第024話 『剣聖クリスティアナ』①
遡った時を、今少し先に進める。
アルメリア暦1990年、新誕期6の日。
クナドとアドルが王立学院に入学してから約9ヶ月が経過し、二学年へ進級する少し前。
冬期休暇中に新年を迎えるため、基本的に全寮制である王立学院の生徒たちはその大部分が各々の実家に帰省している。13の日から第三学期が開始されるので、まだこの時点では寮に戻ってきている生徒はほとんどいない。
この9ヶ月の時間で勇者パーティーとなるメンバーとそれに加えてクナドの5人は、すでに入学直後とは比べ物にならないほど親しくなっていた。
中でも『剣聖王女』クリスティアナとは顕著である。
久しぶりに教皇庁と魔導塔に戻った聖女スフィアと賢者カインはぎりぎりまで寮には戻ってこないつもりなのに対して、王城での公式行事が5の日までに終わった途端、クリスティアナだけがさっさと寮に戻ってきているほどだ。
そんな彼女は現在、クナドのことを『クナド師匠』と呼び、アドルのことは『アドル様』と呼んでいる。
すでにアドルとは「魔王を倒した暁には結婚する」という、ちょっとどうかと思う前提で公式および真剣にお付き合い中であり、クナドには一番弟子であるアドルにならって弟子入りしている状況なのである。
勇者アドルと剣聖王女クリスティアナを弟子とし、常に2人に纏わりつかれているクナドはすでに王立学院の有名人である。加えて賢者カインが『教授』と呼び、聖女スフィアに至っては人目も憚らずに『愛しい人』呼ばわりなので、入学初期と違ってクナドを軽んじられるような生徒は、上級生を含めてもはや1人もいない。
だがそれはクナドの能力を知ったからではない。
現時点でもクナドは優秀ではあれども、けして勇者たちと肩を並べられる力を持っているとは思われていない。
それは勇者たちがそれぞれの思惑に従って、クナドの本当の力を知られないように立ち回っているからである。
◇◆◇◆◇
「新年おめでとうございますアドル様、クナド師匠。本年もどうかよろしくお願いいたします」
俺とアドルは今日も今日とて、クリスティアナ殿下が王族特権で確保してくれた学院内の建物、学院生たちから『勇者の館』と呼ばれている豪邸の一室でのんびりしていた。
のんびりというよりも、だらけていたといった方がより正確な状況か。言い訳を言わせてもらえれば、育成効率の面から最近の午前中はあえてこんな感じで過ごしているのだ。
そんなところへ、予想外にとびっきりの笑顔を浮かべたクリスティアナ殿下が新年の挨拶とともに姿を現されたのだ。
いや年が明けてからまだ6日目だぞ? 王城では確か5の日まで公式行事があったはずなのに、その翌日に戻られるとはさすがに想定外が過ぎる。
てっきり賢者様や聖女様と同じように、剣聖王女殿下も新学期が開始される13の日に間に合うように、それまでは実家でゆっくりされると思っていた。その間にアドルと二年生になって以降の計画を立てておこうと思っていたのだが、あてが外れたな。
まあクリスティアナ殿下の実家は王城なのだ、「ゆっくりなんてできませんよ」と言われてしまえば、そうなのだろうなとしか思えんのも確かだが。
実家が家族以外がわんさか生活しているお城とか、まるで寛げる気がしない。
実際は私室が実家みたいなものなのだろうが、それはそれで物悲しい気もするし。
「おめでとうございます。こちらこそ今年もよろしくお願いします」
まーしかし、アドルの嬉しそうな顔。
ご主人様が帰宅したときの忠犬もかくやという様子だ。もしもアドルに尻尾が生えていたとしたら、間違いなく千切れるほど振っていることだろう。
その様子から察するに、アドルも今日戻られるとは知らなかったらしい。
確かに第一王女にして剣聖の地位にあるクリスティアナ殿下なのだ、公式行事を済ましたからといって、確実に今日戻れるとは限らない。本来であれば主要な諸外国をはじめとして聖教会、魔導塔とのあれやこれやで、新学期開始ぎりぎりまで拘束されたとしてもなんの不思議もない。
大国のお姫様、しかも年頃で美しく、おまけに――ビック〇ンガム的な意味のおまけだが――『剣聖』と呼ばれる程の能力を備えているとなれば普通はそうならざるを得ない。
だが現状では勇者であるアドルとの良好な関係を維持することの方が、それらの些事よりもよほど重要だと王家に見做されているのだ。それはいいことではあるのだろう。
少なくとも王家が、勇者を軽んじてなどいないという証拠の一つではある。
クリスティアナ殿下の性格からすれば、そんな状況であることを知りつつ戻ってくる日を確約するような真似はなさらないだろう。
となればアドルですら知らせされていなくてもまあ……仕方がないか。
「おめでとうございます。ですが『師匠』は勘弁してくださいと何度申し上げれば……」
ただそうして勇者を重要視してくれるのは有難いのだが、そのついでに幼馴染に過ぎない俺にまで要らん気を使ってくれているのは、正直ちょっと面倒くさい。
無事に魔王を討伐できたとすれば、平和を得た世界で覇権国家となることが確実なのがこのアルメリア中央王国だ。その次代女王、あるいは王妃が『師匠』扱いしてくるのだ、そりゃ教師も生徒も関係なく俺に対する態度を丁寧なものにせざるを得ないだろう。
その場合、勇者様も王配か国王陛下になるわけだし、俺は将来の国王陛下夫妻の親友兼師匠というわけだ。そりゃ上位貴族のお歴々ですら気を使ってくださる立ち位置だというのは理解できる。
虎の威を借る狐そのもので情けない限りだが、周囲の連中としても虎の威を借りている狐を軽んじられるわけがない。それは虎そのものを軽んじることと同義なのだ、よほどの馬鹿でもない限り故事と同様に態度に出せるはずがない。
『虎の威を借る狐』という言葉は存在してはいても、君子であれば口にできない、してはいけないものなのだろう。故事とは異なり、虎が自ら望んで貸していることを知っていればなおのことである。
まあアドルとつるんでいる以上、差別だ、嫌がらせだと要らん迷惑をかける心配がないという点では有難くもあるのだが。
「いまさらではありませんか? 私が師匠とお呼びすることを控えたところで、クナド様のことを賢者様は『教授』とお呼びされていますし、聖女様に至っては『愛しい人』ですよね?」
俺の訴えに目を丸くしたクリスティアナ様は、くすくす笑いながらそう仰る。
まあしかしこの1年で入学当時の固さが取れ、自信を得たクリスティアナ様の立ち居振る舞いは、まさに王族らしい泰然とした風格を伴うようになっている。
それは今のように気楽にされているときの方が、より顕著に現れる。
だからアドルが見惚れてしまっていても、それはまあしょうがない。
包容力のある美女って破壊力凄いからな。お気持ち、わかりますよ。
『剣聖クリスティアナ』②
12/7 19:00台に投稿予定です。
新作の投稿を開始しました。
2月上旬まで毎日投稿予定です。
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