第026話 『剣聖クリスティアナ』③
でもまあ、俺以下のモブについてはそれはそうなのだ。
魔王を倒し得る英雄候補たちに、B級冒険者相当や王立学院の教師、ちょっと成績のいいだけの生徒が通用するわけがない。魔王ってのは文字通り化物なのだ、それを倒す者たちも化物なのは至って当然だろう。
それに「俺が育てた」など、とてもではないが言えない。
入学直後までは「俺が育てる」などと思いあがっていたことは否定しないが、アドルもクリスティアナ殿下も自分で育っただけで、俺はちょうどいい訓練相手程度にはどうにかなれたというだけだ。
冒険者としては上澄みになれるB級相当の戦闘力が、ちょうどいい初期の訓練相手というのはとんでもない。まあだからこそ魔王を倒せるともいえるのだろう。
「へいへい」
にもかかわらず、2人とも師匠呼びを改めてくれるつもりはないらしい。
じゃあもうしょうがない、他人からの俺の評価をどうにかすることは潔く諦めるとしますよ。こうなったら虎の威を借る狐を極めてやろうじゃないか。絶対に卒業までに、俺に悪態をついた奴に「そんなことを言ってもいいのか? 俺の弟子たちが黙っちゃいないぜ?」って一度は言ってやる。
だけどみんな賢いから、露骨に態度に出したりしないんだよなあ……
聞こえるか聞こえないかギリギリのところで、俺にだけ聞こえるようにひそひそやられるのは結構心に来るんだぞ。俺の図太さ、図々しさに感謝してもらいたいものだ。
「クナド、不敬だよ」
「それこそ師匠の特権ってことで許してくれよ」
捨て鉢になった俺の態度に対するアドルのご指摘は御尤もだ。
だが王族や聖教会や魔導塔の威を借る身としては、それぞれの偉いお方にぞんざいな口を利くのは基本だとは思わんか?
あくまでも俺のことを師匠呼ばわりするのであれば弟子らしくしたまえ。
弟子なら師匠が黒といえばそれは黒、白といえばそれは白とするべきだろう?
違うというなら、頼むから師匠扱いをやめてくれ。
「まあ」
だがもはやふざけているとしか思えない俺とアドルの会話と仕草に呆れた態で、クリスティアナ殿下は頬に手を当てて嬉しそうにしておられる。
この人は本気で、アドルと俺には自分と対等に接して欲しいと思っておられるらしい。
そのあたりはまだ頑ななアドルも、俺が砕けた接し方を受け入れたらその影響を受けてくれるかもと期待しているのだろう。確かに結婚してもアドルが今のような態度のままなら、いろいろとやりにくいというのは理解できますが。
「師匠特権とおっしゃるならば、王城にいらしてくださればよかったのに」
「いやそれこそ勘弁してください」
くすくす笑いながらのクリスティアナ殿下の言葉に即答したのは、俺ではなくアドルだ。確か冬休みに入る直前に誘われた際にも、アドルはきっちり断っていたな。
「個人的には行ってもよかったのですけどね。ですがこのヘタレ弟子殿がまだお義父様とお義母様にご挨拶さし上げる度胸がない、などというものですから」
嘘である。
ただでさえ堅苦しい王城で、公式行事がギッチギチに詰まっている年末の3日、年明けの5日を過ごすなど願い下げだ。
貴顕の方々と接する際の平民の作法は一通り覚えてはいるものの、知っているからといってその通りに振舞えるかどうかは別の話だ。それにせっかくの休暇にわざわざ気疲れしたくないという理由よりも、せっかくの長期休暇に支配階級の方々と空虚な会話をするために、貴重な鍛錬の時間を削るなど論外なのだ。
今の勇者たちに必要なのは政治力ではなく、魔王を確実に倒せる力なのだから。
「それならクナドだけでも行けばよかったじゃないか」
にもかかわらず誘いを断ったことを自分だけのせいにされて、アドルがむくれた。
いやまだしも行く意味があったのはアドルの方だろう?
ご両親に御挨拶云々はまだ冗談にせよ、クリスティアナ殿下のお相手として、支配階級の方々との交流を持つ意味はアドルになら確実にある。
俺の場合は「こいつなにしに来たん?」としか思われないだろう。
それに――
「そんなことをしてみろ、すわ破局かと大騒ぎだぞ?」
「否定はできませんね」
俺の指摘に、クリスティアナ様も困ったような表情を浮かべられる。
アドルとクリスティアナ様の交際は、アルメリア中央王国が国家として望んでいることなのだ。ぶっちゃけてしまえば2人が本当に好き合っていようが、義務でそう振舞っているだけに過ぎなかろうが、そんなことは二の次、どうでもいいことだろう。
大事なのは自国の貴族や国民たちはもちろん、他国――汎人類連盟の各国からも将来的に2人が結婚するのだと信じてもらえる事なのだ。
そんなところへ肝心のアドルではなく、どこの馬の骨とも知れない俺がのこのこ現れたら大騒ぎである。あくまでもクリスティアナ様は冗談で「師匠特権」などと口にされただけで、アドル抜きでそんなことができるはずがないことなどご承知なのだ。
アドルもそれくらいはわかっているので、売り言葉に買い言葉で馬鹿なことを口にしたと少し悔いた表情を浮かべている。
うん、俺も要らんことを言って悪かった。
入学してから1年もたっていないというのに、すでにアドルは勇者として気を遣わねばならないことばかりが増えてきて、大変なのはわかっている。
ならまだ気楽な立場である俺が、もう少し気を使うべきなのだ。
入学以前のように、お互い思いついたままに毒舌を応酬していい相手ではなくなりつつあることを受け入れなければならない。
少々寂しくはあるが。
力を持つ者の責任など個人的には馬鹿々々しいとは思うのだが、たとえ一方的に押し付けられたものであっても、特権を享受しているからには最低限の義務は果たさねばならないというのは尤もだ。
勇者様ってのも楽じゃないな。
『剣聖クリスティアナ』④
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