恥をかきたくないから勘違いかもと見て見ぬふりをするくらいなら、そんなこと考えていたの? と笑い飛ばされる方がずっとマシだ。
あるいは格好良さって、よりマシな選択とやせ我慢の積み重ねで出来ているのかもしれないな。俺にはまだほど遠い境地だが、遥か千里の道のまずは一歩目。
「とはいえさすがに今すぐは無理だけど、約束とその証拠くらいなら……」
などとカッコよげなことを考えつつ、言葉にできるのはせいぜいこの程度。
ほんと格好がつかないにも程がある。
こういう時、アドルやカインならどんな風に言うんだろうな。
「ごめん、やっぱり魔王討伐にはスフィアの力は欠かせないと思うから、ここで完全に不安を取り除くことはできない。だけど約束する。魔王を討伐できたら――」
などと重ねてくだくだ言っていたら、約束を言葉にする前に口を塞がれた。
あー……本当にかっこ悪い。
「嬉しい、です」
その上涙をためて微笑まれている俺は一体どういう言動をすればいいんだ。
ここから少しでもカッコいい感じに持っていける保険があるなら紹介して欲しい。
いやスフィアがカッコいいからいいのか。
本来こういうシーンではカッコいいと可愛いの組み合わせのはずなんだが、両方ともスフィアに持っていかれた俺はかっこ悪くてもいいのか? よくない気がするんだが。
「……あ、あの、それで……ど、どんな証拠をくださるのですか?」
その上、未だかつて見たことがない完全赤面状態の可愛い顔でそんなことを言う。
これほんとにスフィアか? なにがあっても動じない人だと思っていたのに、俺相手にこんな風になるのか? マジで?
いかん、見惚れている場合じゃない。
いやあの、約束は魔王討伐を果たしてくれた暁にはきちんとお付き合いしましょう、その証拠として拒まれなければ接吻しようとしていたわけだが、これはどうするのが正解なんだ?
さすがに俺でも「証拠にしようとしていたんだけど先にされちゃった」で済ませてはいけないことくらいはわかる。
なので自分には縁がないなあと笑っていたイケメンムーブをあらゆる記憶から総動員して、笑われたら切腹して果てる覚悟でスフィアの体を引き寄せ半回転させ、後ろから抱きしめた。
いやこれ見ているだけでも充分にやばい恰好だったが、腕の中で抱きかかえるとスフィアの肢体の感触と、それを直接触れさせない夜艶衣のさらさらした触感の組み合わせがホント洒落にならん。なにより体温と鼓動が伝わるのがやばい。
救いは俺と同じくらい、スフィアの体温と鼓動も尋常ではなくなってくれていることくらいか。
そのまま長い髪をずらしてうなじを露出させ、ここで躊躇ったら終わりだとばかりに強くそこを吸った。確実に跡が残るくらいに。そしてそれを俺の能力を使って、スフィアの気持ちが変わらない限りは消えないようにする。3日分寿命減った。
『聖女スフィア』⑦
12/20 10:00台に投稿予定です。
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