第035話 『賢者カイン』②
「……なあカイン。逸失魔法でも一度実際に『魔眼』で見れ、ば再構築できるよな?」
今日も今日とて魔導研究棟にカインと一緒に籠っているが、状況は芳しくない。
いやもう一年半以上も同じことを繰り返しているので、うまくいかないことが当たり前になってしまっていることが一番まずいような気がする。
それもこれも俺の脳みそがカインに遠く及ばず、俺が寿命を使って発動できる技や魔法の構築術式を正確にカインに伝えられないからだ。
今俺の視界だけに映っている構築術式は、この広大な講堂を埋め尽くすくらいの多重立体球形魔法陣が複雑に組み合わさったものだ。それも静止しているわけではなく、あらゆる術式が連動して常に変動と回転を続けている。
こいつはカインから詳細を聞いて、俺の能力で再現しようとしている火属性の禁呪の一つ『煉獄』の構築術式。ただし本物の『煉獄』と一致しているかどうかは知らん。
初代勇者の救世譚で描写されている内容に加えて、カインが調べ上げた古文書や遺物の内容を基に「おそらくはこういう魔法だろう」という結論を聞いた俺が、自分の能力で再現しようとしているものに過ぎないからだ。
ただ本物の『煉獄』と一致しているどうかは知らんが、少なくともカインが導き出した『煉獄』としての効果はすべて備えていることは保証する。
面白いもので俺の能力は寿命さえつぎ込めばどんなことでも実現可能だが、魔法として破綻していた場合は構築術式をすっ飛ばして現象だけを実現するのだ。
スフィアの奇跡を模倣しようとしても構築術式は浮かばないし、勇者や剣聖の固有魔法や血統魔法を再現しようとすると一部がぽっかり欠けている。おそらくそこに魂や血や神遺物級武装がはめ込まれるのだろう。
逆に言えば行使前に構築術式が浮かび上がるということは、魔法として成立しているということでもある。
だがあまりにも複雑かつ巨大すぎて、これを俺の脳みそ程度では視覚情報をそのまま正確に、あるいは言語情報に変換してカインへ正しく伝えることが絶望的なのだ。
同じ禁呪とされてはいても、『短距離転移』はずっと単純だったということを、この一年半思い知らされ続けている。
もうこうなったら実際に一発ぶっ放して、カインを賢者なさしめている『魔眼』で直接見てもらうしかないと思うのだ。
「当然自信はある。だが禁呪とか古代魔法は文献からだけでも規模が桁違いなことは確かだし、絶対とは口が裂けても言えないな」
至って冷静な返事は、カインらしい慎重さだと思う。
だからこそこの一年半、その手段を取らずともどうにかならないかと俺たちは悪戦苦闘してきたわけだ。
「確かに桁違いの規模だよ。前にも言ったけど『煉獄』の構築術式のでかさはこの講堂とほぼ同じくらい。複数の立体球形魔法陣が複雑に重なり合って連動している感じだな。禁呪はどの属性もカタチこそ違えどみな似たようなもんだ。古代魔法に至ってはこの三倍くらいあるから、屋外鍛錬場でぶっ放すしかないと思う」
俺としてもこのバカでかい構築術式を前にしては、肩を竦めることしかできない。
たとえ再構築できたとしても、人の内在魔力量で発動させられる代物だとはとても思えないのだ。まあその辺は勇者様の固有能力のおかけで、どうにでもできるんだけどな。
「それを聞くたびに正直自信などない、と言い直したくなるな」
嘆息して微笑むカインは、いつもはほぼ閉じている糸目がうっすら開いている。
めったに目にする機会はないけど、ホントにきれいな淡い灰色の瞳をしている。
その瞳に蒼氷色の魔導光が浮かんでいるということは、今カインは無意識に『魔眼』を発動させているらしい。
その瞳と同じ色の本来は艶やかな髪もわざとぼさぼさにして前髪を伸ばしているし、話し方もあえて常に自信なさそうにぼそぼそと話しているし、第一印象では見た目の冴えない魔法オタクそのものといった印象を見る者に与えるだろう。
だけどこいつ、目をしっかり開いて身嗜みを整えれば、腹黒聖女と並んでいても見劣りしないくらいの超絶美形なんだよな、実は。今のように魔眼を発動させている時なんて、ぼさぼさの頭のままでもくそほどかっこいい。いいよな、瞳術系が似合う面。
ほぼ初対面の時になんでそういうことをしているのかと聞いたら、大笑いしながらきっぱりと「その方が生きやすいからだな」などと宣いやがった。初対面で見抜かれたのは初めてだ、とも。
ちなみにカインの本性を知っているのは腹黒聖女に続いて俺で2人目らしい。
仲良くなってからカインが擬態している理由を聞いたときは大笑いさせてもらった。
「類は友を呼ぶ」の見本か、お前らは。
王立学院での様子を見ていると、あそこまで完璧に擬態できるのであれば、もうあっちがカインの本性でもいいんじゃないかとさえ思う。ただ狙いすまして本性を晒されたら、ぶっ刺さるご婦人は多かろうと要らん心配もしてしまうが。
カインレベルにギャップ攻めされて耐えられる奴はそうそうおるまい。そのギャップ萌えに自分だけがその正体を知っているというスパイスも加わるのだ、完璧という言葉はこういう場合に使われるべきなのだろう。
だからこいつがこういう表情を(開眼)すると、男なのに見惚れそうになって怖い。
で、自信がなければこういう表情をしないんだよな、カインは。
日頃の体が大きいだけでまるで小動物みたいな立ち居振る舞いは、本人曰く生きやすくするための擬態に過ぎず、カインの本性は傲岸不遜な自信家なのだ。まあそれすらも幼い頃に身に着けた擬態の一つで、素は好奇心旺盛なだけのお人よしであることはこの一年半で分かっているのだが。
まあ実際のところ、俺もあらゆる魔法を一目で掌握して再現してしまうカインの『魔眼』であれば、魔法発動に伴って展開される構築術式を一度見れば再構築できると思っている。実際『短距離転移』の再構築には成功しているし、カインがその本性にふさわしい能力と実績を持っているのは間違いない。
ちなみに俺の能力で技や魔法を再現しようとすると、まず視界に構築術式が展開される。その時点ではまだ発動されず、したがって寿命も消費されない。
その所謂抜け道を悪用して、入学当時から俺とカインは逸失魔法の再構築に勤しんでいたという訳だ。ところが相克相性五芒星(木火土金水)系統の上位である陰陽二系統や『短距離転移』までは俺の拙い伝え方でもカインの天才性が補って何とか再構築できたが、禁呪や古代魔法となってくるとさすがにどうにもならなくなったのだ。
いや膨大な視覚情報を正確に言語化できる、あるいは精緻な絵に起こせるって、はっきり言わせていただければどんな天才様だよって話である。
能力に恵まれただけの俺には、土台無理な話なのだ。
「カインの魔眼で、俺に見えているものを見られたら話が早いんだけどな」
「他人の視界を盗む魔法か。クナドはよくそんなことを思いつけたな」
いや俺の訳が分からん言葉やミミズがのたくったみたいな絵に一年以上付き合ってきたカインのほうが凄いと思うが、俺の感じている歯痒さも大概なんだよ。カインの魔眼とその才能で俺が見えているものを共有さえできれば、たぶん一瞬で禁呪と古代魔法の再構築ができると思えば、凡人でもそれくらいは思いつくんだ。
身勝手なことは重々承知しているが、『魔眼』なのであれば他人の視界を盗む能力くらいついていてくれよと思いもする。ちなみにカインがほぼ目を閉じていていても生活に困らないのは、その魔眼のおかげらしい。
そういう意味ではカインの方が思いつていてもいいと思うんだが。
『賢者カイン』③
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