1.主人公の初期のライバル
《巻末おまけページ》
ツェット
主人公の初期のライバルで幼馴染
卒業試験後は辺境領軍に入る
敵軍侵攻時に善戦するも崖に落ちて死亡?
実は男装女子という裏設定があって
ヒロインのライバルポジで再登場予定
……だったんだけど、ボツった(笑)
◇◇◇◇◇
――って、私じゃん!!
不意に思い出した。
全部思い出した。
ていうか余計に思い出した。
えええ、私!?
いや、そうだよ私!
主人公の初期のライバルだったんじゃん!?
……ちょっと待って。
主人公って何?
+++++
いいや、わかっている。
全部わかっている。
主人公。
つまり要するに、この、目の前にいる超絶爽やかイケメンのことだよね? 故郷の学校卒業以来だから十年は経っているけど、面影はある。
それ以上に、私はこの顔をよく知っていた。
数年前、崖から落ちて記憶を失ったせいで、今の今まで全然リンクしていなかったけど。
幼少期――いいや、もっと前だ。
そう、私が主人公の初期のライバルとして生を受ける前。
前世。
ああ……今まさに、本当に思い出した。
ここが漫画の世界なんだって。
違う。自分に前世があること自体は認識していた。ただ、私はついさっきまでこの世界での記憶を失っていたのだ。事故で頭を打ったときからの記憶喪失ってヤツ。
その代わりに――というか何というか。何故だか一周回ってうっかり前世の記憶を甦らせてしまった、特殊な人間だったんだよ、私は。
うん、だから今この場で思い出したのは、今世の記憶なんだよね。え、今更じゃん。すでに前世の人格になって確か六年だよ。別人としてこの世界の生活に馴染んじゃった後なんですが。
いやしかし……だがしかし。
「……どうしました?」
「あっ……いえ、あの」
蒼白になっている私を見て、目の前の人物が首を傾げる。ヤバイ。不審がられてはいけない。
いやいやいや、気づかれる訳がないんだ。
彼と違い、私は十年前とは似ても似つかない。
髪も伸びた。身体つきも多少は女性っぽくなった。軽く化粧だってしている。
何なら崖下に落ちてから今世――ツェットという名の人物としての記憶がなかったせいで、名前だって異なるし。
「あの」
「あ、はい、ええっと……豊穣祭の運営本部ですね」
ええいと開き直ると、私はわざとらしいくらい満面の営業スマイルを浮かべ、かつての幼馴染……らしき相手に向き直った。そう、今の私はただ道を尋ねられた祭りのスタッフに過ぎない。
「あちらの中央広場右手になります。ただ、責任者は今の時刻は公舎に戻っておりまして、次回の巡回は一刻ほど先になるかと」
「……そうですか」
不自然なくらい口端を上げた私に向けて、主人公たる彼は自然極まりない笑みを返してくれた。
ああ、彼だ。
やっぱり彼だ。
感動……感慨?
多分、同窓会で憧れていた相手に会ったら、こんな気分になるんだろう。甘酸っぱいような、甘じょっぱいような、そんな感じ?
でも彼は私のことなんてわからない……はず。
ほんのいっときだけライバル然として立ち塞がっていた田舎の少年の面影なんて、どこにも残っていないんだから。
「お待ちになりますか?」
「いいえ、改めます」
ゆっくりと首を振る彼は、思った通り、赤の他人以上の何者でもない態度だった。
「では、言付けを。……お名前を、うかがえますか」
今更訊くのも恥ずかしいけど、私は完全無欠の演技力で初対面の見ず知らずを装う。
ああ、悪かったですね!
かつては死ぬほどその名を叫んだよ。
ライバルだったあの日。
幾度となく剣を交わした場面だけでなく。
卒業して、もう会えなくなった後も。
敵に追い詰められ、死を覚悟した瞬間まで――。
「……エル」
ぐ……はぁっ!!
眩しい!
あまりにも眩しく輝かしく神々しい。
僅かな表情の緩みがここまで強烈とは!!
侮り難しだよ、主人公。
私をどうしたいんだ。
ああ、もう駄目。
一刻も早く。理性が致命的に破壊されてしまう前に、ここを離れなければ。
「エル、様……ですね。ご家名は」
「いいえ、それだけ伝えてもらえば大丈夫です」
「承知しました」
私は儀礼的にスカートの裾を持ち上げる。
お祭りのスタッフ仕様の民俗衣装、わりと可愛いから自分でもそこそこイケてると思うんだよね。
無料笑顔付き。サービスです。
「どうぞそれまで、祭りをお愉しみくださいませ」
「ありがとう」
よし、ここでお互いにターン。
見ず知らずのまま終了――のはずだった。
「あ……そうだ」
しかし振り返って立ち去ろうとする私を、何気なく、さり気なく、多分何の意図もなく、彼が引き留める。
一瞬、冷や汗めいた雫が頬を伝った。
「え? あ、は、ハイ。何か」
吃った。
狼狽えたのがバレただろうか。
そんな私の緊張をよそに、彼は超絶爽やかに言った。ていうか訊いてきた。
「貴女の――お名前を、うかがっても?」
「え」
「お名前を」
思考が止まる。
まさか、……勘づかれた?
ないないない。
ただの礼儀とか、後で不手際があったとき用の確認でしかないって。自意識過剰だ。
「ええ、と。私はういの、です」
「ウィーノ」
愛想過多気味の表情でヘラヘラと答える。
私はもう今世の名は名乗らない。
彼の知る――初期のライバルはとうに止めたのだ。
「はい、ういのです」
ごめんね、エル。
偶然会えたのは嬉しかったけど、もう二度と関わることはないだろう。懐かしさと愛おしさを振り払って、私は深く礼をする。あの日叶わなかった別れの挨拶を、今やっと、改めてできた気がした。
「では、エル様……ご機嫌よう」
▼△▼△▼△
今から二十二年前、私はこの世界の片隅で生を受け、ツェットという名を与えられた。
実家は田舎ではそこそこ裕福な家なのに跡継ぎの男児に恵まれなかったため、長女の私が男みたいになってしまった。剣を持ち、男装して馬を駆ける。
同年代の子どもたちには、本当に男だと思われていたんじゃないかな。いちいち性別なんて主張しないしね。
主人公の――当時は認識してなかったけど――エルとは、十代未満から通う故郷の小さな学校に入って出会った。
やたら顔が整っていて、人当たりが穏やかで、そつがなくて何でも器用にこなす。エルは誰から見ても神から寵愛を受けた特別な子だった。
それまで周囲からちやほやされていた私は、まあ当然面白くなかった。家がちょっとばかし裕福なのを鼻にかけ、敵愾心丸出しでエルに辛く当たったのだ。
思い返すも恥ずかしい。
けど年齢のわりに人間出来過ぎているエル少年は、嫌味をぶつけられても飄々と立ち回り、学校での立ち位置を獲得していく。
私も何やかんやでエルに助けられたり逆に学校行事で協力し合ったりして、コンプレックスを払拭し、互いに認め合うようになった。そんな友情的関係は、十二歳のとき、エルが首都の軍幼年学校に行ってしまうまで続いた。
主人公の初期のライバル。
それが私――かつての私。
ツェットという名のキャラクターである。
+++++
「エル――殿だって!? 本当にそう名乗ったのか!?」
「ええ、また改めると仰っていました」
「帰したのか!? 滞在宿は!?」
「存じませんよ」
「ああ……何てことだ……」
義務的に豊穣祭の運営委員長(街役場のそこそこお偉いさん)への報告を済ませると、私は無能と罵られるのを能面の表情でスルーした。
「ウィーノ君、だったか。君ね、なんでその方があの高名なエル殿だと気づかなかったんだ……」
「はあ」
全然知ってたよー、と内心で舌を出しつつ鈍くさいフリをする。どっちにしろ私は単なる期間バイトなんだから、多くを期待する方が間違っている。
「あのエル殿だったんですか。すみません。来賓の名簿にもございませんでしたし、お顔も何も存じておりませんでしたので」
嘘を吐くのに何の気負いも後ろめたさもない。別に私はこの街の人間じゃあないし、ご機嫌取りなんか不要なのだ。
まあお偉いさんの気持ちもわかる。
彼は――主人公のエル君は、何度も言うけど主人公である。世間的には対隣国戦線の第一線に立つ、人気急上昇中のヒーロー様だった。
この国は隣接した帝国に常に狙われている弱小国で、私、というかツェットは国境沿いの領に住んでいたからよく知っている。
実際に数年前攻められたし。そのとき追い詰められて崖から落ちて死亡……し損ねたんだけどさ。
しっかしまさか、そのショックで今世の記憶を失って、前世の記憶を取り戻すとはね……そんで今更なんでか今世の分も思い出しちゃうとは。我ながら運命とやらに翻弄され過ぎだよ。
私と違って主人公のエルは、優秀さを認められ、卒業後首都に行き幼年学校に入った。出世コースってヤツ。
その後、学生時代のアレヤコレヤで学友の王族にも一目置かれるようになる……とか漫画かよ! いや、漫画なんだよ。
さらに幼年学校卒業後、私がその漫画から退場になった隣国の侵攻を契機に、エルは一躍英雄となった。
つまり故郷の友(私ら!)に危害を加えられたせいでブチ切れた主人公が潜在能力を爆発させ、見事に中央軍を率いて敵国を蹴散らした訳です、はい。
この覚醒イベントにおける我々の捨て駒感よ……。
まあそれはいい。どうでもいい。
今更もう過ぎた過去は変えられない。
エルは英雄になって、これからも国防の要として活躍することが確約されている。
一方、私は?
ハイ、残念ながら私は精々が名有りモブでしかないデスよ畜生。漫画では死亡したまま日の目を見なかったキャラだ。
作者側に、後の伏線張りなるかもという安易な算段があったおかげだか何だかで、こうして生き残ってしまったようでゴザイマスが。
……しかも別人として。
まったく何だかな。
ついさっきまで私は別の人格と記憶を持っていて、今も消えてはいない。転生したのは最初からわかってたし、元のツェットの身体を乗っ取ったんじゃなくて良かったけれど。
ういのというのは前世の名前だ。
こちらの世界では発音のせいかウィーノと呼ばれている。色は匂へと散りぬるを……の有為の奥山が由来で、表記は平仮名である。
崖から落ちて混乱の極みだった私は、山奥に住む親切な老夫婦に拾われた。こちらの知識もない中、そりゃあ苦労して何とかやってきた。
まさかここが、前世で読んでた漫画の世界だったなんて、正直信じたくなかった。
エルと――再会したくなんてなかった。




