第047話 『聖女スフィア』④
「いやさすがに多くの神官がそうじゃないことくらいは知ってるよ。でも聖女はそういわれているし、実際千年前の聖女様はそうだっただろ?」
まあ冗談はともかく、ちょっとした怪我を治す『治癒』や、風邪なんかの軽い病状や毒を抑える『浄化』などを使う神官様方は、男女問わず既婚者の方が多いくらいだ。当然子供も産んでおられるし、神様ともあろう御方が、純潔にこだわるなどとケチ臭い真似をなさるはずがないという、これ以上ない証拠ではあるだろう。
実際、女官長ですら庶民がびっくりするくらい俗だったからな!
だがこの千年で2人しか認められていない大奇跡を使える聖女様を「だからきっと大丈夫!」と扱えないことくらいはわかっているだろう、スフィアも。千年前の聖女様が誰とも結ばれないまま、聖女として人生を終えられたという事実も無視できないだろうし。
「否定はできませんね……ですが、たぶん大丈夫だと思うのですけれどねえ」
「たぶんで人類の命運をかけられるほど、俺は剛毅じゃないんだよ」
もはや溜息しか出ない。
聖女様は頬に手を当てて困ったような表情を浮かべておられますが、思うのですけどねえで危ない橋は渡れんのですよ、たとえ聖女ご本人様のお言葉であったとしても。
「まあ」
心外そうな顔すんな。
別に俺は臆病なわけじゃない、頼むから慎重と言ってくれ慎重と。
男はこういう状況で臆病者扱いされるのはつらいんだよ!
今代の勇者パーティーも誰が抜けても駄目なんだから、少なくとも魔王討伐を果たすまでは慎重であるべきだろうが。本人にしてみればそんなこと知ったこっちゃないって言いたくなる気持ちもわからなくはないんだけどな。
「大体どうして俺なんだよ?」
「女の子が恋に落ちるのに理由は要らないらしいですよ、クナド様」
「いや、そういうのはいいから」
やかましいわ。
俺がスフィアに一目惚れするってんならありふれたBoy Meets Girl、ただしオチは結ばれませんでした、で説明がつくんだが、スフィアが俺にとなると途端にご都合系ラブコメ臭しかしなくなるだろうが。
いや俺はそういうのも嫌いじゃないんだが、流石に当事者にされると俺のどこに惚れる要素があるんだよ、と問いたくなるのは当然だろう。
いつも一緒にいる中に、超絶美形の勇者様と賢者様がいるからにはなおのことである。
まあスフィアくらい容姿もずぬけていると、容姿で惚れることはないのかもしれんが。
ヒロインが能力に靡くという実際主義者路線も大好物だが、相手の能力が俺より格上だとそれも成立しない。なによりも俺の能力のことを知っている連中の中で、スフィアが最も俺に力を使わせないようにしているとなればなおのことだ。
いっそ余計なことに無駄な寿命を使わせないで、スフィアの望みの為に俺の全寿命を使わせようとしている、と言われた方がまだしも納得がいく。できるならそうして欲しいとスフィアなら願うだろうことを、俺の寿命のほとんどを使えば実際にできるしな。
「箇条書きできるような理由ならいくつでも答えられる自信はありますけれど、そんなものはクナド様もわかっておいででしょう?」
「えーっと、だな……」
自分で問うておきながら、スフィアにまじめな表情で上目遣いをされると言葉に窮してしまった。照れ臭さを完全に除外してしまえば、確かにわからなくもないのだ。
俺は寿命を対価に差し出しさえすれば、基本的にスフィアができることで出来ないことはない。
ほぼ無理心中のような結果になるとはいえ、問答無用でスフィアを殺すことすらも可能だ。ちなみにスフィア、クリスティアナ殿下、カイン、アドルの順で必要となる寿命の量は多くなっていた。とにかく誰を殺しても、俺は十数年間は生き永らえられる。2人以上は無理だな、俺の寿命の方が先に尽きることになるから。
そんなことを確認している俺も大概だという自覚はあるが、仮にも勇者様ともあろうお方が一番簡単ってのはどうなんだアドル。まあ俺に対して一番油断しているというのが、そうなってしまった理由なのだろうけれども。
もうちょっと俺にも警戒しろお前は。
少なくとも勇者を殺すには何年要るんだろ? とか考える奴なんだぞ俺は。
そんな俺に、スフィアが見たこともない笑顔で「実はクナド様は私をいつでも殺せますよね?」とこっそり聞いてきたのは、まだ知り合って間もない1年生の夏の頃だった。あまりな質問に思わず正直に「ああ、うん」と答えたら、今では珍しくなくなった素直な笑顔で「やっぱり!」と子供のように喜んでいたことを強烈に覚えている。
自分を殺せる相手を見つけて心の底から喜んでしまえるというのは、思えばその当時のスフィアはかなり病んでいたのだろう。
そこから俺は、周囲がびっくりするくらいの猛攻をスフィアから仕掛けられて続けているというわけだ。
また同時に、スフィアが俺に対して自分を偽らなくもなった。物腰が柔らかで清楚可憐な容姿をしているからみんな騙されがちだが、実はかなりいい性格をしているのだ、スフィアは。俺がスフィアを時に腹黒と呼ぶのは故無きことではないのである。
そうこうしているうちに、出逢った当初のスフィアが纏っていたどこか怖い、病んでいる感じはなりを潜めて行った。
だけどそんなスフィアは、聖女として大部分の人間からは神の如く崇拝されている。
一方でそれなりの力を持った者、スフィアの力を理解できる者からは恐れられている。
外見にしか興味のない頭の悪い連中からは、明け透けな欲望の視線だけを向けられる。
聖女としての力を示せば示すほどそれは顕著になっていく。
だから俺に対しては初対面の時から謎に好意的だったのだろう。
アドルはかなりぼかして俺の能力のことを説明していたのだが、スフィアにはほぼ正確に見抜かれていた可能性が高い。
言葉や気持ちでではなく、純粋に力として対等で在れる存在。
それはなにも厳密な能力の差や、それこそ成績のよしあしで互角という意味ではない。
誰にだって能力の差はあるが、基本的に油断をしている相手であれば殺せるし、油断をしていれば殺される。生き物としてのベースがほぼ対等なのだ。
だけどスフィアは違う。
どれだけ隙を晒していようが、そこらの能力者の本気の殺意などスフィアが駆使する奇跡の前ではないに等しい。逆に相手がどれだけ警戒していようが、本気で殺そうと思えばその瞬間に殺すことができてしまう。
一方的に生殺与奪の権を握れる相手を、本気で対等の存在だと思えるはずがない。
そのくせ言葉によって表面的な意思疎通だけはできてしまうものだから質が悪いのだ。
そういう意味で俺を特別だと思ってしまったというのはわかる。
なぜなら俺も同じようなことをスフィアに対して思ってしまったからだ。
俺だってこの力を手に入れることになった経緯がなければ、スフィアと同じようになっていたかもしれないと思ったのだ。
『聖女スフィア』⑤
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