第042話 『賢者カイン』⑨
それでもクナドがそうあることを望んでいるのであれば、使ってくれた寿命を無駄にしなかったことだけはまあ誇ってもいいかと思っている。威張るというのはなかなかに難度が高そうだ、とも思っているが。
「でも今のが最強の古代魔法『黒白』なのは間違いないんだよな? 特になにも起こっていないようにみえるけど、不発だったのか?」
カインの無事と魔眼による『黒白』の掌握が成功したことを確認できたクナドが、その最大の古代魔法によってとくになにも起きていないように見えることに言及する。
きっちり寿命が減っている以上、『黒白』が確実に発動していることは疑い得ない。
だとすると不発――発動はしたが、例えば対象が存在していないためなにも起きなかったという可能性は考えられる。
カインがあらゆる資料から想定した『黒白』発動時の現象はすべて再現されていたし、複合立体魔法陣から『太極円図』への収斂、その後の回転と黒の世界と白の世界が入れ替わり続けるという順序も正しいものだった。
だがその結果がなにも起きていないようにしか見えないのもまた事実。
技や魔法とは別に行使対象がいなくても発動し、必ずその爪痕を残す。
火属性魔法であっても発動した場所は焼け焦げているし、それ以外の属性魔法であれば魔法で生まれた木や土、金属や水がその場に残ることが当然なのだ。
だが『黒白』が発動した痕跡はなにも存在していない。
世界を壊すとまで言われている魔法が発動した結果としては、どうしても失敗という言葉が頭をよぎらざるを得ないだろう。
加えてクナドが再現したのはあくまでもカインから聞かされた各種情報を基に『黒白』の現象をなぞっただけのものであり、構築術式が展開されたとはいえ本物ではないことも十分にあり得る。
クナドがカインに複雑な構築術式を正しく伝えられなかったように、カインから聞いた情報をクナドが正しく理解できていなければ、能力は間違ったもどきを再現しただけだった可能性も否定できないのだ。
だが――
「いや、一見なにも起こっていないように見えるがこれは……」
周囲一帯から外在魔力が完全に消失している。
そんな在り得べからざる世界を、カインの『魔眼』が捉えていた。
外在魔力とは世界中に存在している外なる魔力。
人間の社会では「瘴気」と言った方がよほど通りがいいだろう。
人は基本的に自身から生み出される内在魔力を使ってしか技も魔法も発動できないが、魔族は違う。奴らは種族の象徴でもある『魔導器官』によって外在魔力を取り込むことによって技や魔法を行使する。体内に魔石を持ち、そこへ取り込んだが外在魔力を蓄積することもできるが、人とは違って内在魔力を生み出すことができない。
だからこそ人は魔族による侵攻を、体内魔石に蓄積された外在魔力が尽きるまで持ちこたえるという戦術で凌げているのだ。魔石に蓄積された魔力が尽きた魔族は、外在魔力が薄い場所では自身の巨躯を支えることすらままならなくなるからだ。
つまり外在魔力がなければ、魔族は身体能力ですら人や動物に劣る存在に成り下がってしまう。内在魔力を技や魔法として行使できる能力者に対しては、成す術もなく狩られるしかなくなるのだ。逆に内在魔力が少ない人間は、高濃度の外在魔力の中では長時間活動することすらできない。
高濃度の外在魔力は人の体を蝕み、魔族を強化する。
だからこそ外在魔力は人から「瘴気」と呼ばれるのだ。
その理由までは解明されていないが、外在魔力は魔物支配領域や迷宮の方が高濃度なのである。少なくとも魔物と戦える能力を有した者でなければ、人が魔物支配領域や迷宮に踏み込めない理由でもある。逆に人の支配する領域では比べ物にならないくらいに薄いが、それでも全く存在していない場所はこれまで確認されていない。
またなぜか人が集まる都市部の方が、多少なりとはいえ濃いことが判明している。
その理由は人の領域における外在魔力は、人の内在魔力が僅かに漏れ出たものであるためではないかと憶測されているが真実はわからない。ではなぜ人がおらず、自身では魔力を生み出せない魔族しか存在していない、魔物支配領域や迷宮の外在魔力濃度が高いのかと問われて答えられる者はいないのだ。
そもそも魔物支配領域や迷宮、果てはモンスタースタンピードすら生み出す、魔大陸から投下される巨大魔石はどうやって生み出されているかすら分かっていない。なによりも魔力がなければ、広大な大地が天空に浮かんでいる『魔大陸』など成立しないはずだ。
人は千年以上もの昔から自身の内在魔力や魔物から採取した魔石を使って技や魔法、魔道具などをさも当たり前のように使っていながら、では魔力とはなんなのかという答えを出せていない。なにやら便利なエネルギーを、生まれつき与えられる能力を行使するために消費しているだけなのだ。
だが今この空間には、その正体不明の力がまったく存在していない。
いや人であるカインだけが内在魔力を有している。
あらゆるでたらめを具現化する謎の力を人だけが持ちえる状況。
人にとってのみ都合のいい状況。
つまり古代魔法『黒白』とは――
「――今のは2人が行われたのですか?」
カインが言葉を発する前に、2人の背後から唐突に声を掛けられた。
「スフィア?」
クナドが驚いてその名を呼んだとおり、そこには聖者スフィアがいつの間にか佇んでいた。艶やかな黒髪と真夜中色の瞳、特例を認められながらも郷に入っては郷に従えですと聖女の神官服ではなく王立学院の制服に身を包んだその姿はいつも通り美しい。
だが奇跡を行う際でもめったに顕現させない天輪をその頭上に浮かべ、声は固く表情も能面を被っているかのごとく無表情に見える。
クナドが驚いたのは、自分と一緒にいる常のスフィアとはあまりにも違い過ぎる、今その身に纏っている雰囲気に面食らったせいだ。
「……違う。クナドが私に『黒白』を見せてくれていたのだ。私はそれを『魔眼』で見ていただけに過ぎない」
びっくりしているだけのクナドに比べ、カインは真剣極まりない口調でわざわざ立ち上がってそう答えた。
その額には疲労とは違う汗が滲んでいる。
幼少時からその外面も、その本性もよく知っている付き合いの長いカインですら、今そこに在るスフィアは初めて目にする空気を纏っていたからだ。
『賢者カイン』⑩
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