第032話 『剣聖クリスティアナ』⑨
その瞬間、大楯を中心にクリスティアナの前方半球状に巨大な魔法障壁――無数の掌大の正六角形がハニカム構造を成している――が展開される。
「なんかドラゴンブレスでも弾けそうだよね、これ」
「余裕でパーティー全員を背後に庇えるな」
掌大一つ一つの障壁でも相当な強度を誇っていそうなのを見てアドルが感心し、それがかなり大きな半球状に展開されているのを見てクナドも感心している。
「これ、任意に分割できますね」
どうやら発動時に一定の魔力を消費して発動し、常時消費型ではないらしい。
ふわふわと浮かんでいる一つ一つをクリスティアナが任意で操作もできるらしく、アドルとクナドそれぞれに100枚程度を割り振って前面に浮かべてみせた。
クリスティアナ曰く、思考で視界に捉えた対象、例えば「アドルに100枚」と考えれば、半球状の群体の端から自動的に割り当てられるらしい。
「……めちゃくちゃ戦闘の自由度が上がるなこれは」
自分を守るように浮かぶ100もの自律魔法障壁を見て、クナドはその利便性がとんでもないものだと理解した。クリスティアナがいちいち操作しなくても、クナド用に割り振られた100枚は以後、文字通り自律してクナドを護るのだ。
どれくらいまで攻撃を防げるかの検証は必須とはいえ、離れて動いても盾役の加護がある状況を保てるというのは破格の能力だ。もしも『自律障壁展開』を多重行使できるのであれば、全員が盾役並みの防御力を有して自在に戦うことすら可能になる。
掌大の魔法障壁の集合体というのも、どれだけ削られたかを可視化できるという点で優れている。
「合流したら元に戻るのも合理的だよね」
自分についてくる100枚の魔導障壁を振り切れるかどうか、大人げなく全力での戦闘機動をしていたアドルがクリスティナの元に戻ると、しばらくして半球状を形成している本体に戻っていったのだ。
クリスティアナが操作したわけではないので、盾役の防御領域に戻れば自動的にそうなるのだ。事実、アドルがもう一度距離をとると、端に合流していた100枚が慌てたように追いかけたので間違いないだろう。
『自律障壁展開』だけでも、クリスティアナの盾役としての能力は跳ね上がっている。
自分が活躍できているという喜びよりも、自分が崩れたら全員死ぬという恐怖を背負い続けなければならないのが盾役というものだ。その「仲間たちを護る」部分が強化されたクリスティアナは嬉しくてたまらない。
「もう一つは『敵意固定』? って、なんでしょうこれ」
だが続いて二つ目の固定能力を行使してみても、半球状を形成している魔導障壁の前方中心に揺れる紅光が現れただけで、それ以上は特段なにも起こらない。
「わ! わっ⁉ す、すごく魔力を消費します」
その割にはこちらは常時魔力消費型の上その消費量も膨大らしく、アドルから注ぎ込まれる魔力量が急激に跳ね上がったことにクリスティアナが狼狽している。実験なので発動を維持してはいるものの、経験上この供給量を受け続けたまま、まともな戦闘機動が可能なのは10分前後が限界だろう。
「アドル、適当な方向へ向かって魔法弾と技を撃ってみてくれ。クリスティアナ殿下はしばらく今のこれを発動維持したままにできますか?」
しばらく待ってもそれ以上なにも起きない状況だったが、クナドが『照準固定』の言葉からなにか思いついたらしく、具体的な指示を2人に出した。
「アドル様からの供給量が跳ね上がっているので、恥ずかしながら今の私では10分程度が限界だと思います」
すでに熱が上がり始めているクリスティアナが、それでもなんとか冷静に発動維持が可能な時間を答える。クナドとしてはそれで充分だったし、アドルはクリスティアナが苦しそうなにしている気配を察して、速やかにクナドの指示に従った。
まずはなんの変哲もない魔法弾を誰もいない方向へ撃ち放つ。
魔導弾は発動時に目視していた対象へそれなりの追尾性を有しているものの、必中とは程遠い。今のアドルのように適当に撃っただけであれば、ただまっすぐに飛んで何かに着弾するまで飛翔するか、その前に飛翔に魔力すべてを消費して消滅するかだ。
だが今は、嘘のように揺れる紅光に大きく弧を描いて向かい、魔導障壁に衝突して消滅した。少なくとも掌大の魔導障壁は、勇者様の魔導弾一発では抜けないらしい。
「なにそれ?」
初めて目にする現象に思わず呆れたような声を出したアドルよりも、無言のままのクリスティアナの方が驚いた表情を浮かべている。
ただクナドからの指示は魔法だけではなく技もとのことだったので、アドルは使い慣れた――というよりも最近は戦闘中ずっと発動させている『雷撃閃』を発動させた。
いつも通り雷を身に纏い、前方へ跳ねるように移動した――つもりだったが先の魔導弾と全く同じように、アドルの意志を無視して揺れる紅光へ突進、100枚の魔導障壁が本体の群れに激突して対消滅する。アドルが身に纏っていた雷撃に何枚かが割砕かれ、その隙間を埋めるようにして他の正六面体が移動した。
自分に割り振られた魔導障壁のおかげでアドルはダメージは受けていないが、それがなければ脳震盪程度は起こしていたかもしれない。本人としては全く意図しないままに『雷撃閃』の勢いで魔導障壁に激突したのだ、鳩が豆鉄砲をくらったみたいな顔をしている。
いきなり目の前で激突されたクリスティアナも似たような表情を浮かべているが、それでも発動を維持できているのは訓練の賜物である。魔力を常時消費する任意発動型の技や魔法をびっくりした程度で途切れさせていては戦闘にならないので、盾役の訓練としては「動じても切らさない」ことが初歩の初歩となるのだ。
「……クナド?」
「…………」
だがその結果を受けて、どうもこうなることをある程度わかっていたらしいクナドにアドルが言葉で、クリスティアナは目線で説明を求めるのは当然だろう。
「たぶん、強制的にあらゆる照準――攻撃を集める能力だ。魔物の行動だけではなく魔法や技の照準すら強制的に固定できるって、とんでもない能力だぞ、これ。クリスティアナ殿下、『敵意固定』を発動する場所を指定できませんか?」
「で、できます!」
「でしょうね――大剣の固定能力もありますよね?」
2人に対する説明というよりも、自分の考えに沈んでいるクナドである。
魔物の敵意を集める技は盾役には必須。
『挑発』が汎用的なそれにあたり、ありふれた冒険者パーティーでもそれが使えなければまず盾役は務まらない。発動範囲の魔物は一定時間、もしくは一定以上のダメージを別の誰かから与えられない限り『挑発』を使用した者にしか敵意を向けられなくなる能力だ。
それと同じことを発動した技や魔法にも適用できるとなれば、クナドの言うとおりそれはとんでもない能力だろう。発動者の意志や魔法そのものの照準すらも含めて敵意とされるのであれば、それこそ神話に記されている禁呪や古代魔法――大星墜や大海嘯などの超広範囲発動型魔法でもない限り、まず狙い通りに当てることが不可能になるのだ。
しかもそれをクナドが問うた通り任意の場所を指定できるのであれば、防御技や魔法で耐える必要すらなくなる。ただ被害の及ばぬ場所に無駄撃ちさせればそれで済む。それどころか正確に使いこなせるようになりさえすれば、同士討ちすら狙えるだろう。
「は、はい、大楯と同じく二つあります。一つは『月穿光剣』」
クナドの指示に素直に従ったクリスティアナは『照準固定』を一旦停止し、今度は大剣の固定能力である月穿光剣を発動させる。
「ははは」
「盾役じゃないな、これはもう」
それを見てクナドが乾いた笑いを漏らし、アドルが言葉だけであればダメ出しとも聞こえることを平坦な声で口にするのも仕方がない。
大剣として長さはともかく細身であった刀身を芯として魔力の刃が形成され、まさに大剣というシルエットを魔力で形作った。それだけでも充分驚愕に値するのに、そのまま鍔周りが機械的に展開、それに合わせて刃幅と刃長が広がりはじめたのだ。
「あ、これ調整できます!」
このままアドルからクリスティアナに注がれる魔力に応じて巨大化を続ければ、最終的にはそれこそ初代勇者の如く山も海も終いには天――星すら割りかねないありさまだったが、その一言で普通のというには大剣が過ぎるが、ともかく人が持ちうる大きさにまで縮んでくれた。
『剣聖クリスティアナ』⑩
12/11 17:00台に投稿予定です。
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