第030話 『剣聖クリスティアナ』⑦
慣れるまではちょっと体調不良になって発熱すること、発熱については慣れてからも消費魔力、つまりは絆魔法を通してアドル様から供給される魔力量に比例して高熱化することは、アドル様もクナド様も正確に把握されておられました。
しかしそれはけして命を脅かすような発熱ではなく、例えるならば激しい運動をしている際の発熱の域にとどまっており、体を鍛えればなんとでもなるという認識をしておられたのです。
アドル様の妹君であるクレア様が対象の話なので、そこには楽観論に基づく一切の油断などは存在しておらず、私にとってもそれは厳然たる事実でした。
ただしクレア様は嘘などついておられませんでしたが、『絆魔法』を受けることによって生じる躰への影響について、その詳細は黙っておられたのでしょう。
いえ私も1人の女性としてそうされた気持ちはよくわかります。しかも妹のお立場で、お話を聞いている限りでは慕っておられるのだろうクナド様に対してあんなことを委細漏らさず報告するなど、いっそ殺せと言いたくなるでしょう。
まず、内在魔力が生みだされるとされている鳩尾に熱。
そこから触手で全身の内側を弄られるような感覚。おそらくこれは魔力によって作られた触手によって、実際に全身を走査されていたのでしょう。
人の内在魔力は十人十色、文字通り魔物から抽出される魔石に自分の魔力を込めれば唯一無二の色に輝きます。魔石はそれを均一化し、魔力が必要な魔道具などを問題なく稼働させてくれるからこそ、空になった魔石でもその大きさによってはとんでもない値で取引されるのです。もし人にも魔石が使えたら、その価値はもっととんでもないものになっていたはずです。
つまりアドル様の魔力を注がれる私の体を調べ、アドル様の魔力を私の魔力に調整するための情報を収集していたと考えていいはずです。
その時点で王女でありながら、旦那様になる方以外に聞かせてはいけない声を出してしまったのは一生の不覚でした。
魔力でとはいえ全身を弄られて痛みを感じないわけがなく、それを麻痺させる何かが魔力によって生成されていたのでしょう。誓って快感だけではありませんでしたが、痛みもなしにあんな感覚を全身に走らされて立っていられるわけがありません。
膝から力が抜けた私を反射的に支えてくださったアドル様に夢中でしがみついてしまったのは不幸な事故でした。アドル様がとても意識してくださったのと、クナド様がみていないふりをしてくださったのでよしとしましょう。お2人とも今に至るまでこの時のことを一切話題に出されませんし。
次に私の内在魔力が根こそぎ吸い上げられる感覚。
常時生成されている内在魔力をも啜り上げられ、強制的に内在魔力が一切存在していない状態にされたのです。
続いて空っぽにされた私の中へ、本来の私の内在魔力に可能な限り寄せられたアドル様の魔力が物凄い勢いで注ぎ込まれました。それが先ほどの触手を伝い、私の体の隅々にまで広がって行きました。
アドル様の魔力で全身を貫かれ、私の躰が創りかえられてゆく。
私が思い出せるのはその感覚だけで、アドル様に縋りついた私がどんな様子だったのかは一切覚えておりません。
クレア様の際には私ほどひどくはなかったらしく、アドル様もクナド様も本気で慌てていたのだとお聞きしています。それでも具体的な様子を一切語られないということは、私としても聞かぬ方がよいということだと思います。
内在魔力は十人十色千差万別で、全く同じものは存在し得ない。
それはアドル様の『絆魔法』をもってしても覆せないのでしょう。
魔力経路を対象者と繋げるだけでも奇跡の域ですが、たとえそこから異なる魔力を注ぎ込まれても技も魔法も発動させることなどできません。
ではどうするのか。
その答えは、対象者の魔力を可能な限り分析し、体が耐えられるぎりぎりまで調整した魔力によって対象者の内在魔力そのものを上書きする――躰ごとつくりかえられることでした。
兄妹であるアドル様とクレア様は内在魔力も似通っており、この工程がほとんどクレア様にとっては負荷のかからないものであったことが見落とされていたのだと推測されます。
つまり私は心を染められる前に、躰を染められてしまったのです。
アドル様の色に。
実はいまでもアドル様から魔力供給を受ける際は都度腰が砕けそうになっておりますが、あの時の感覚とは比べ物になりません。あれを最初に覚えさせられたからこそ、戦闘中にあんな感覚に襲われても、どうにか踏ん張れている気がします。
そのおかげで剣聖としての技も魔法も使い放題になれたのです、感謝こそすれ文句を言うことではありません。事実私はアドル様に心から感謝しており、すでに身は捧げたようなものですから、あとは一日も早く心も捧げられるようになれればと鋭意努力を重ねております。
政治的下心があるのが明確な私などアドル様には躰くらいしか価値がないかもしれませんが、こうも思うのです。私の躰を好き勝手につくりかえて、今もご自身の魔力を注ぎ込んでおられるのだから、最低限の責任くらいはとっていただいてもいいのではないかと。
もっとも私が得ている感覚は、特殊なのかもしれません。
同じ立場だからと油断して明け透けに語ってしまったクレア様には
「わ、私は、そこまでじゃないです! ごめんなさい!」
とクナド様の表現をお借りすれば「どんびき」されてしまいました。
勇気を出して、クレア様の時の反省も含めてかなりオブラートに包んで相談したスフィア様には
「……淫靡な王女殿下ですね」
とにっこり微笑んで一刀両断されてしまいました。
私は魔力供給を必要となしない聖女でよかったですと、可愛そうな人を見る目で見られもしました。
さすがにひどくないでしょうか。
ですが確かにクナド様を『愛しい人』と呼んでおられるスフィア様が、アドル様の『絆魔法』を受けてしまうのは問題がある気が私も致します。聖女様が行使される奇跡に、内在魔力が必要ないことは僥倖だったのかもしれません。
唯一私と同じ状況であるカイン様に、男性の場合はどんな感覚なのですか? とこちらの情報は一切提供せずにお聞きした際に
「男女で差はあるものなのか? いや私は特になにも感じたことはないが、有難い限りではあるな」
と仰られた時はさすがに絶句しました。
もしかして私だけなのでしょうか、こんなはしたない感覚を得ているのは。
クレア様にどんびかれ、スフィア様が仰られたように私がいやらしいだけだったとしたらかなりショックです。
それでも私が『剣聖』して――勇者パーティーの盾役として機能するためには、アドル様からの魔力供給を受けないという選択肢は存在しません。
どれだけ私がいやらしい残念王女であっても、そこだけは揺らぎません。
仕方がない、そう仕方がないのです。
ですけれど。
もし私が得ている感覚が、アドル様の意志によって左右されるものだったらいいなと思ってしまっている時点で、もう私は躰だけではなく心まで染められてしまっているのかもしれませんね。
『剣聖クリスティアナ』⑧
12/10 16:00台に投稿予定です。
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