第023話 『勇者アドル』⑧
「いやあそこまでわかりやすく死角に誘い込もうとしていたら、そりゃその裏を取るよ。こっちはそれも罠かもしれないと警戒していたんだぜ?」
完全にしてやられたアドルが口をとがらせての文句を、クナドが一刀両断する。
なにを狙っているかを簡単に相手に把握されている時点で論外なのだ。クナドが言うように、読ませることそれ自体が罠の初手でもない限りは。
「単純で悪かったな」
「そうだな反省しろ。実戦だったら死ぬからな」
しれっとそう答えたクナドに、アドルは返す言葉がない。
反論の余地もないほどに正論だからだ。
今アドルがすべきは冗談めかして不貞腐れることではなく、動きにはついていけるようになったことに浮かれて、都合のいい考えや一か八かで動いてしまったことを猛省することなのだ。
魔族相手に一手間違えたら死ぬ。
言われるまでもなく当たり前の話でしかない。
今までは狩れる魔物を生活や自己強化のために狩っていただけだが、たった3年後に迫っている魔王討伐の旅では、時には格上と戦わざるを得ない状況も間違いなくある。
そうなれば基本的に詰みだが、最後まで思考を放棄しないことだけが、生き残れる可能性をほんの僅かとはいえ繋ぐのだ。
訓練とは体だけではなく、その体を操作する思考能力を鍛えるためのものでもある。
実戦系の訓練ではどうしてその行動を選択したのか、その判断の何が良かったのか、あるいはいけなかったのかを検証できなければ、ストレス発散程度にしか役に立たない。
「ごめん、次からはきちんと考えて動く」
なのでアドルは真面目に謝った。
勇者に選ばれてから忙しいなどというものではなく、やっと今日久しぶりにクナドと訓練をできたせいで浮かれていた――つまりは緩んでいたのだ。
孤児院の頃はそんな余裕なんかなかった。
自分ならまだしも、足を引っ張ってクナドを死なせてしまうなど冗談ではなかったので、「もうちょっと肩の力を抜け」といわれるほどに張りつめていたのだ。
自分には関係ないと思っていた王立学院に入学ができて、文字通り学生気分になっていたことをアドルは恥じているのだ。
「急に深刻になるなよ。まあまだ3年はあるんだ、1年の間に俺から一本は取って、2年は互角でやりあって、3年は俺から一本も取られないことを目標にしようか。魔王を倒す勇者様なんだ、B級冒険者くらいは軽くあしらえるようになってもらわないとな」
だがクナドとしては、訓練であればたまには緩むのもいいと思っている。
それが続くようなら論外だが、訓練だからこそ緩みを指摘し、それが実戦では死に繋がることを再認識できるからだ。
実戦経験が訓練と比べ物にならないほど実力を伸ばすのは、そこでの選択と結果のすべてが死と隣り合わせなればこそ。死地を潜れば伸びるのは当然で、そうなれなかった者は命を落としているのだ。
その一方で勇者様にきつい目標を課すことも忘れない。
悪い顔で言ってはいるが、確かにクナドはB級冒険者程度の実力に過ぎないのだ。
冒険者として稼ぐのが目的なのであればそれでも十分だろうが、勇者として魔王を倒すことが最終目標である以上はまるで足りない。
卒業後に魔王討伐の旅に立つとなれば、その時点でクナドを子ども扱いできる程度にはなっていてもらわないと困るというのはその通りなのである。
「え、鋭意努力します」
それはわかるのだが、たった今手も足も出ないままに2本を取られたアドルとしては引きつった笑顔を浮かべることしかできないのも無理はない。
どうやら学生気分などに浸っている余裕などないらしいとアドルは理解した。
考えてみれば衣食住が保証され、魔物との戦闘に特化した座学実技双方を朝から晩まで続けていい環境なのだ。だがそれはそのたった3年間で魔王を倒せるほどの力を身につけなればならないということでもある。
その期待があるからこそクナドと一緒に支えてきた孤児院は王家預かりとなり、汎人類連盟の名のもとに孤児救済政策に少なくない予算が割り振られることも決定したのだ。
アドルはその期待を裏切るわけにはいかないのだ。
クナドに言わせれば「まあ裏切った場合人の世界が滅ぶから一緒だけどな」ということになるのだが。
「少しよろしいでしょうか?」
2人にとってはまだ明日の授業に影響が出るほど遅い時間でもないので、さて三本目と開始位置に戻ろうとしたタイミングで、突然練武館の入り口から声をかけられた。
まったく察知できていなかったので、クナドもアドルも驚いてそちらへ振り向く。
戦闘態勢に入っていながらこの2人が察知できなかったということは、なんらかの能力か魔道具によって気配を消していたことはまず間違いない。
魔物にもその手の能力を有している奴はいるが、殺意があれば気付けるのでこの相手にそんなつもりはないのも確かだ。
なんらかのアクションを起こせばこの手の能力、魔法は解けてしまうことがほとんどなので、相手から声をかけてきたということは解けることを問題視していないのだろう。
そして発言者を確認できたクナドとアドルは、かなり上位の――つまりは金のかかる能力なり魔法なりを常時展開しているのも当然だと納得した。
「私も一緒に訓練に参加させていただいてもよろしいですか?」
体のラインが出るのでちょっと目のやり場に困る女性用の訓練着に身を包んでいる為、少し恥ずかしそうにそういう女性。
彼女はこの国の第一王女、クリスティアナ・ディア・クリスタニア。
先代勇者の能力をその身に宿す、勇者パーティーの盾役となる『剣聖』。
個人的な接触は、クナドはもちろんアドルであっても、これが初めてのことである。
『剣聖クリスティアナ』①
12/7 15:00台に投稿予定です。
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