第028話 『剣聖クリスティアナ』⑤
それに勇者様が魔王を討伐した暁には、我が国の王として迎えると国王陛下は仰っいました。
そのためにも勇者様と魔王討伐の旅を共にする私が、勇者様のお気持ちをどんな手段を使ってでも奪えとお命じになられた。勇者の末裔であることを正統性の根拠としている現クリスタニア王家へ、新たな勇者様の血を迎え入れることは必須なのだと。
その選ばぬ手段の一つとして、私は王立学院に入学することだけではなく、寮で生活することさえも許されたのです。幸いにして王族としての権威付けなど、勇者様に気に入られることに比べれば、そうたいしたことではなかったのでしょう。
――母親にそっくりなお前なら、平民の男一人を骨抜きにすることなど容易いだろう。
将来を誓った幼馴染がいた年の離れた子爵家令嬢(お母様)を、王家の権力で無理やり自分のものにした下種がそう口にしたのです。お母様にすべてを諦めさせるためだけに産ませた、私に対して。お母様がずっと慕っていた伯爵家三男(方)を、最前線に送り込んで亡き者にした人でなしが。
そう命じられた私は、絶対に魔王を討伐してこの世界に平和を齎したいと思いました。そして国王陛下には一日でも長く生きていただきたいとも。
私は王立学院での3年間と、魔王を倒すための旅路を通して絶対に勇者様を私に夢中にさせると覚悟を固めました。国王陛下に言われるまでもなく、そのために必要なことであればどんなことでもすると魂に誓ったのです。
そして世界を救った英雄王に、前王の処遇を好きにする許可を頂くのだ、と。
それは今でも変わってはいません。
ですが私が好きにならなければならない勇者様が孤児院出身だと知り、詳しく調べたときには少なからず落ち込みました。
自分が恵まれた立場に生まれたことを分かったつもりで、だからこそより良い世界にすることこそが自身に課された義務なのだと思っていたことが、どれだけ世間知らずなのかを突き付けられたからです。
私の辛い、悲しい、苦しいという思いは、本当に生きるか死ぬかの飢えや、人としての尊厳をすべて奪われて奴隷として売り払われる子供たちに比べて、どれほど甘えたものなのかを、少なくとも頭でだけは理解できたのです。
それでも私の願いは、すべきことはなにも変わりませんでした。
ただそれらは余禄のようなものになり、私の中で最優先されるのはそんな世界を「仕方がない」と言わせる状況を生み出している、魔王を討伐することになったのです。
ですが覚悟さえ固めればすべてが思い通りになるのであれば、人は魔王に蹂躙されるがまま百年も耐え忍んでなどいないでしょう。
先代勇者の力に目覚めたとはいえ、私もまたみなと同じように力が足りていませんでした。要領だけはよいらしく早期にすべての技、魔法を使えるようにはなれましたが、肝心のそれらを使いこなすために必要な内在魔力が、圧倒的に不足していたのです。
もちろん王家に生まれたおかげで、将来的に勇者の力に目覚める可能性に期待され、幼少時から内在魔力を伸ばすためのあらゆる手段は講じられていました。日常的な訓練から食事、生活習慣に至るまで、効果があるとされていることは一つ残らず行われていたのです。
結果、『魔術塔』に属する魔法使いたちの中央値はもとより、平均値すら大きく凌駕する保有、生成双方の内在魔力をこの身に宿すことができました。私自身の危機感と王家の経済力もあり、努力でどうにかなる部分はすべてやった結果だと言っていいと思います。
ですが先代勇者様の技、魔法を発動させるために必要な魔力量は大きすぎました。
年齢一桁の間に可能な限り伸ばした私の内在魔力でも、剣聖――盾役として必須となるものは一通り単発発動させることがせいぜい。いくつかに絞ったところで、発動時間に換算すれば一時間も持たない継戦能力に過ぎないという事実。
わざわざ伝説を紐解かなくとも、ここ百年でも十数時間にわたって戦闘を継続した記録は溢れています。つまりそんな魔族を相手にした場合、私の内在魔力が持っている間に勇者様、賢者様、聖女様に倒してもらわねば負けるという、私は不完全な剣聖だったのです。
しかも賢者様の内在魔力量は私とは文字通り桁違い、聖女様の奇跡はそもそも内在魔力を必要としません。勇者様に至っては賢者様すら数倍する保有量と、実質無限といっても過言ではない生成量を誇っておられた。
私だけが足りていない。
その厳然たる事実は、劣等感などよりよほど恐ろしい想像を私に強いました。
それは私のせいで勇者パーティーが壊滅し、人が滅びるという可能性です。
確かにあらゆる魔術をその膨大な内在魔力を以て駆使する賢者様と、治癒を筆頭にあらゆる味方支援、敵弱体の奇跡を無制限に行使可能な聖女様。それに加えて聖剣によって与えられる13の勇者専用技や魔法を無限の魔力で連続発動できる勇者様がいれば、どんな敵でも私が機能できている間に倒せてしまえるのかもしれません。
ですが勇者パーティーが崩壊するとすれば、それは間違いなく私という綻び、弱点からになるのも厳然たる事実。
――それでも愚直に与えられた王立学院での3年間で、内在魔量を伸ばすしかない。
そんなことができるはずがないことなど、わかっていたくせに。
入学当時の私はそうやって問題を先送りし、現実逃避しかできなくなっていました。
そんな時でした。
王女として勇者様の動向を常に把握できるようにするため、王立学院内の主要施設各所に設置された王家保有の収音魔法――クナド様曰く盗聴システム――から、勇者様とその親友の会話が聞こえてきたのは。
ええと、言い訳をさせていだきますと当時の私は少々……どころではなく病み気味でして、1人きりで寮の部屋にいると嫌なことばかり考えてしまうため、常に王立学院中の収音魔法を聞く癖がついていたのです。
ほら、虫の音や風の音、鳥や獣の鳴き声といった自然の音が心を癒してくれると申しましょうか。けして、けっして勇者様のプライベートを盗み聞きしたいなどという歪んだ欲望を抱えていたわけではないのです。
ええ、神様に誓って。
……その証拠と言わけではないですが、アドル様にもクナド師匠にも収音魔法の設置されている場所と、それを聞く権限をお持ちの方の情報はすでにすべて共有しております。ついでと言ってはあれなのですが、もちろん背中を預けあう仲間となるカイン様とスフィア様にも。
クナド様の表現をお借りすれば、全員が「どんびかれて」おいででした。
全員から「寮の部屋にはない、よな(ですよね)?」と真顔で聞かれたのは当然だと思います。
ええ、ありません。
ありませんとも。
カイン様は「これだから逸失魔導技術系は……この僕が探知できないなんて……」とショックを受けておられましたが、確かに収音魔法は古代魔道具によるもので、初代勇者様が残されたものを王家が利用していることを見抜かれたのは凄いです。
スフィアちゃ……様にだけ「その魔道具はもう残ってはいないのですか?」と尋ねられましたが、残っていたとしたらどうされるつもりだったのかは聞かない方がいいでしょう。残念ながら本当に残ってはおりませんし、残っていても今の私の立場で自由にできるものでもありませんし。
『剣聖クリスティアナ』⑥
12/9 17:00台に投稿予定です。
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