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4.主人公と危機とライバル

疾患についての描写があります

不快な方は申し訳ありません

「気をつけろ! 帝国の侵入者だ!」



 私の張り上げた声を聞いていたのは、老若男女の別もない、普通の、一般的な街の住人たちである。もちろん普段はこんな人気のない場所には来ない。


「帝国の……!?」

「何だ、何事だ!?」

「おい、あいつら帝国人なのか?」

「待てよ。聞いたぞ、今」

「ああ、殿下って……まさか!?」


 ざわつくギャラリーたちは、特に説明しなくても予想通りの反応をしてくれた。


「あの顔……知ってるぞ!!」

「帝国の皇太子……!?」

「な、何故こんなところに」

「知らせろ!! 兵を呼べ!!」


 騒ぎが広がっていくのがわかる。

 皇太子レシュは片眉を上げ、うっかり身分を口にした配下は泡を食っている。まあこっちにとってはラッキーだった。


「……狙い通りという訳か、女」

「答える筋合いないけど?」


 凄まれても、別に怖くない。

 ……嘘です。めっちゃ怖い。だってラスボス皇太子だよ? 震えるほど恐ろしいに決まってる。


 だから私は一計を案じた。


 ひとりで敵と相対するなんてあり得ない。できれば無茶は避けたい。と言って無闇に暴露するのはどうだろうか。

 何故なら皇太子レシュの一行は、敵国人でありながら平然と侵入している。もしかして、街の上層部か有力者の誰かと通じている可能性があるんじゃない?

 下手なところに通報すれば、握り潰されたり、最悪口封じされたりするかもしれない。


 逃れられない状況を作ってやる。

 私はそう考えて、皇太子レシュを追う道すがら、街中で知っている顔に声を掛けてきたのだ。もちろん皇太子がいるなんて言わない。

 撒き餌に使ったのは――我が国の英雄エルの名だった。


 エルの滞在を噂レベルでは聞いてる人間も多かった。だから私は「エルの居所を知っていて、これから会いに行く」「英雄様は騒がれるのを嫌がるから、姿が見たいならこっそりついてきて」と何人かに囁いた。

 ついでに「他のひとに言ってもいいけど、兎に角こっそりね。ここだけの話にしといてね」とも。


 失敗したって別に構わなかった。

 大騒ぎになったらエル当人には迷惑がかかったかもしれないけど、もともと有名人だし慣れてるはず。皇太子には逃げられちゃうだろうが、街から不穏が去るならそれでもいい。


 私が少し前までド忘れしていた漫画の展開からすると、この街は早晩、帝国に攻められ火の海となる。

 他にもそういう街はいくつかあって、王国にアウムラウト姫を差し出させる交渉(という名の脅し)材料として使われる。従わないともっと酷い惨状になるぞという見せしめのためだけに、街は滅びの運命を辿る。


 おそらく皇太子レシュが潜入したのは、下見とか事前準備とか、そんな理由に違いない。ケチのついたこの街を、標的から外してくれたら御の字だ。

 まあ根本的な解決にならないから、ここで奴が捕まるなり殺されるなりしてくれれば、もっと好都合なんだけどな。


「小賢しい女だ」


 皇太子レシュの声には静かな怒りを感じた。

 街の住人は騒ぎを聞きつけて徐々に増えている。何事もなく収まるとは思ってもいないだろう。


「殿下、これ以上は……!」

「ああ、長居は無用だ。まったく腹立たしい。この女だけは殺してから行くとしよう」


 わざとらしい科白のような言葉が冷たく響く。ぞっとして反応が遅れる。その僅かな間に相手が動いた。


「!」


 詰んだ……かもしれない。


 いや。

 数秒だけでも、あれば。

 即死さえ、しなければ。

 ほんの少し腕が動かせれば、私は――。


 相手の剣先をスローモーションのように見遣りながら、次の動作の覚悟を決める。


 死にたい訳じゃない。

 自己犠牲なんか性に合わない。


 だけど、どうしても避けられないなら一矢報いてやる。絶対だ。


「死ぬがいい……!」



 +++++



 死の宣告は情け容赦なく、無慈悲に振り下ろされたかに思えた。でも刃は私の元にまで届かなかった。


 ガキン、と剣が交わる音がする。


「……は?」


 いつの間にか、私の前には見知った背中があった。庇うように立っている。()の体格はどちらかと言えば細身なのに、纏う気配は力強く隙がない。


「エ……」

「――エル殿だ!!」


 私が名を呼ぶよりも先に、周囲の群衆からわっと歓声が上がった。


 エル。

 エルがいる。


 なんで……?

 助けてくれたの?

 嘘から出たまこと?


「大丈夫ですか?」


 剣を構えたまま僅かに振り返ったエルは、安否を気遣いながらもどこか怒ったような口調で言った。


「無茶をする。どういうつもりですか」

「あ……の、私は……」

「君に()()()死なれるなんて御免なんですよ、僕は」




「ツェット」




 ……は?


 私は混乱した。

 耳が音の理解を拒む。

 だっておかしい。


 ツェットって、今エルはツェットって言った?


 故郷が滅ぼされた日――崖から落ちて今世(いま)の自分の記憶を失ってしまってから、その名を誰かに呼ばれたことは一度もなかった。


「ツェット、危ないから下がって」

「エル……」

「下がって!」


 皇太子レシュが再び剣を振るい、エルが難なくそれを受けた。素早すぎる斬撃が飛び交う。


 何が起こっている?


 英雄が危機に颯爽と現れるというシチュエーションは、お約束だから別に不思議ではない。きっと街の異常な雰囲気みたいなものを嗅ぎつけたんだろう。

 助けられるのが可憐な乙女じゃなくて、私みたいなモブ寄りキャラなのは残念だけどさ。


 そう、エルの前で私はずっと前世名(ういの)で、見ず知らずの女を装っていたのに。過去を悟られる要素なんてどこにあった?


 ああ!

 でも今はそんなこと気にしている場合でもないし、追求している暇はない!


 相手には敵ボスがいて、その配下がいる。こっちには無駄に集まったギャラリーと足手まといの私しかいない。でも今はエルがいるから、状況は格段に改善している。

 いずれ街の兵士たちが来るはず。それまで持ち堪えられるかが勝負だ。


「ふん……英雄などと持ち上げられるだけあって実力はそれなりのようだな。昼間見掛けたときは、危機感に欠ける脳天気な小僧かと思ったが」

 わざとらしいくらい余裕の態度で、皇太子レシュはエルを嘲笑った。

「女を使って足留めしたのは貴様の策か。腹立たしいが褒めてやろう。そこの女もな。なかなかに胆力がある。意思の強い女は悪くない」


 底冷えする視線が私に向く。

 さすがラスボス。威圧感パないわ。


 でもエルがいるこの場で、私は醜態を晒せない。短刀を再び構えて体勢を整える。


「お褒めに預かり光栄だけど、意思なんかじゃなくてただの怨恨だから。世の中に私みたいな……あんたを殺したい人間はいくらでもいると思うよ?」

「――……っ」


 私の言葉に息を呑んだのは、憎っくき皇太子じゃなく、傍にいるエルだった。

 しまった。古傷を抉っちゃったか。

 彼が故郷を守れなかったと後悔し続けていたのは、前世の漫画を読んで知っている。別に誰もエルのせいだと思ってやしないのに。


 悪いのは全部こいつだ。皇太子レシュ、そして容赦ない侵略行為に明け暮れる帝国だ。


「くだらぬ。大人しく我が国に併呑されれば良いものを、小国が身の程を弁えず逆らえば、蹂躙されるに決まっているだろう。文句は自国の王にでも言え」

「ざけんな。論理破綻も甚だしいわ。私の家族や仲間を殺したのも故郷を燃やしたのも、全部お前とお前の国の所業なんですが何か。大物ぶるなら行動の責任くらい自分で負えよ、クソ野郎」


 あまりにも理不尽な物言いに腹が立ち、私は女らしさをかなぐり捨てて罵ってやった。

 口汚い? 男子みたいに育った挙げ句辺境軍に在籍していたうえに、前世は品のない残念オタク女子だった人間を舐めるな。


 背後のギャラリーからも喝采と応援の声が上がる。相手にとって、ここが敵地の只中には変わりない。分は多分こちらにある。だからこそ油断は禁物で、皇太子たちの出方には注意しなければならなかった。


 皇太子レシュは私の罵倒に眉を顰めた。下品な女だ、とあからさまに嫌悪しているのがわかる。


 感情が動けば、集中が途切れる。その僅かな隙をついて攻撃を仕掛けたのはエルだった。


「……!」


 素早い。

 あっという間に敵の懐に潜り込む。

 もし一対一の場面だったら、決着はついていただろう。けれど当然そんなに簡単にはいかなかった。


「エル!」

「くッ!!」


 皇太子の配下が即座に躍り出て、エルは若干の後退を余儀なくされた。英雄の実力でも精鋭複数人を同時にあしらうのは難しい。

 私は邪魔にならないよう立ち位置を変える。さすがに介入できるレベルの戦闘じゃない。こんなん巻き込まれたら瞬殺されるわ。


 ただ、チャンスをうかがって観察は続けた。


 配下たちが応戦する背後で、皇太子レシュがエルに一撃を入れようと狙っていた。

 そうして英雄にダメージを与えられたら、街の兵に包囲される前に即行でこの場から離脱するつもりだろう。だったら私が見極めるべきは()()()()だ。


 やがて皇太子レシュの利き腕から殺気が迸る。振り上げる寸前の気配がした。



 ――()()



 私は懐に手を入れる。

 そしてポケットに忍ばせた()()――ずっと隠し持っていた対皇太子用()()()()を取り出し、勢いよく投げつけた。


「何……?」


 弧を描いて宙を飛んでいったのは、何の変哲もない布袋だった。口は緩く僅かに開いている。


 そのまま相手の顔面に当たるかもしれないコースだ。私の投擲技術ってば凄くない?

 もちろん反射神経に優れた皇太子レシュは袋を剣で切り裂き、当たり前のように直撃を避けた。


 やった! ()()()()()


 袋の破けた箇所から、中身が溢れた。


「……? 粉、か? いったい何の」


 触れなかったとはいえ、至近距離で舞ったその()()()()()を吸って、皇太子レシュは咳き込んだ。


「殿下!?」

「大事ない……貴様らは」

「いえ、我々は何も」


 近くにいた配下も粉をもろに浴びていたけど、特に何の変化もなかった。皇太子は怪訝そうにお綺麗な顔を歪める。ご心配なく、毒物の類いとは違うから。


 ……でもね。


「ゴっ……ッ……は……っ」

「殿下!? どうなさいました殿下!?」


 急に皇太子レシュの様子がおかしくなった。どうやら咳が止まらないみたいだ。


「毒!? いや、しかし……」

「ゴフッ……は……ハ……ッはっ」


 やがて咳を繰り返した喉は、ヒューヒューと荒い呼吸しかできなくなっていった。肌にも異常が見られ、赤い斑点が広がっていく。


「殿下!?」

「レシュ殿下!!」


 配下たちは堪え切れず膝をついた主君に駆け寄った。いきなり戦闘から解放されたエルが、呆然と呟く。


「いったい……何が? ツェット」

「あー……いやマジかコレ。予想以上」

「ツェット?」

「……ヤバイ。舐めてた」


 想像よりも遥かに手酷いダメージを与えてしまい、一番動揺しているのは自分自身だった。

 まさかこんな顕著に()()が現れるものだなんて、全然知らなかった。私はただ、前世で読んだ漫画本の端っこを、ちらっと参考にさせてもらっただけ。反撃というより嫌がらせの方法を考えただけなのに。





《巻末おまけページ》


 レシュ

 帝国の皇太子でラスボス

 傲岸不遜、オレサマ、威圧的

 アウムラウト姫のことは別に興味ない

 どちらかというとエル担?


 〜中略(悪役にも悲しい過去的な語り)


 好きな食べ物はワインと仔羊肉

 嫌いな食べ物は蕎麦、ていうかアレルギー

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― 新着の感想 ―
[一言] そばアレルギーは重度だと死ぬ事もあるからなぁ……
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