第041話 『賢者カイン』⑧
光の古代魔法『黎明』。
闇の古代魔法『黄昏』。
その二種を混成構築することによって発動する、光と闇の混成古代魔法『黒白』。
魔法の極北、世界を壊すとまで伝わる最大の逸失魔法が千年の時を経て、今まさに再び構築されていっている。
すでに右掌に最小の『黎明』、左掌に同じく最小の『黄昏』を発動した状態で、クナド頭上一帯に巨大な構成術式が展開されて行っているのだ。
カインが
「最強かつ必須の『黒白』を最初に再現してもらっていいかな。私の『魔眼』でそれを捉えきれることさえできれば、あとは消化試合になるよね?」
と提案し、それにクナドが同意した結果だ。
確かに今までのクナドとの情報共有でも構築術式が最大規模であり、攻撃魔法ではありながら千年前の勇者救世譚では魔王城攻略の鍵――聖女の奇跡でも抜けることができなかった『無限廻廊』を破壊できる唯一の手段が『黒白』なのだ。
それはつまり、もしもカインが一度の発動では再構築しきれなかった場合でも、再構築できるまでクナドは幾度でも繰り返して発動させる必要があるということだ。
カインは当然一度で全てを再構築させるつもりだが、物事に絶対はありえない。
一年半をかけても最良の方法では再構築が叶わず、時間的猶予の限界点に達してしまっているからにはたとえ一度で出来なくてもできるまでやるのだというカインの覚悟を、クナドが受けた形なのだ。
結果から言えばそれは正解だった。
『黒白』には発動済みの『黎明』と『黄昏』が必要であり、クナドが見ていた構築術式はその二つを破綻することなく混成させるためのものだったからだ。
クナドが『黒白』の発動を自分の能力で実行すると同時に右掌で『黎明』、左掌で『黄昏』の構築術式が展開開始。今までに何度も見ていたクナドはもちろん、完璧な再構築にまでは至らずともおぼろげながら把握できていたカインもそれに即座に気付けた。
単体魔法では最大の規模であるその2つを同時に『魔眼』で掌握できたことによって、それ以下は問題なく一度で習得できることが確定した。あとは『黒白』も掌握できるのであれば、同様の混成魔法である他の2つの古代魔法も問題なく再構築できることになる。
故に今カインは、双眸に蒼氷色の魔導光を迸らせながら人生で一番集中している。
それでも王立学院の上空に展開されていく構築術式は巨大過ぎた。大きさだけではなくその変容も大きく、立体魔法陣自体がまるで生き物のように常に形を変え続けている。
すでに超過駆動状態になっている『魔眼』も限界に達しつつある。
――では「すまないクナド、もう一回頼めるか」とでもいうつもりか、私は!
カインは強く歯を食いしばり、涙のように血を流している両眼も、沸騰しそうになっている脳もともに無視する。今するべきは『黒白』の構築術式を把握することであって、それ以外はどうでもいい。クナドに出会うまでは意志など「するかしないか」を決めるスイッチ程度にしか思っていなかったが、今ではすべての源泉であると信仰している。
意志の力なんか、じゃない。意志の力こそがすべてを――努力も、その結果も、駄目だった時に次に繋げることも可能にするのだ。
もちろん才能がなければ空回りするだけだということも十分理解している。それでも自分は賢者と呼ばれ、『魔眼』という恵まれた能力を持っているのだ。だからこそ意志――気持ちが足りなかったから失敗したなどという、みっともないことだけはしない。
クナドの頭上で変化し続けていた構築術式は最終的に巨大な『太極円図』を描き出し、その中央に描かれた円環――両義円にクナドの両掌に生じている『黎明』と『黄昏』を吸収した後、高速回転を始めた。
いよいよ約千年の時を経て、再び『黒白』が発動せんとしているのだ。
内円に生成された中央太極から陰陽が生じ、円環内を上下に貫く黒白の2線が陰極まれば陽を生じ、陽極まれば陰を生じ、円環が永遠に循環することを示している。
立体魔法陣ではなく平面となったそれが上空一帯に広がり、半回転するごとに黒に塗りつぶされ白の線で輪郭を描かれた世界と、白に塗りつぶされ黒の線で輪郭を描かれた世界が交錯する。徐々に上がっていく回転速度とともに瞬くようにして切り替わり続ける。
それが突然停止し、上空の『太極円図』と共に世界が砕け散った。
だがそれは黒と白――陰陽二極に染められていた世界がであり、元に戻った世界にはなにも起きていない。それでもクナドの寿命は想定していたものを僅かとはいえ上回って減っているのだ、『黒白』が発動したことは間違いない。
「カイン!」
「……大丈夫、どうにかすべて掌握できたよ」
だがカインは今目の前で発動した『黒白』を、『黎明』と『黄昏』も合わせて掌握できたと心配顔のクナドに告げた。
「すごいな、さすがは賢者様」
「ああ、今回ばかりは謙遜する気も起きないな。私はわりと凄い」
手放しで称賛するクナドに苦笑いを浮かべたカインは、言葉ではそういいながらも珍しく立ち上がるのではなく、つい先刻まで『太極円図』が展開されていた空を見上げる形で仰向けに寝転がった。
極度の集中と『魔眼』の超過稼働で疲れ切っているのである意味当然なのだが、常のカインであればそういうところを見せることはない。コミュ障魔法オタクに擬態していても、いや擬態しているからこそ本当の意味で弱いところは見せたがらないのだ。
だがクナドしかいないこともあって、珍しく素を出している。
実際に『魔眼』を通して見た『黒白』は凄まじすぎて、本当はクナドの寿命をどれだけ削ったかを想像するとぞっとする。だがそれをその一度で完全に掌握し、二度とクナドが『黒白』を撃たなくてもよくさせたことは素直に誇らしいのだ。
「わりとなんてもんじゃないだろ、もっと威張れ」
カインの珍しい態度に、クナドも笑っている。
「ははは、後ほどそうさせてもらおう」
確かに傍から見ている分にはクナドの言う通りなのだろう。
カインは地面に寝転がってちょっとしばらく起き上がれないくらいに疲弊していて、クナドは汗一つかかずに平然としているのだからそう見えて当然なのだ。
だがカインとしては自分に与えられた能力を振り絞りはしたがそれだけだ。
対してクナドは寿命という取り返しのつかないものを、ただカインを強くするためだけに使ってくれているのだからとても誇る気にはなれない。
『賢者カイン』⑨
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