包味式(ほうみしき) (太ましき猫 作)
今回、造語を使用しているため、以下に造語説明を記載します。
包汁:包味の汁。
包味:想いが瓶の中で凝縮し熟成された嗜好品。
収想瓶:想いから包味を生み出す瓶。
瓶によって熟成年数が違うため、購入には熟考が必要。
包味式:収想瓶を開ける日。
口内に招かれたソレは、わずかな唾液にジュワリと表層を溶かし、舌側面をくすぐり始めた。耐えかね溢れ出る唾液と、咀嚼により溢れるとろみを帯びた包汁に、満ちつつある幸福を待ちかね舌根が喉を小突く。
我に返るかのように開かれた道に、流れ込む勢いは芳香を立ち上らせ、鼻腔を内から酔わせた。
何と甘美なことか。
漏れ出る歓喜の溜息。
不意に歯裏をなぞった舌先が、残滓に触れ疼く。
決めたではないか。
しかし、だからと言って……。
彷徨う舌先は、惑う心をうつす。その度に疼く舌先は逃げ場を失い、下唇を濡らしては歯裏に戻るという堂々巡り。
チラリと、視線が空の小鉢と共に、隣に置かれた小瓶を捉えた。右手の親指付け根にギュッと中指の爪を立て、左手で冷酒が揺れるグラスを口に運ぶ。
ツイと流れる辛口の清酒が場の幕引きを図るかと思いきや、薄く笑む流し目の様に誘いとなってしまった。
……勘弁。
空となったグラスにツツッと冷酒を注ぎ、キュポッと蓋を開けた瓶から取り出したソレを空であった小鉢に小さく盛り付ける。箸で丁寧にはさみ口に運べば、再来した幸福に瞼が閉じた。
だが、次の瞬間に肝が冷えた。
「あぁっ! 待ってって言ったじゃない!!」
ビクリと座ったまま振り返れば、ダイニングのドアを開け放ったまま仁王立ちする彼女。驚きの表情は徐々に険をまし、今にも咆哮が室内に響き渡らんばかり。
私は慌てて椅子から立ち上がると、彼女に向かって腰を九十度に折る程に頭を下げる。
「すまん! 我慢できなかった」
「もう、もう! 一緒に開けて食べるって約束したじゃない!!」
腕を組みそっぽを向く彼女をどうにか宥め、ソファーに隣り合う。もちろん、テーブルには彼女のためのグラスと小鉢。グラスには日本酒が苦手な彼女のために白ワイン、小鉢には私とは異なる瓶のソレを盛り付ける。
平謝りを続ける私に、彼女はフゥと息を吐くと片眉を上げた。
「まだ、聞かないからね」
彼女の言葉に私は小さく頷き、お互いに持つグラスの縁をやさしく合わせる。白ワインを一口含み溜息を零した彼女は、箸で丁寧にソレを挟むと口に運び、含み咀嚼する動作に誘われるかのように指先が口元に触れた。
私は、彼女の顔を覗き込む。
「どう?」
「先に貴方から」
横目で催促され、私は微笑みながら答えた。
「こんなに幸せを感じるなんて思わなかった」
「本当に?」
「この上なく」
私の答えに、彼女も応える。
「私も幸せ、包まれるように幸せよ」
ソレは私への想い、ソレは君への想い。
想いを収め包味を生み出す瓶は今、二十年の歳月を支え合い歩み続ける二人に祝福を贈る。収想瓶は、再び開かれることを願い閉められる。




