第045話 『聖女スフィア』②
「意中の男性を篭絡するために、こういう手段を採れるのも大人の女性だと聞きました」
「それは悪い女性のすることだろうが!」
恥じらいもなくふんすとばかりに胸を張っている気配がするが、既成事実に持ち込むにはいくらなんでも強引が過ぎる。私の裸を見たのだから責任を取ってくださいね、ってのも実は両想いで相手が自信を持てていない場合に背中を押すためなのであれば有効だと認めるが、それ以外ではそれも悪手だと思う。少なくとも俺は。
責任とってと言われて喜ぶ男は、そもそも最初から相手に惚れているんだよ。
ん? ……この話はあまり深堀するのを止めた方がよさそうだな。
それに俺にとって悪手であろうがなかろうが、責任が生じたことは紛れもない事実なんだよな、実際見てしまった以上は。相手に好かれるかどうかを気にするなど些事で、どうあれ最終的に自分の隣にいればいい、という某拳王様思考なのだろうかスフィアは。
「悪い女とはいい女と同義だともお聞きしたのですけれど……」
「誰にだよ⁉」
いや確かに臈闌けた女性であればそういう等号も成り立つのだろうが、俺が今言った悪い女性ってのは、頭や性根がって意味だ。頭が良くて素直なせいで天然腹黒ではあるが耳年増でしかないスフィアに、その概念はまだはやすぎると思う。
せめてこんな剛速球勝負ではなく、湿気充分な(じっとりした)駆け引きができるようになってからいい女を自称して欲しい。容姿だけの話じゃないんだよスフィア、いい女っていうのは。
「女官長様をはじめとした、自他ともに認める大人の女性たちにですけれど……あ、大事な言葉を言えておりませんでした。『私がこんなことをするのは、クナド様にだけです』さあ、これでどうですか?」
うんスフィア、それはそんな嬉しそうな声で言う台詞じゃないと思う。
せーの、さん、はい、みたいなノリで言われてもぐっとは来ない。少なくとも俺は(二回目)。
「なにやってんだよ、あの人たち……」
それよりも、側近たちですらスフィアの擬態に完全にしてやられているのか。
スフィアは清楚可憐な見た目と、良く回る頭と口と、状況に応じて適切に振舞える処世術を身に付けているように見えるが、その正体はめちゃくちゃ出来がいいだけの子供だぞ? スフィアの腹黒さは子供特有の容赦のなさ、遠慮のなさに余計な知恵が加わっているだけで、見聞きしただけの知識だけではあんまり役に立たない分野――それこそ色恋沙汰においては、想像の斜め上を行くポンコツなんだよ。
よしんばスフィアを経験だけが足りないあとは完璧な聖女だと信じているとしても、だったらなおのことその聖女様に迂闊なことをさせようとしてんじゃねえって話でもある。
いや、ガールズ・トークというか、あくまでも女性同士の他愛無い話のつもりで、まさか本当に実行するとは思ってもいなかった、というのが真相なのだろうとは思うが。
しかしスフィア付きの神殿女官ともなればかなり高位にある方々で、女官長なんかは確か執行部の一人でもあったはずだ。当然使える奇跡もかなり希少かつ大規模なもので、神殿で見かけるときは清廉潔白、世俗の穢れなど何も知りません、みたいな雰囲気なのに、思っていた以上に俗だな。
「おかしいです。クナド様の反応が、聞いていたものとずいぶん違います」
ほらな?
自分が聞かされたとおりにやりさえすれば、相手(俺)が自分の望んだとおりの行動をとってくれるものだと思っていやがる。そりゃ裸まで晒しておきながら思い通りの結果が得られなければ、今みたいに不満げになるのはわからなくもない。
だがその「思い通り」とやらになった場合、自分が俺になにをされることになるのかを正しく把握できているとはとても思えないんだが。
「……参考までに、どんな反応になると思っていたのかを聞いてもいいか?」
ベッドの上で全裸になっているスフィアがさっきの台詞を言った場合、俺はどういう行動をとるのがスフィアの中では正解だったんですかね?
「間違いなくガっと来られるので、あとは適度に抵抗するふりをしながらクナド様に任せておけば、いつの間にか小鳥が鳴いていますよ、と……」
あんの女官長。
他愛ないガールズ・トークどころか、めちゃくちゃ具体的に生々しい指示してるじゃねえか。なんだ? 魔王討伐なんかよりも、聖女の望みをかなえることの方があんたたちには重要なのか? それとも相手が俺だと知っているからこそ、「あの臆病者に押し倒せる度胸などあるはずがない」とでも高を括ってやがるのか?
確かに状況とスフィアの仕草が合致していた場合、それを完全には否定できないあたりが腹立たしい。ガっと行っておきながら最終的にヘタレるとか、我が事ながら最悪だ。
しかし「適度に抵抗するふり」をしなさいという指示が、戦闘証明済み(持ち)特有の生々しさを感じさせるな。
いやまあ、好きか嫌いかと言われれば好きですけれども。
男――っと無駄に主語を大きくしたら拙いな、俺は「拒絶の態で許可される」状況は大好きです。言葉通りに受け取って謝ったり止めたりしたら、逆に怒られるやつね。
俺が知る限りではあるけど、男って各種行為そのものよりも、自分だけが意中の相手から許可をもらえる状況が好きだと思うんだよな。
自分の浮気には寛容で、相手のそれにはがっかりするのもそのせいな気がする。
自分はいろんな相手から許可をもらうのが嬉しいくせに、相手が自分だけに許可してないと知ったら失望するわけである。うんカス。いやけして自分の話ではありませんが。
あと俺は、朝チュンは逃げだと思っている派。
「えーと、とにかくまず服を着て欲しいんだが……」
しかし埒が明かない。
スフィアが裸の状況のまま会話を続けていることがそもそも落ち着かないこと甚だしいし、常時死線に立たされているようなものなので勘弁して欲しい。聖女様の私室であるからにはまずそんなことはあり得ないのだろうが、誰かに扉をあけられた瞬間、俺の社会的立場が死ぬというこんな状況からは早急に逃れる必要がある。
「い、嫌ですと申し上げました」
だがスフィアはあくまでも初志貫徹する構え。
ただ初めて声に羞恥の色が混じっているということは、勢いに任せてとった行動に対して思考が追いついてきて、冷静になりつつもあるのだろう。
勢いに任せての蛮行とは、素になったら負けなのだ。
想定通りガッと始まっていれば勢いに身を任せ続けることもできたのだろうが、全裸の自分を前に背を向けている俺と素っ頓狂な会話を続けていれば、そりゃある程度は素にもなるわな。
「大体俺は自分で脱がしたい派なんだよ。そもそも初手から間違えてんだスフィアは」
「……?……えぇ⁉ ……そ、それは大変失礼いたしました?」
なので逆にこっちが勢いに任せて押し切ることにした。
どうあれまずはスフィアに服を着てもらうことが最優先事項であって、後のことはそれこそ後で考えればいい。別に嘘をついているわけでもなし、一手間違えれば頑なになりかねないスフィアに、とりあえずもう一度服を着るべき理由を納得させるという点では妙手ではなかろうか。
この際、俺の名誉と性癖露見については考慮しないものとする。
『聖女スフィア』③
12/18 7:00台に投稿予定です。
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