第048話 『聖女スフィア』⑤
だからこそスフィアは初期、過剰なくらい俺に対して聖女の力を見せてくれていたのだろう。私こんなのですけど、まだ大丈夫ですか? ってなところか。
それでも俺があえてとっていたスフィアへのわりとぞんざいな扱いが変わらなかったからこそ、普通ならちょっと正気を疑われるような質問をしてしまったのだと思う。
――本当に私が怖くないのですか?
そんなことを本気で問わねばならない子供が、普通なわけがないよな。
殺されるかもしれないけれど、殺せる相手だから別に怖くない。媚びる必要も、恐れる必要も特に感じないけど、殺したくも殺されたくもないからできれば仲良くしようぜ。
そんな俺の態度が本気で嬉しかったのだろう、あの頃のスフィアは。
つまりスフィアは初めて自分がそうだと認めた、生き物としてのベースを同じくしている相手に執着しているだけだ。それを男女間の思慕に置き換えてしまうのは、年齢的にもわりと夢見がちっぽい素の性格からもしょうがないのかもしれない。
まあだからこそ俺への本人曰く誘惑のつもりの行動が、悉くピント外れのものになってしまうのも無理はない。
「ですからやっぱり、好きになるのに理由なんてないのですよ」
そういって微笑むスフィアはとても可愛らしいし、聖女として祀り上げられている時とは違った、年齢相応の魅力にあふれていると思う。
だが理由がないのではなく、異性に対する思慕ではないのだ。
滅多にいない同類同士、仲良くしようぜ! という感じの好きというのが正解だろう。
だからこそ羞恥心ないんか⁉ と言いたくなるアプローチを平気で仕掛けられるのだ。スフィアがいずれ本物の恋心を持つようになった暁には、さぞやこの3年間に及ぶ自身の残念行動は燦然と輝く黒歴史になるに違いない。
万が一その対象が俺だったら、一緒に笑えるようになるのかもしれないが。
「――じゃあ焦っている理由は聞いていいか?」
だがそんなスフィアだからこそ、この3年間のアプローチは猛烈で素っ頓狂ではあったものの、心の底から楽しそうにしていたことも間違いない事実だ。
だが今年の夏季休暇は俺とカインとの禁呪と古代魔法の練習を邪魔しながら、かなり過激な行動をとるようになっていたことは記憶に新しい。
要は明らかに無理をするようになっていたのだ。
それでもさすがに今回のこれは度が過ぎている。
知識でしか知らないとはいえ、今のスフィアは本当に俺にガッと来られたら受け入れる覚悟を決めていたように見える。最初は質の悪い冗談を仕掛けて、王立学院最後の思い出に俺の慌てる姿を見たかったのかとも思ったがどうやら違う。
最初に俺が思ったのとは違い、自分がなにをされるのか、その結果なにを失う可能性があるのかをきちんと理解した上で、それでもこの暴挙に及んでいるのはまず間違いない。
「卒業式という一大イベントを明日に控えた上に、私はその後、年単位でクナド様とお会いできなくなる身の上なのですよ? 焦らない理由がなくはありませんか?」
「…………」
冗談めかしてスフィアはそういうが、それならなおのこと違和感しかない。
俺が知っているスフィアであれば、きちんと彼氏彼女になりましょうとか、かなり無理をしても誓いの接吻を交わしましょう、あたりが関の山だったはずだ。
無茶苦茶に見えて素は夢見がちな女の子なのだ、然るべき順序をすっ飛ばしていきなり本気の色仕掛けというのは、冷静に考えればかなりおかしい。
俺も驚愕が大きすぎて、思考が取っ散らかっていたらしい。
夏以降はカインの禁呪や古代魔法とアドルとクリスティアナ王女殿下の連携訓練に必死で、俺も余裕がまるで無くてスフィアとの接点は減っていたこともある。
「そういう理由では……いけませんか?」
案の定、俺が沈黙を守っていると、根負けしたようにスフィアが目を伏せた。最初の勢いで押し切れなかった以上、最終的には話してくれるつもりではあったのだろうと思う。
「……あの日以降、私がああなることが増えているのです。今のところ苦も無く抑えこめてはいますが、消し去ることまではどうしてもできませんでした」
やっぱりそれか。
あの日――俺がカインに『魔眼』で見てもらうために、古代魔法の『黒白』を再現した日のことだろう。
確かにあの時、最初に俺たちの前に現れたスフィアはいつもの感じではなかった。
思えばその後、具体的には最後の夏季休暇あたりから、スフィアの俺に対するアプローチの方向性が明確に変わったのだ。
今回ほどではないとはいえ明確に無理をしていただろう、色仕掛け方向に。
「苦もなく抑えこめているのに?」
だが俺の知る限り、スフィアが自分の意志を失ったことはない。最初の時も違和感があったのは一瞬だけで、すぐにいつも通りのスフィアに戻っていた。
奇跡は内在魔力も外在魔力も必要としない、文字通り理外にある現象だ。
だからこそ人々は神の存在に疑いを持たない。
だがスフィアが「抑えこむ」と表現したとおり、奇跡の行使は我が身に神を降ろすことによって成立しているのだとすれば、聖女ほどの奇跡を起こす場合、スフィアの体を器に神そのものが降臨しているともいえるだろう。
その神がなんらかの意思を有しているというのであれば、それを抑え込むのは並大抵のことではないというのはもっともだ。
だけど幼少時から、あれだけの奇跡を連発しながら自分を保てていたのがスフィアである。それができるからこそ聖女なのだということもできるだろう。
その本人は今でも苦も無く抑えこめていると明言しているし、実際そうだったところしか俺たちは目にしたことがない。
だったら一体、なにをそこまで――
「…………不安なのです。クナド様の側に居られなくなっても、私がいつも通りの私でいられるのかどうかが、とても」
そういって俯いたスフィアが、俺と出逢ってから初めて弱音を口にした。
言葉だけではなく、ベッドに座ったまま俺の服の裾を掴むような弱弱しい仕草は今まで一度だってされたことはない。
たぶんこれは本音だ。
もしもこれも演技の一環だというなら、もう騙されたっていいや。
罠でもいい、罠でもいいんだ。
同族に対する親近感――対等で在れることを喜んでいたスフィアが、過ぎた力を持たされた者だからこその弱音を俺に晒してくれている。いや隠さないというよりも、やり方はどうあれはっきり助けを求めているのだ。
『聖女スフィア』⑥
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