第017話 『勇者アドル』②
伝説に記されている勇者の専用技・魔法は双方を合わせて13を数え、全てが雷系ののとなっている。その中で最も基本の技とされているのが、アドルが今使える唯一の勇者技である『雷撃閃』だ。
聖剣を装備していなければ発動できないので、一応は剣技に含まれるのだろう。
だが雷光を全身に纏ってかなりの距離を自在に高速移動し、剣のみならず迸る雷光に触れた者すべてに多大なダメージを与えるそれが基本技だとはとても思えない。
加えてそんな技をアドルの固有能力によって、実質常時展開できるのだ。
それだけでも下位の魔物など文字通り鎧袖一触だろうし、中型や大型であっても雷系の特性によって、当てる度に数秒とはいえ硬直させることができる。
完全雷耐性を有しているごく一部の魔物を除けば、使いようによっては大技、魔法の発動を阻害し続けて完封することも十分に可能だろう。
基本こそ奥義足りえるというある種の理想を、正しく実践しているようなものなのだ。
「……比較対象が悪すぎたとしか言えんか。少なくとも今の時点では」
にもかかわらずアドルが露骨にがっかりされているのは、賢者カイン様と聖女スフィア様がとんでもなさすぎたせいだろう。
内在魔力を必要とせず高レベルの治癒、支援、弱体の『奇跡』をいくらでも行使できる聖女様との比較はともかく、あらゆる魔法を駆使した攻撃に特化している賢者様がとんでもなさすぎる。
雷系魔法一つとっても上位魔法である『轟雷』は、範囲に特化させれば迷宮の一層全体を消し飛ばすことも、逆に一転集中させれば大型魔物すらその一撃で倒しきる。
アドルの使う雷系が希少とはいえ、現時点でも全属性を使いこなせる賢者様には関係ない。それどころか勇者にしか使えない『雷撃閃』を一目見だけでその有効性を理解し、複数の魔法を並立発動させることで似た、というよりも上位互換を成立させてみせたのだ。
あれには俺もびっくりした、というかちょっと呆れた。
つまり少なくとも今の時点では、勇者にできて賢者にできないことはない。
加えてカイン様は内在魔力保有量、生成量においても魔導士の平均値を一人で引き揚げているほどで、中央値との乖離は半端ないらしい。
つまり訓練程度では、アドルの優位点を示せるような状況にはならないのだ。
そうなると剣技では剣聖王女様に敵わず、魔法では賢者様の足元にも及ばず、奇跡はもとより起こせるはずもない勇者様は、器用貧乏にもなれていないように映るのだろう。
まあそれもしょうがない。
俺だってアドルの固有能力を知らなかったら「別に勇者要らなくね?」と思ってしまっても無理はないと思うくらいなのだから。
「それもだけど、王族かつ先代勇者の血を継いでおられるクリスティアナ殿下が……」
「ああ、そっちか。確かにあれはなぁ……」
なるほど、ポジティブ野郎のアドルらしくないと思っていたら、これからの努力ではどうにもできないと思っているらしいそっちの方が憂鬱だったのか。
『剣聖王女』クリスティアナ殿下。
勇者の血を継いでいることが王家の正当性を象徴しているこの国において、聖教会と魔導塔が認めた今代の勇者を王家に取り込むことが最優先事項となるのは当然だろう。
百年もにわたる魔王軍による侵攻を撃ち払い、将来的には救世、救国の英雄になる可能性が高いとなればなおのことだ。
そのために一番手っ取り早いのは、幸いにして3人もいらっしゃる王女の誰かがアドルと結婚することになるのは自明の理である。
そんな状況では、先代勇者の能力が発現したため勇者パーティーの一員となることは確実であり、アドルと同じ歳である第一王女が最有力候補になるのは当然だろう。
つまり初顔合わせの日から、アドルはクリスティアナ殿下から露骨に好意を向けられているらしいのだ。
当然俺はまだほとんど話したことなどないが、きっと王族としてとても真面目なんだろうなあ、クリスティアナ殿下って。
「でもまんざらでもないんだろアドル?」
「そ、それはね?」
それに俺の目から見ても、アドルはクリスティアナ殿下に一目惚れに近い状態に見える。
初顔合わせの日からやたらとその名前が出てくるので、非常にわかりやすい。俺も同席した場でもそれは露骨だったし、間違いなくクリスティアナ殿下にもバレている。
まああそこまで庶民が思い描くお姫様像をそのまま形にしたような美少女に、初対面から全力で好意を寄せられたら無理もあるまいと思う。
支配階級――高貴な方々になど一生縁がないと思っていた孤児院出身の俺たちにとって、そういう人たちからストレートな好意を向けられるのはかなり効くのである。
致命の一撃といっても決して過言ではあるまい。
「だったら周囲が期待している勇者サマらしさをすぐにでも披露できるんじゃないか? アドルがクリスティアナ殿下を憎からず思っているなら、相手次第ですぐにでも可能だろ?」
俺としてはアドルとクリスティアナ殿下がそうなる――魔王討伐の暁には結婚してアドルが王配、あるいは王となることに反対するべき理由などどこにもない。
美形の2人が並んでいると、いかにも神話や英雄譚の主人公とヒロインみたいだし。
まあ確かに庶民的感覚としてはいきなりすぎると思いもするが、本気で王女様なんかに惚れるのであれば、その程度の覚悟くらいは必要だろうとも思う。
俺はつい最近まで一目惚れなどというものには否定的だったが、嫌なものは嫌といえるアドルが相手の思惑を理解した上でもなお「まんざらでもない」と思っているのであれば、まああるのだろうなと納得するしかない。
それにアドルもクリスティアナ殿下もお互いを憎からず思っているのなら、聖剣から与えてもらえる力なんかよりもずっと有効なアドルの固有能力を、一番効果的な人を相手に披露することができるのだから、理想的だといってもいいだろう。
「だからクリスティアナ殿下のあの態度は演技なんだってば」
「いや、いちいち憂鬱になってんなよ、そんなことで」
まあアドルの言わんとしていることもわからなくはない。
人を見る目というか、本心を見抜く能力は俺なんかよりもアドルの方がずっと優れている。だからこそクリスティアナ殿下が、王族の義務としてアドルに好かれようと努力していることなどお見通しなのだろう。
いやクリスティアナ殿下は役者の才能はないらしく、傍で見ていればアドルのように本心を見抜ける能力などなくてもわかりやすくはあるのだが。
だがあれは演技というよりも、あくまでも義務として真摯にアドルに好かれようとしているだけだと思う。俺たち庶民が思い浮かべる「好き」という感情がまだピンと来ていないだけで、本気かどうかという点については、学生同士の惚れた腫れたに負けないくらい真剣ではあるのだ。
「そんなことで⁉」
「だってそうだろ? 大国アルメリア中央王国の第一王女殿下にして、先代勇者の能力を数代ぶりに発現させた剣聖王女様なんだぜ、クリスティアナ殿下は。聖教会と魔導塔がそろって勇者認定したアドルを無碍にはできん、というか魔王討伐の暁には王配に迎えることも覚悟の上で王立学院に入学してみれば、その勇者サマは初歩技である雷撃閃しか使えないときたものだ。がっかりするなって方が無理筋だろ? 態度に出さないだけでもたいしたものだと思うぞ俺は」
「クナド、さっきと言っていることが違う」
「お姫様目線で考えれば、って話だろが。というかアドルだってわざわざ俺に言われなくても、そんなことくらいはわかっているだろ?」
「…………」
いやアドル、夢見がちな無能でもあるまいに「勇者じゃない僕でも好きになって欲しい」みたいな温いことを言ってんじゃありませんよ。相手は王女殿下なんだから、義務以上に惚れて欲しければ、自分が惚れてもらえるだけのなにかを差し出す方が先だろう。
次話『勇者アドル』③
12/4 7:00台に投稿予定です。
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