第018話 『勇者アドル』③
だいたい本来ならお姫様に一目惚れしたところでどうにもならん。
その想いがどれだけ真剣であろうとも、身分の差を超えられる力がなければ鼻で笑われて終いだ。
だけど幸いにしてアドルはそれを望めるだけの力を持っているのだから、まずはその力で自分の価値を示してから、等身大の自分とやらも知ってもらえばいいだけだろうが。
個人的には勇者として知りもしないみんな――世界とやらのために魔王を討伐するよりも、お姫様に惚れたからいいとこ見せたいって方がずっとわかりやすい。いや、俺だって勇者に救ってもらう1人の癖に、偉そうなことを思っていてホントに申し訳ないとも思うが。
だけど救われる連中だって、「俺らは勇者様の恋路のついでかよ!」と笑い飛ばせる方が気も楽だと思うのだ。魔王討伐なんていう無理難題を強い人に押し付けて、ただ救われるしかない俺たちに、そういう逃げ道を用意してくれている方が勇者っぽくないか?
「まあそれでもアドルはお姫様を憎からず思えているんだから、もう勝ったようなもんじゃねえか」
「なんで?」
「あのなあ。信じあうとか本当の自分だとかは別に否定する気はないけど、勇者って肩書を持っているからには、まず実利を示すのが最優先だろ? だったらアドルはこれ以上ないくらいの実利を提供できるじゃねえか。アドルの『絆魔法』を受け入れてくれたらどうなるかを説明したら、クリスティアナ殿下なら騙されたと思って受け入れてくれるだろうさ」
「人聞きが悪い!」
すまん。
だがアドルの固有能力は正直に言ってとんでもないのだ。
絆魔法とはその発動に必須となる条件なのだが、それがまた結構面倒くさい。
かけられる相手は承諾すればいいだけだが、肝心のアドルがかける相手を好きじゃなければ発動できない。好きの種類はいろいろあるようで、俺や妹のクレアには問題なくかけることができているが、今のところそれ以外に発動できた試しがないのだ。
よってアドルが好きだった相手を嫌いになった場合はどうなるのかもまだわからない。
だけどアドルの今の感じを見ていれば、クリスティアナ様が「お願いします」と言ってくれさえすれば、それはもうあっさり繋がると思うんだよな。
「確かに言い方は悪いがまあそういう心持にはなるだろ。でも一回でも繋げてしまえば、絶対にアドルに嫌われるわけにはいかなくなる。そっちの方が依存性の強い薬みたいで質が悪いともいえるぞ? 初代勇者の血を継ぐ者として、少なくとも今の時点では聖女様や賢者様に劣っているのを気にされているみたいだしさ」
クリスティアナ殿下の『剣聖』は、パーティー戦闘での要となる盾役だ。
片手で振り回せるのが信じられない大剣によって攻撃役も兼ねるが、最優先はこれも片手で持てるとは思えない大楯によって、魔物の攻撃をすべて受け止めることだ。
それができてこそ、勇者、賢者、聖女がそれぞれの役割を十全にこなせ、パーティーとして機能することができる。逆に言えば盾役が崩れればパーティーそのものも崩壊する。
クリスティアナ様が発現させた先代勇者の能力は盾役に申し分ないものだったが、継戦能力の面では正直心許ない。
少なくとも顔合わせの時点では大技の連続発動はできず、これからの訓練では内在魔力保有量、生成量を伸ばすことを主眼に置くと仰っていたくらいだ。
だが正直それは厳しいだろう。
知っての通り、能力者の内在魔力を保有量、生成量双方で大幅に伸ばせるのは幼少期――せいぜい10歳までであり、それ以降の伸びはがくんと落ちるからだ。王家がそれを知らぬわけがなく、クリスティアナ様は幼い頃からこれ以上ないくらいに最適な訓練を続けているはずだ。
数代ぶりに現れた勇者の力を継ぐ者なのだ、そこを抜かるはずがない。
その結果が今なのだ。
現時点で連続発動できていない大技を、王立学院の3年間だけで出来るようになるとはとても思えない。
しかも2連続で発動できるようになったからどうだという話でもある。
先代勇者の救世譚では魔王との戦闘は一週間にも及んでいるし、強力な魔人との戦闘でも三日三晩かかっているものもざらなのだ。勇者に箔をつけるために誇張されているとしても、十数分が一時間に伸びた程度ではどうにもならないだろう。
聖女の奇跡に10日間不眠不休で戦闘行動を可能にするものがある時点で、魔族に対する継戦能力はとても無視などできない要素だというのは間違いない。
奴らは魔族の特徴である魔導器官で外在魔力を吸収して技や魔法を発動させる特性上、魔物支配領域や迷宮といった外材魔力が濃い場所ではとんでもなく強く、経戦能力も文字通り人間離れしている。本拠地である『魔大陸』ともなればなおのことだろう。
それをクリスティアナ殿下が問題視していないはずがない。
というよりも王族として必死で自分を律してはいるものの王立学院でたった数日、遠目に見ているだけでも隠し切れない不安、自信のなさを感じてしまうのは間違いなくそれが原因だろう。
大国のお姫様としては全然あり、というよりも好ましいとすらいえる方ではあるのだろうが、パーティーの盾役としてはいただけない。
魔物の攻撃を一手に引き受ける盾役は冷や汗を流しながらでも余裕綽々を装える太々しさが必要なのだ。盾役の不安はパーティー全体に共有され、それによって引き起こされる過度の緊張は時に油断よりも死を呼び寄せるのだから。
「そこにつけ込めって?」
その通りでございます(イクザクトリィ)、勇者殿。
だってアドルの固有能力はそこに付け込むのにぴったりだろう?
アドルの内在魔力は賢者カイン様の数倍はある容量に加えて、桁違いの生成量と組み合わせれば無尽蔵といってもけして過言ではない。
少なくとも今アドルが使える程度の魔法であれば、『雷撃閃』も含めて実質消費量を無視して連射、常時発動させることが可能なほどなのだ。
アドルが勇者に選ばれたのは、間違いなく魔族すら超える内在魔力の化物だからだ。
そして一番の要はそんな1人では使いきれないほどのアドルの内在魔力を、『絆魔法』で繋がった相手が使えるようになるという点にある。魔力を必要としない俺には意味がなかったが、その効果のほどは妹のクレアとの組み合わせですでに実証済み。
王家はもとより冒険者ギルドも聖教会も魔導塔も、どうやってかは不明だが間違いなくアドルのその固有能力をほぼ正確に把握している。
だからこそアドルを勇者とし、最大戦力となる者たちと3年間の王立学院での生活をさせようとしているのだろう。
アドルの固有能力の発動に信頼関係が必要なことを知らなければ、魔王軍に好き放題に侵略されているこの状況下で、悠長に3年間も育成期間を割くとは思えない。この3年間を確保する為だけに、汎人類連盟が犠牲にすると覚悟したものが大きすぎるのだ。
とにかく少なくとも今のクリスティアナ殿下の内在魔力量でも発動可能である以上、アドルと絆魔法で繋がってしまいさえすれば、剣聖の技や魔法を常時発動する程度であれば、いとも簡単にできてしまうということなのだ。
「個人的には好きだの嫌いだのは、実利の後についてくるものだと信仰しておりますな。まあ今のアドルを見ていると、ホントに一目惚れってあるんだなと思ってもいるけどさ」
「ぐ……」
それに付け込むとは言うけどな、アドル。
「騙すわけじゃないんだから、一度きちんと説明してみろよ。そうなりゃ勇者様としての評価なんざ、ほっといても天井知らずで上がってくようになるだろ」
クリスティアナ殿下にしてみりゃ渡りに船というか縋るしかないというか、流石は勇者サマ案件でしかないぞ? それに恩に着せて本当の意味で付け込むなんて真似、アドルにできるはずもないだろうし。
次話『勇者アドル』④
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