第025話 『剣聖クリスティアナ』②
ただいくらアドルの顔が整っているとはいってもアホ面はアホ面なので、想い人の前で無防備に晒すのはどうかと思うのだがいいのか? まあ一緒になってしまえば隠しようもないのでいいのか。なによりもクリスティアナ殿下がきりっとしたアドルより、自分にアホ面を晒してくれているアドルの方が好きそうだからまあいいか。
当然クリスティアナ殿下はご自身が俺を『師匠』として扱うことのメリット、デメリット双方をよくご理解の上なので、俺が訴えたところでどこ吹く風である。
それに確かに言われた通り、クリスティアナ殿下が師匠呼びをやめてくださったところで、あの魔法狂いと腹黒がいる限り、まさに「いまさら」ではあるのだ。
ほんとにもう、あいつらは……
「クリスティアナ殿下も、アドルを『愛しい人』呼びでもされてみてはいかがですか?」
ただ一矢も報いられないのはさすがに癪なので、アドルを生贄に王族を揶揄える状況を召喚、恥ずかしい呼び方を提案してターン・エンド。
「よろしいのですか⁉」
だがしかし、まさかの喜色満面でアドルに問いかけられて俺は鎧袖一触で敗北。
くっそ、やはり肚を固めた王族ってやつは強い。
問うたアドルが許可を出せば、本当に今後そう呼ぶ覚悟が決まっていらっしゃる。
クリスティアナ殿下としてはそう呼ぶのは吝かではないどころか望むところだが、アドルの立場を慮って我慢しているのだ、という状況を瞬時で組み立てるのだから恐ろしい。
「すみません、さすがにそれは勘弁してください……ちょっとクナド?」
しかも生贄に捧げたアドルが、真っ赤になって俺を非難してくるおまけつきときた。
しかし勘弁してくださいと言いつつ、なんぞその締まりのない顔は。ぜったい2人きりの時にそう呼ばせるつもりだろうお前。
クソが。
いや自分で蒔いた種なので、アドルが鼻の下を伸ばすのを非難できる立場ではない。ないのだが――
「少しは俺の気持ちがわかったか?」
「……正直すまんかった」
アドル貴様その言い回しは俺の真似だな? 要らんことばっかり身に付けんな。
ともあれ、同じ男同士だからこそ通じることもある。
好きな相手からそう呼ばれて嬉しいことと、他人の目がある場所でそう呼ばれるのがキッツいことは両立するのだ。
『あの聖女様に愛しい人と呼ばれるなんて、同じ男としては羨ましい限りだよ』などと、らしくもない悪い顔をして笑っていたことを大いに反省してもらおうか。
勇者の肩書を持つアドルでさえ、格上と見做している王女殿下から人前で『愛しい人』と呼ばれるのは素直にきついと思ったのだろう? モブに過ぎない俺があの聖女様から『愛しい人』と呼ばれているいたたまれなさを、少しは理解しやがれ。
しかもクリスティアナ様は本来の純真清楚をベースに王族としての分別がついておられるからまだいいが、こっちはあの腹黒が相手なんやぞ。
真顔で他人には「も、もちろん恥ずかしくはありますけれど、クナド様がそう呼んで欲しいと仰ってくださったので……」などと頬を染めて恥ずかしそうに俯きやがるんだ、あの黙っていれば清楚の極致みたいな整ったお顔で。
それを聞いた連中は、道端に酔っ払いが吐き散らかした〇ロを見るような目で俺のことを見やがる。
今の俺の評価は勇者様の幼馴染なのをいいことに、世間ずれしていない王女殿下、賢者様、聖女様をだまくらかして、いい立ち位置を確保している度し難いクズなのである。仲間内で俺だけが、憧れの人たちに寄生している害虫扱いされているといったところだ。
つらい。
しかも「そりゃ勇者様を幼い頃から騙しているんだから、王女殿下や賢者様、聖女様をだますことなんて簡単だよな」みたいな感じで、アドルもしっかり被害者側にいやがる。
まあ確かに救国の英雄となる強者たちの中に弱者が偉そうな顔して加わっていれば、そういう扱いになるのは理解できる。俺だって他人事なら同じような見方になるだろう。
でも周囲が思っているほど、勇者様も王女殿下(クリスティアナ様)も聖女様も世間知らずじゃないんだよなあ……賢者様だけはどこが賢いねんと言いたくなるほどなのだが。
どちらかといえば俺の方が振り回されている、というのが主観的な感想である。
「よろしいではありませんか、私も含めて誰も嫌味などでそうお呼びしているわけではないのですし、どっしり構えておられれば」
「とは仰いますけどね。その弟子に一本どころか、すでに互角以上になられてしまった身としてはですね……」
クリスティアナ様は慰めなどではなく、本気でそう思ってくれているのはわかる。だが俺は最近、王立学院入学直後に偉そうに口にした自分の言葉をとても反省しているのだ。
――1年生の間に最低でも1本は取れるように、2年生の間に互角、3年生では俺程度は圧倒できるようになれ(キリッ)
そんなことを口にしていた奴がまだ一年生も終わっていない現状で、すでに5本のうち3本を取られる為体だったらどう思いますか、っていう話なんですよ。
ほんとにみっともない。
「クナドと互角になれたからって、僕がクナドの弟子であることはなにも変わらないよ。クナドがいてくれなかったらそもそも勇者になれた力にも覚醒できてなかっただろうし、今ほど強くもなれなかったのは間違いない。もっと自信をもって師匠面しててよ」
「そうですよ。私が勇者パーティーの皆さんとここまで仲良くなれましたのも、クナド師匠がいてくださったおかげなのですから。それにご自身を超えるほどの弟子を育てたのですから、それこそ正しく師匠ではありませんか?」
うん、だからアドルとクリスティアナ殿下がじゃなくて、本気でそんなフォローを入れられている俺がどう思うかっていうのを、少しだけでも想像していただけたら助かります。
いやもうホント、いたたまれない。
王家、聖教会、魔導塔のすべてから勇者と認められるほどのアドルの潜在能力ってやつを、完全に甘く見ていましたわ。それにアドルだけではなく、先代勇者の血を継いでおられるクリスティアナ殿下のことも。
そりゃまあ剣聖の称号は伊達じゃないよな、剣術において右に出る者がいないからこその剣聖ってのは、言われるまでもなく当たり前の話でしかない。
もはやクリスティアナ殿下は、アドルであってさえ剣においては遠く及ばない。
技や魔法の一切を禁止した勝負で剣聖から一本取ることなど、生徒はもちろん教師も、聖剣を携えた勇者ですらもはや不可能なのだ。
『剣聖クリスティアナ』③
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